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聖地は暮らしの中に

 地面の上を歩いているのに、気をつけていないと体が空中に浮いてしまいそうだ。8年も憧れ続けた場所を目の前にして、なんだか落ち着かない。

 長崎県五島列島 福江島にある水ノ浦教会は、映画「くちびるに歌を」の聖地である。

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 頭の中であの場面をリピートする。中学生のナズナが自転車で坂道を降りてくる。階段の前に駐輪して、バタバタと駆け上がっていくのが印象的だ。

 あぁそうか、ナズナはこの坂道を下りてきたのか。ただの坂道だけど、ナズナにとってはいつもの懐かしい通学路だろう。そんなことを考えていると、私にとってもこの道が大切なものに感じてくる。

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 もう教会が見えている。階段をのぼる前に深呼吸。早く進みたい気持ちを抑える。そうでもしないと心臓が飛び出してしまいそうだ。

 階段の手すりをつかんで目を閉じ、落ち着け自分、と言い聞かせる。数秒間そうしていると、体の重心が下がっていくのを感じた。目を開けてゆっくりと進む。

 海と空の青さに映える白。
 その美しさに圧倒され、一人では立っていられそうになくて、ずっと手すりを掴んでいた。そしてついに聖地に来てしまったんだと感動し、思考が停止した。はぁ...。

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 教会を背にすると海が見える。海に船が浮かんでいる。そして陸にはそこに生活する人々の家がある。

 海の方へ歩いてみる。聖地のすぐそばに、普通に誰かの家があって、テレビや、具材を刻む包丁のリズミカルな音が聞こえてくる。

 聖地は、その作品が好きな人にとってキラキラした場所だ。でも忘れてはいけない。その周りには人々の暮らしがあることを。穏やかに流れる時間があることを。

 住民の人にとってこの教会は「聖地」ではなく、日々の祈りの場なのだろう。

 人々の暮らしの中にある「聖地」がこれからもずっと残っていますように。

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