交通・通信インフラとグローバル交易の共進化(後編):産業革命~現代
ヒトはモノと情報(知恵)を交換することにより分業する社会を形成する。ヒト、モノ、情報(知恵)の距離を短縮するインフラの発展とともに、社会構造は複雑化し、より高度な交換ネットワークを構築する。
・前編:古代~産業革命以前
⇒後編:産業革命~現代
●世界規模の物流の高速化とグローバル交易による消費と生産の分離
フルトンが乗客を乗せた蒸気船の試運転に成功し(1807年)、スチーブンソンが蒸気機関車鉄道を開通(1825年)して以降、陸海の交通網が一変する。蒸気船が世界各地を結び、陸地を蒸気機関車が走り河川運河を蒸気船がつなぐことにより、大量・高速に運搬できる地球規模の物流が加速する。物流の加速は、国を超えるグローバル・ネットワークで生産地と消費地をつなげ、モノの生産を国を単位として分業可能とする。
グローバル交易の進展は、生産が現地の消費に縛られなくなり、各国の生産が分岐し、企業と国を単位とする貿易競争が始まる。ある国が他の国よりも安く生産できれば優位となり、国を単位とする貿易競争により「得意なことして、それ以外は貿易する」という棲み分けによる分業が加速する。特に製造規模の拡大=大量生産、ノウハウや投資の積み重ねが生産性を高め、突出した収益を得られる製造業で先頭をきった国が他を圧倒するようになる。
工業先進国の所得拡大サイクル:
1)工業先進国(イギリス、アメリカ、ドイツ)が工業の機械化を進める
2)工業先進国の所得が大きく伸びる
3)工業先進国の産業が工業都市に集積する
⇒生産効率を高め、コミュニケーションコストを削減し、情報(知恵)を交換する場がつくられ、モノの運搬が効率化され、生産品のコストが低下する。
4)企業の規模が拡大し、より複雑な工程を取り入れやすくなる。
都市への製造業の集約は、モノの流通を効率的にするだけでなく、情報(知恵)の交換を促進して新しいテクノロジーの誕生をうながす。そのサイクルが工業先進国において都市へのヒトと企業の集約を促進し、巨大都市を形成していく。
激しい国際競争が勝者と敗者に分け、同じ市場での企業の数を減じ、勝者は統合・吸収して規模を拡大して生産効率が高くなり国際的な格差を広げていく。
●通信インフラとプロセス分業
蒸気機関をベースとして郵便事業が始まり(1840年/英)、電話が開通(1880年/米)すると国内(外)の情報(知恵)の移動距離がいっきに縮まり、プロセス毎に専門特化して生産効率を高める企業・組織間でのプロセス(設計、エンジニアリング、管理、品質管理、製造、物流など)分業が進む。
Faxが国際規格とともに公衆回線を利用して広く利用されるようになると(1972年)、情報を扱う部門の業務スピードがいっきに加速し、時分割で複数のタスクを処理するようになる。
1970年、国際競争による企業の統合と生産性の効率化によるコストカットを限界まですすめた工業先進国企業は、通信インフラを利用した製造部門の一部を労働力コストが安い国(中国、インドなど)への分業=オフショアを模索する。
商用インターネット(1989年、米)が情報(知恵)の循環を加速すると、調整コストが低下し、製造業のオフショアの波が大きく広がる。
オフショアによる新興国の所得拡大サイクル:
1)労働力が安く、治安、工業先進国との距離、インフラ整備など有利な条件を持つ国(中国、インド、ポーランドなど)=新興国が、工業先進国のグローバル・バリューチェーンに組み込まれる。
2)工業先進国からの情報(知恵)=ノウハウの移転により、新興国はしだいに低賃金・高技術へとシフトし、とりのこされた低賃金・低技術国はグローバル・バリューチェーンに参加できなくなり、格差が生まれる。
3)新興国にノウハウが集まり、生産拠点を集中的に拡大する。
4)急速に工業化した新興国の成長が加速する。
5)工業先進国の生産部門が空洞化する。
6)新興国の急成長に伴い、食料、資源の需要が高まり食料・原料輸出国が成長する。
近年まで、国家の社会・経済・投資戦略は、そこに立地する企業を単位として計画・実行することができた。オフショアの拡大により、企業戦略は必ずしも国の利益を優先するとは限らず、業務プロセスは分断・断片化し、従業員が世界に散逸・分業して再編集され、国家戦略は断片化したプロセスを単位とするものへと複雑化していく。
各国の実質GDPの推移
University of Groningen, Maddison Project Database 2020
(https://www.rug.nl/ggdc/historicaldevelopment/maddison/releases/maddison-project-database-2020?lang=en)
交通・通信インフラの進化が、ヒト・モノ・情報(知恵)の交換を高速化し、作業を断片化、専門特化した分業ネットワークを構築する。分業ネットワークは、集落、国家、世界の空間と時間へと広がり、断片化したプロセスと労働を動的に再構築する。ヒトの移動距離を短縮する次世代のインフラの進化は、ヒトの社会組織をより複雑な断片・分業と再編集へと導いてゆく。
参考書籍:
[1] リチャード・ボールドウィン(2018), "世界経済 大いなる収斂 :ITがもたらす新次元のグローバリゼーション", 遠藤直美訳, 日本経済新聞出版社
[2] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房
[3] デヴィッド・クリスチャン, シンシア・ストークス, ブラウン、クレイグ・ベンジャミン(2016), "ビッグヒストリー --われわれはどこから来て、どこへ行くのか--", 長沼毅日本語版監修, 石井克弥,竹田純子, 中川泉訳, 明石書店
[4] 松岡正剛監修, 編集工学研究所(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版
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