〈34.美しさは世界を支配する〉
アーサーくんがあることを提案した。
「君たちに一つ提案がある。私は君たちを上流階級の世界に案内したい」
「ええっ!? 上流階級? 行ってみたい!」
アンジュちゃんは誘いに乗った。
「そこで上流階級の価値観を理解するために美術鑑賞などはどうだろうか?」
アーサーくんの提案に僕はこう言った。
「それだったらちょうど僕たちがエマニュエル美術館(ミュージアム)に行こうとしてるから、そこにみんなで行くのはどう?」
「エマニュエル美術館ならいろんな種類のアートが学べるからピッタリだな」
「私も行きたい」
「俺も」
アンさんやキングくんも同意した。
「いいわ。あたしもついていってあげるわ」
ダイアナさんも渋々同意した。
「じゃあみんなに行こうか」
ということでみんなで上流階級の世界に行くことになった。
次の日、みんなは思い思いの格好で着飾って美術館巡りにやってきた。アーサーくんは貴族の格好、アンさんはロリータファッション、キングくんはサプールのカッコ、ダイアナさんはスーツ、まほろちゃんは日本の着物、アンジュちゃんはアンさんから子ども用のロリータ服を借り、僕はキングくんからサプールの服を借りた。
僕たちはニューヨークにあるエマニュエル美術館に行った。そこは5階建ての建物で、1階から5階まで全て美術館になっていた。
《1階 ストリートアート》
僕たちは最初、1階を見て回った。1階は大勢の人で賑わっていて、観光客や学生らしき人、コスプレをした人もいた。
アーサーくんが案内してくれた。
「1階はストリートアートのコーナーだね。ここには一般から募集したアート作品やアートを学ぶ学生の作品、障害者アートなどが飾ってある」
まほろちゃんは絵ハガキを手に取った。
「へぇ、意外と安いのね」
「この辺は値段の安いものばかりだよ。ストリートアートはまだまだ上流階級の世界とは呼べないな。ただし爆発的にヒットする可能性はある」
日本のアニメ風の絵もあった。
「萌え系の絵よ。ニューヨークでも日本のアニメ風の絵を描く人が増えてるの」
アンさんは嬉しそうに解説した。僕も見た。
「安いって言っても日本の絵と比べると高いね」
アンさんはまた解説した。
「日本では供給過剰で安売り競争してるけど、ニューヨークではまだそこまで絵を描く人は多くないから高いんだと思うよ」
僕はあるアート作品を探した。実はこの中に僕のアート作品もあるはずだった。
「あった、あった。僕の夢文字だ。ほらこれ。僕が描いたんだよ」
ニューヨークの夢文字というアートをみんなに紹介した。
他にも日本人が作ったアートも飾ってあった。
「これは日本の田舎によく置いてある案山子(カカシ)だね」
僕は解説した。
「案山子は日本の田舎の農村風景の象徴だね」
「あっ、これ」
アンさんがあるものを見つけた。
「ハーバー大学でキングくんがアーサーくんにイタズラした時に使った奇抜なヘルメットだ」
アーサーくんは呆れたように言った。
「ここのアート作品だったのか? ここにあるものは量産化されてるものもあるからそれを買ったんだな」
ダイアナさんはこう言った。
「アートを見ても退屈な人の暇つぶしになるだけよ。社会が大変なことになってる時にアートなんて鑑賞してる場合じゃないわ」
《2階 ボタニカルアート》
2階に行ってみた。そこも大勢の人で賑わっていた。1階よりもちょっと高級な服を着た人やビジネスパーソンらしき人が多かった。
そこはボタニカルアートのコーナーだった。綺麗な植物や花の絵が描かれていて、中には妖精もいた。
「見て。ボタニカルアートよ」
アンさんはスキップして絵に近づいてくるっと回ってサーキュリースカートを舞い上がらせて妖精の絵に向かって指を近づけた。
アーサーくんも語る。
「花は好き勝手に自由に咲いてるように見えるが、ちゃんと法則を守って生きている。混沌として偶然が支配してると思える中に法則性を見つけるのが美しいのだ」
「花びらの数はフィボナッチ数だし、遺伝はメンデルの法則に従うのよね」
アンさんはそう言った。アーサーくんは雲と海岸と木々の絵を指した。
「この絵は自然の法則を語るのにちょうどいい絵だね。
ここに描かれている積乱雲や飛行機雲の中では不安定な気流が渦巻いている。大気中には気流の流れがあり2つの気流がぶつかる時に不安定な空気の流れが生まれる。それをケルビンヘルムホルツ不安定と呼ぶ。
またここに海岸線が描かれているが、海岸線はフラクタル芸術と呼ばれることがある。大きな世界地図で見ても地球上の海岸線には湾や半島があり、小さい地図で見ても湾や半島がある」
「つまりどういうこと?」
僕の質問にアーサー君はこう答えた。
「つまり海岸線の形というのは拡大しても縮小しても形が似ているということさ。それがフラクタル芸術である」
「混沌としてるかと思ったらちゃんと法則性があって、それなのに不安定。お空って女の子の気持ちみたいね」
アンジュちゃんは肩をすくめた。
アンさんは冗談を言った。
「アーサーくんも偶然に見せかけて世界を支配するでしょ? 例えばアーサーくんが政治家になって、誰かがアーサーくんの悪口を言うとなぜかその人の給料が下がるみたいに」
するとアーサーくんはこう答えた。
「私が支配するのではなく美しさが支配しているのだ。人はその美しさを知るだけでよいのだ。人は法則性に支配されている。知らず知らずのうちに人の心を支配する法則性がある。レヴィストロースの構造主義のように」
「構造主義?」
アンジュちゃんは聞き返す。
「人は、自由に行動していいと言われても、知らず知らずのうちに思考パターンやそれに基づく行動パターンにはまり込んでしまうという考え方だ。画家はそれを描くことによって見る人をそんなパターンから解放すると同時に、パターンから抜け出せない人を操ることができるようにする」
「人の心を操る?」
アンジュちゃんはまた聞いた。
「例えばやっちゃいけないと言われるとやりたくなる人に何かさせたい場合は「やっちゃいけない」と言う。権力に反発したい人には「買うことで反発になる」と思わせれば買わせることが出来る」
「なるほどそうやって人を操るのね」
アンジュちゃんは納得した。
「アンジュちゃん、そこには共感しなくていいのよ」
まほろちゃんがたしなめる。みんな笑った。
「確かにCMには社会に反発するイメージのCMもあるよね。コーラのCMとか」
僕は理解した。
《伝統アート》
バロック調、ロココ調、ヴィクトリア調の絵が飾ってあった。アーサーくんはそれぞれの時代の特徴を教えてくれた。
「まだまだ宗教的戒律に厳しかったバロック時代、自由なロココ時代、格式高いヴィクトリア時代。それぞれの時代にその時代を特徴付けるアート作品が作られているのだ」
「21世紀のアートは何調なの?」
アンジュちゃんの質問にアーサーくんはこう答えた。
「21世紀のアートの美しさとは何か、常々提案されている。21世紀にこの価値観が広まりそうだと予想されればそれを描いた絵画が買われ人気になる。絵画とは株のようなものだ。つまり絵画は未来を予想している」
「わぁ、素敵な考え方ね」
まほろちゃんは感動した。
「映画スタンドバイミーのように心に訴える。牧師さんのお説教よりも、欲に訴えることよりも、美しい友情物語を描くことの方が人の心に訴える」
「確かに学校の先生が仲良くしなさいと言うよりも、美しい友情物語を見せる方が仲良くさせる上で効果あるもんね」
僕は納得した。
「でも絵を見る人ってそんなに大勢はいないわよね」
まほろちゃんはそう指摘した。
「だから絵を見て、人がどんなものに魅了されるかを学んだら、それをハリウッド映画やディズニー映画などの演出に応用するのだ」
それを聞いてアンさんは納得した。
「アートを見る人は単にアートが好きだと思って見るだけでなく自分の創作活動に応用しようとしてる人もいるのよね。
ディズニー映画『魔法にかけられて』では19世紀フランスの装飾やアールヌーヴォーの美術がデザインとして採用されてるわ」
アーサーくんは続けた。
「例えばピーターラビットが生まれた19世紀イギリスは搾取が盛んな時代であった。ピーターがニンジンをかじるシーンがある。牧場主は、搾取する資本家の象徴であり、ピーターは出し抜く人の象徴である。」
「アメリカ人は歴史の始まりから資本家を出し抜くことを目指してたの?」
僕は聞いた。
「現代、資本家がアメリカ人を搾取しようとしてもアメリカ人は出し抜く方法を抜け目なく見つける。そうしたら資本家はどうする?」
アーサーくんの質問にキングくんはこう答えた。
「そのまた裏をかいて犯罪をかっこよく描いて見せることによって稼ぐ。」
「そう。それがハリウッド映画の手口である」
つづく
※エマニュエル美術館(ミュージアム)はこの小説だけの架空の美術館です。
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