40歳の仕事論 Vol.14 ~ 職場のルールづくり ~
ルールがあることは物事に枠組みができることで、ルールはある程度ある方が動きやすかったりします。
自由っていうのは以外に大変なものです。
でもルールが複雑だったり多すぎると逆に動きづらくなったり、できることが限られてしまうので、人によってはルールを破ったり、その枠に収まることができない人も出てくるでしょう。
ルールを設ける目的だったり環境だったりによってルールの適応は考えなくてはいけないと常々思っています。
新型コロナ渦で部署内の運営のルールいくつか見直さなければなりませんでした。
その中で新たなルールがいくつか作られたが、やはりルールを守れないものが出てきます。
ルールの適応については単純で、目的としては感染予防>患者サービス>利益となります。
うちは患者担当性なので、患者サービスの面は担当と患者との関係によるところが多く、いくら感染予防のためとはいえ、患者を目の前にルールにがんじがらめになってサービスをおろそかにはできないし、当然、そんなことは折込済みであってルールはルールだけど「臨機応変にね」っていうのが最後につきます。
しかしこのスタンスがなかなか難しいと最近は感じています。
この臨機応変の範囲が人によってまるで違うし、感染予防>患者サービス>利益の割合も人の価値観によって大きくことなるため、スタッフ間で違いが出てきてしまいます。
これは当たり前なのですが、やはりそれについて文句をいうスタッフがやっぱり出てきてしまいます。
「あの人はルールを守れてない。真面目にやっている私が馬鹿みたいだ」
「ルールを守っていれば残業なんか出ないはずなのに、なぜあの人はいっつも残業申請出すのか」
こんな声が残念ながら聞こえてくるのです。
しかし、ちゃんとデータとか数字を見ればおおよそちゃんとみんなルールの中でやっているし、ルールからはみ出てるとしても許容範囲の中でやっています。
ルールを飛び出したことについて訪ねてもみんなちゃんと理由があってそうしているのであって、誰もルールを破ってやろう、こんなルール俺には不要だっていう人なんかいないわけで・・・
先にいった目的のバランスが人によって微妙に違うだけで、大まかな枠組みの中ではしっかり守れているのが実情です。
そして、そうやって声を上げる人にじゃあなたのこれはどんな理由でこうしたの?ってちょっとルール違反しているところを尋ねてみると「私はカクカクシカジカ仕方なくこうした、こうせざる得なかったんです」っていいます。
ほぉ〜ら。
みんな一緒でしょ。
きっとルール違反しているって言われる人は普段からそう見られがちだし、そうみんなにタグ付されているから、違反しているのが特に目立つのかもしれませんが、数字をみればそんなことはないし、よくよく観察していれば守ろうとしている努力の跡は見えてきます。
自分の人に対するフィルターやメガネを外して、感情を排するためにはやっぱり数字って大事だし、客観的なデータは役立ちます。
ルールはルール、でもはみ出ることだってあります。
パレートの法則に則れば2割ははみ出るのです。
でもはみ出た2割の人が新しい何かに気づくかもしれない、もっといい方法を見つけるかもしれません。
人や動物はそうやって進化してきたはずなんです。
厳格にルールが適応されるスポーツなどはルール違反はやはり駄目だけど、サッカーのルールを破ったからラクビーが生まれたし、それがあの熱狂を生み出すまでになったんだから、ルール違反も悪いことだけではありません。
結局何が言いたかったのか。
ルールなんてくそくらえって思っている人なんてそうそういなのですから、そんなに目くじら立てて、喚く前に、冷静に数字を見つめてみてくださいってことです。
管理職として、感情に流されず、数字を見ること。
そして、ルール作りする上では厳格さよりも、ある程度の許容を持つということ、そのはみ出た中に新たなヒントが見つかるかもしれないということ。
忘れずにいたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。