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僕たちは短期的な欲求に抗えないのか? - 短期的利益と長期的展望の矛盾

大手証券会社で働くコウスケさんは、文京区の賃貸に一人暮らし。取材時に着ていたボッテガ・ヴェネタは、アウトレットで約8万円で購入した。タグ・ホイヤーは約80万円。半年前には、エルメスのブレスレット「シェーヌダンクル」をパリから取り寄せたという。(中略)

きっかけは、2020年に発売されたベストセラー『人新世の「資本論」』(著:斎藤幸平)を読んだことだという。

「(中略)いつこの社会システムが崩れてもおかしくない。(中略)未来のことよりも、今が幸せかどうかを大事にするようになりました」

BUSINESS INSIDER

若者のラグジュアリー消費

この記事を読みとても皮肉だなと感じた。この傾向は、決してコウスケさんだけの話ではない。実際、ミレニアル世代とZ世代が世界のラグジュアリー市場において大きな割合を占めていることが報告されている。Bain & Companyの調査によると、2025年までにこれらの若い世代がラグジュアリー購入の70%以上を占めると予測しています。[1]。

環境意識と消費行動の矛盾

興味深いのは、コウスケさんが環境問題や社会システムの脆弱性を強く意識しているという点です。彼が影響を受けたという『人新世の「資本論」』(斎藤幸平著)は、人間の活動が地球環境に与える影響の深刻さを訴える本でした。

にもかかわらず、コウスケさんは高級品の消費を続けています。彼の言葉を借りれば、「いつこの社会システムが崩れてもおかしくない。(中略)未来のことよりも、今が幸せかどうかを大事にするようになりました」とのこと。

この矛盾した行動は、心理学でいう「認知的不協和」の一例と言える。認知的不協和理論は、心理学者のレオン・フェスティンガーによって提唱されました[2]。この理論によると、人間は自身の信念や行動の間に矛盾を感じると不快感を覚え、それを解消しようとします。コウスケさんの場合、「今を大切にする」という考えで、この不協和を解消しているのかもしれない。

人間の本質:短期的欲求vs長期的展望

この現象を目の当たりにして、人間の行動の本質について考えさせられる。私たちは、目の前の欲求や満足/負の解消を長期的な影響よりも優先してしまう傾向がある。

実は、この傾向には進化心理学的な背景がある。原始時代、即座に行動を起こすことが生存に直結していたため、即時的な満足を求める傾向が強く残っている[3]。しかし、現代社会では長期的な視点が重要です。特に気候変動のような大規模な環境問題に対しては、この即時的満足を追求する傾向が大きな障害となる可能性がある。

個人のストレス解消vs全体の最適化

人間の行動を見ていると、全体の最適化よりも個人のストレス解消が優先されがちだということがわかる。これは、タバコの例えでもよく表れている。タバコの危険性を訴えると、逆にもっとタバコを吸う人が増えるという研究結果がある。

これは「心理的リアクタンス」と呼ばれる現象で、自由や選択肢が制限されていると感じたときに、人々がその制限に反発し、むしろ制限された行動をとろうとする傾向を指している[4]。

社会的ジレンマと個人の選択

人間は往々にして、世の中全体のことよりも、自分自身や身近な人々のことを優先する傾向がある。これは「社会的ジレンマ」と呼ばれる現象の一部です。個人の短期的利益と社会全体の長期的利益が相反する状況で、多くの人が個人の利益を選択すると、結果的に全員が損失を被るという状況を指す[5]。

環境問題はまさにこの社会的ジレンマの典型例。個々人の便利で豊かな生活が、長期的には地球環境の悪化という形で全員に跳ね返ってくる。

仏のように自身のエゴを極限まで客観視し、人類のために奉仕できるような人間は到底いないのが現実である。

解決への道筋:人間の本質と内的発達を踏まえたアプローチ

では、この状況をどう改善していけばよいのか?人間の利己的な性質を理解した上で、長期的な仕組みを作り上げると同時に、個人の内的発達を促進することが重要だと考えます。具体的には以下のようなアプローチが考えられる:

  1. ナッジ理論の活用:人々の選択の自由を保ちながら、望ましい行動を促す環境設計を行う[6]。

  2. 教育と啓発:長期的視点の重要性を若い世代から教育する。短期的な欲求や負の解消法として、マインドフルネスや散歩など環境にやさしい代替え案を提示する。

  3. インセンティブの設計:環境に配慮した行動に経済的インセンティブを付与する。

  4. AIの活用:人間的なエゴのないAIを用いて長期的な影響を予測し、意思決定を支援する仕組みを構築する。

  5. Inner Development Goals (IDGs) の実践:個人の内的成長を促進し、持続可能な社会の実現に必要な能力や資質を育成する[7]。IDGsは以下の5つの次元に焦点を当てている:

    • 存在と関係性(Being – Relationship to Self)

    • 思考と感情(Thinking – Cognitive Skills)

    • 関係性(Relating – Caring for Others and the World)

    • 協働(Collaborating – Social Skills)

    • 行動(Acting – Driving Change)

結論:人間とAIの共存、そして内的発達による未来

人間の短期的欲求と長期的展望の間のバランスを取ることは容易ではない。しかし、私たちの本質を理解し、それを踏まえた上で社会システムやAIを適切に設計していくこと、そして個人の内的発達を促進することで、より持続可能な未来への道を開くことができるはずだ。

人にも、森羅万象にとっても、賢明な意思決定が可能なAIを実装する上、実装者である人間の内的発達は必然である。IDGsが提唱する内的発達のアプローチは、個人が持続可能な社会の実現に必要な能力や資質を育成する上で重要な役割を果たす様に感じる。自己認識を深め、システム思考を身につけ、共感能力を高め、協働スキルを磨き、変革のための行動力を養うことで、私たちは短期的な欲求に振り回されることなく、より大きな視点で社会と環境の課題に取り組むことができるようになると思う。

私たちに求められているのは、自分たちの本質を見つめ直し、それを踏まえた上で、技術と知恵を結集して新しい社会システムを構築していく努力、そして一人一人が内的成長に取り組む姿勢なのではないでしょうか。この二つの側面から取り組むことで、短期的利益と長期的な視点の程よいバランスを人類が取れる様になるといいな!

参考文献

[1] Bain & Company. (2023). Luxury Goods Worldwide Market Study.

[2] Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.

[3] Griskevicius, V., & Kenrick, D. T. (2013). Fundamental motives: How evolutionary needs influence consumer behavior. Journal of Consumer Psychology, 23(3), 372-386.

[4] Brehm, J. W. (1966). A theory of psychological reactance. Academic Press.

[5] Kollock, P. (1998). Social dilemmas: The anatomy of cooperation. Annual Review of Sociology, 24(1), 183-214.

[6] Thaler, R. H., & Sunstein, C. R. (2008). Nudge: Improving decisions about health, wealth, and happiness. Yale University Press.

[7] Inner Development Goals. (2021). Background Report. https://www.innerdevelopmentgoals.org/

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