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二次小説「三月のシンデレラナイン」

椎名「オーイ! 監督―! こっちこっちー!」

 八重歯を輝かせながら、椎名が大きく手を振っている。
椎名の周りには逢坂、柊、坂上。その周りには直江や泉田達の姿もある。
僕は彼女達へと一歩を踏み出してーーー


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河北「もー! 翼! 早く早くー!」
有原「待ってよともっちー!」

 廊下を早足で歩く河北智恵を、有原翼が追いかける。

河北「信じらんない! 卒業式の日に寝坊するなんて! ハア、こんなんで大学生になって大丈夫なのかな…」
監督「おはよう、河北、翼」
有原「あ! 監督! おっはよー!」
河北「監督、おはよう! ゴメンね、今日は早く集まろうって言ってたのに、翼が寝坊しちゃって…」
監督「大丈夫だよ、翼が遅れる前提で予定を組んでたから」
有原「えー! ひどくなーい!?」
河北「アハハ…、皆は? もう来てるの?」
監督「うん、1組の教室に集まってるよ」
有原「よーし! じゃあ野球部最後のミーティング、行っくよー!」
河北「もう、調子いいんだから…」
監督「アハハ…」

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小鳥遊「ハイハーイ! テーブルはそっちねー! 野球道具は全部外に出しちゃってー!」

 女子野球部の部室に、小鳥遊柚の元気な指示がこだまする。
その様子を見ながら、我妻天や草刈ルナ、リン・レイファが当然の疑問を呈する。

我妻「なあ小鳥遊、やっぱり野球部全員をこの部室に入れるなんて無理じゃないか?」
草刈「同感」
リン「女子野球部の人数とこの部室の面積を勘案しても、どう考えても収まらないのだが」
小鳥遊「し、仕方ないし! 他の教室は使えないし、剣道場もダメだったし! グラウンドは遠すぎるし! ここしか使えないんだからしょうがないじゃん!」
リン「先輩方をもてなしたい気持ちは分かるが、ギュウギュウ詰めじゃ盛り下がる事間違いなしだぞ」

 卒業式後の送別会の準備を進める小鳥遊が、準備を手伝わない我妻達をム~っとした顔で不満そうに見る。
そこにテーブルを運んでいた桜田千代が、小鳥遊に声をかけた。

桜田「小鳥遊さん、テーブルここでいい?」
小鳥遊「ありがとー! 千代ちゃん! 千代ちゃんだけが頼りだよー!」
桜田「う、ううん。小鳥遊さん、1匹じゃ運べないクッキーを運ぼうとしてるアリさんみたいに頑張ってるから…」
我妻・小鳥遊「言い方ぁ!」

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條島「ジャーン! 喫茶モモ特製ケーキ!」
水原「へえ、これは…」
琴宮「素晴らしいわ!」
條島「野球部の先輩達にはご贔屓にしてもらっとったけんね! お祝いにパパが作ってくれたとよ!」

 家から持ってきたケーキの箱達を開き、條島ももが水原碧澄や琴宮千寿の前で胸を張る。

水原「でもこれ、人数分足りるの? もも」
條島「うっ…」
琴宮「少し……足りないかも知れませんね」
水原「仕方ない、ここは監督だけガマンを……」
條島「ちょー! 卒業生! 監督も卒業生なんやけん仲間外れにせんと!」
琴宮「大丈夫ですわ、今じいやにメガモール中のケーキを買い占めさせてますから!」
條島「ウチのケーキが霞むけんやめて千寿ちゃん!」
琴宮「冗談です♪」
水原「千寿が言うと、冗談に聞こえないから」

 むむっと不機嫌そうな水原。
その水原に、琴宮が前から気になっていた事を問いかける。

琴宮「……水原さんは、どうして監督のことを気にされるのですか?」
水原「えっ?」
琴宮「水原さん、入学した時からずっと監督のことを目の敵にされているというか、距離があった感じですから」
條島「それはあたしも気になっとったんよねー、碧澄ちゃん、なんで監督のこと嫌っとうとー?」
水原「…別に、嫌いな訳じゃない。ヘラヘラしてるのが、気に入らなかっただけ」
條島・琴宮「ヘラヘラ?」
水原「昔はすごい選手だったのに、ヘラヘラしてたように見えたから」
條島「ヘラヘラはしとらんかったように思うっちゃけど?」
琴宮「私もそう思います」
水原「……私にはそう見えたの。でも、夏前に有原先輩相手にピッチングしてるの見て、印象変わった」
琴宮「あのピッチングは素晴らしかったですよね!」
條島「大学行ったらまたピッチャーやるっちゃろ? すごか選手になるんやろねー」
水原「……別に、監督のことはどうでもいい」
琴宮「どうでもいいって割には、気にされてるようですが?」
條島「もしかして~、碧澄ちゃん監督の事が好きと? 好いとうと?」
水原「ち、違うから!」
條島「またまた~、照れちゃって~」
琴宮「まあ! 応援しますわ!」
水原「だから違うって!」

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掛橋「フウっ…」

 職員室で卒業式の流れを確認しながら、掛橋桃子が1つ息を吐く。

教頭「掛橋先生」
掛橋「は、はい!」

 教頭に声をかけられ、掛橋桃子は背筋を伸ばして立ち上がる。

教頭「何ですかその辛気くさい顔は。今日は生徒達の門出の日なのですよ。教師としてちゃんとした顔で見送りなさい」
掛橋「は、はい! ちゃんとします!」
教頭「まったく…、教師になって何年目なんですか? もっと自覚を持ちなさい」
掛橋「はい……ですが教頭先生、今年の生徒達はいつもより思い入れが強くて…」
教頭「…」
掛橋「い、いえ! これまでの卒業生達も特別ですが、今年の卒業生は更にというか…」
教頭「分かりますよ」
掛橋「え?」
教頭「女子野球部をゼロから立ち上げて、2年連続連覇。彼女達の功績は、我が校に刻まれる事でしょう」
掛橋「……はい」
教頭「彼女達の姿に、私達も気づかされる事が多かったような気がします。夢を諦めない事や、好きな事を大切にし続ける事。大人になって忘れていた大切な事を思い出させてもらいました」
掛橋「はい…」
教頭「だからこそ今日は、いつも通りに、いえ、いつも以上にいい顔で門出を祝わねばならないのです。掛橋先生、できますね?」
掛橋「……はい!」
教頭「卒業式前に泣くんじゃありません」
掛橋「だ、だって~! 教頭先生がいい事言うから~!」
教頭「コ、コラ! やめなさい!」

 抱きつこうとする掛橋桃子から、教頭が懸命に逃れようとする。
その様子を校長や他の先生達は、生温かく見守るのだった。


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岩城「フレー! フレー! 卒業生!」

 卒業式後。
校門前に大きなエールが響く。
昨年卒業したOG、岩城良美の応援だ。

倉敷「やめなさい」
岩城「止めるな舞子! 新たな門出を迎える卒業生を見てると、ウチは応援せずにはいられないのだ!」

 渋い顔をして襟首を掴む倉敷舞子の手から逃れようと、岩城がもがく。

阿佐田「ニャッハッハ! だんちょーは1年経っても相変わらずなのだ!」
本庄「ウフフ、でもそこが良美さんのいい所よね」
塚原「はい! 良美はやはり、こうでなくては」
九十九「フウ、でも岩城さんの事を知らない人達が驚いてるよ」

 女子野球部OG、阿佐田あおい、本庄千景、塚原雫、九十九伽奈がやりとりを少し離れた場所で見守る。

倉敷「アンタ達も見てないで手伝いなさい」
阿佐田「りょーかいなのだ! 皆でだんちょーを胴上げするのだ!」
九十九「しないよ。あおい、悪ノリはやめよう」

 悪ノリしようとする阿佐田を押さえ、九十九がしょうがないなという顔をする。
一方塚原は、懐かしそうに校舎を見ていた。

塚原「懐かしいですね、この風景も」
本庄「ええ、あれから1年経ったのに懐かしいわ」
塚原「まだ1年しか経っていないようでもあり、もう1年経ったという気分でもあり、むずがゆいですね」
本庄「ウフフ、それくらいここで過ごした日々が濃密で、今過ごしてる日々も充実してるって事じゃないかしら?」
塚原「千景…、……そうですね」
阿佐田「ちーちゃん! しずちゃん! なっしー達が部室で待ってるのだ! あおい達もパーティーに参加するのだー!」
倉敷「パーティーじゃなくて、送別会でしょ。まったく、なんでアタシ達まで…」
岩城「うん? 舞子? イヤなのか?」
阿佐田「イヤじゃないのだ。まいちんはツンデレなのだー。誘って貰えてうれしいのに、照れているだけなのだー」
倉敷「アンタねえ…!」
阿佐田「ワーイ! まいちんが怒ったのだー!」
倉敷「コラ! 待ちなさい!」
岩城「おっ! 部室まで競争か!? フライングなんてズルいぞ! ウチも参加するぞ!」

 足早に逃げる阿佐田を追いかける倉敷と、その2人を更に追いかけていく岩城。
それを見てやれやれという顔をした九十九が、本庄と塚原に声をかける。

九十九「私達も行こうか、倉敷さんだけじゃ、あおいの悪ノリを押さえられそうにないし」
本庄「ええ」
塚原「行きましょう!」

 そうしてOG達は、送別会会場へと向かうのだった。


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小鳥遊「えー、コホン! 卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます! 私達在校生も先輩方に続けるよう…」
我妻「かんぱーい」
皆「かんぱーい!」
小鳥遊「ええー!? ちょっと!? まだ私の挨拶の途中だし!」
我妻「別にいいだろ、挨拶なんて」
リン「皆どうせ聞いてないし」
草刈「小鳥遊、空気読め」
小鳥遊「ひどくないっ!?」

 乾杯の音頭を勝手に取られ、ふくれっつらになった小鳥遊に、桜田がまあまあと声をかける。

桜田「まあまあ小鳥遊さん、皆バーゲンセールが始まる前のおばちゃん達みたいに、ケーキやお菓子を前にしてうずうずしてたし…」
小鳥遊・我妻「言い方ぁ!」
リン「フム… 小鳥遊。阿佐田先輩が2つ目のケーキを取ろうとしている。このままだと小鳥遊の分のケーキがなくなるぞ」
小鳥遊「ちょっ!? 阿佐田先輩! やめてください!」

 阿佐田を止めに走る小鳥遊、しかし部室に集まったギュウギュウ詰めの部員に阻まれ届かない。

草刈「まったく… 騒がしい。卒業式の日なのに」
桜田「アハハ… でもこれがわたし達というか、有原先輩達らしいって気がするし」
リン「同感だな」
我妻「あれ? リン、いつもみたいに東雲先輩にくっつかなくていいのか?」
リン「東雲先輩には卒業後もパーソナルトレーナーを任せてもらう事になった、筋肉にはその時触らせてもらう」
草刈「あ、九十九先輩が来てる」
リン「な、何!? ハアっ… ハアッ…! 相変わらず素晴らしい大腿二頭筋…! 触診しなければ…!(ビュン)」
我妻「あ、突っ込んでいった」
桜田「相変わらずだね…」
草刈「…九十九先輩は迷惑そうだけど」

 脚を触ろうとするリンを、九十九が迷惑そうに押しとどめる。
しかしそこに阿佐田が加わり、ややこしい事になりそうだ。
一方阿佐田からケーキを取り返した小鳥遊が、疲れた様子で我妻達の元に戻ってきた。

小鳥遊「ふー、なんとかケーキ確保できたし」
監督「小鳥遊、ちょっといいかな?」
小鳥遊「か、監督!?」

 監督に声をかけられ、小鳥遊が慌てた様子でケーキの乗った皿を落としそうになる。

監督「渡したいものがあるんだ。今いいかな?」
小鳥遊「わ、渡したい物って…? それって……第二ボタン!? それとも……指輪!?」
監督「卒業生全員で寄せ書きを書いたんだ。よかったら部室に飾って欲しい」
小鳥遊「へ? よ、寄せ書き?」

 監督に渡された色紙を、小鳥遊が目を丸くして見る。
卒業生全員から野球部に向けた、メッセージだ。

監督「卒業生全員で、今朝集まって書いたんだ」
小鳥遊「へ、へー…… そうなんだー…」
監督「僕達が卒業して部員が減って大変だろうけど……これからも女子野球部のために頑張って欲しい」
小鳥遊「そんなの頼まれるまでもないし! 任せろし!」
監督「うん、頼りにしてる」
小鳥遊「…」

 色紙を手に、監督を見つめる小鳥遊。その顔が少し曇る。

小鳥遊「(せっかく同じ高校に入ったのにもう卒業なんて… なんか、淋しいな…)」

そこに九十九の脚を触りに行っていたリンが戻ってきた。

リン「小鳥遊、監督の第二ボタンをもらわなくていいのか?」
小鳥遊「ちょっ!? リンちゃん!?」
リン「今日を逃したらもうチャンスはないだろう?」
小鳥遊「それはそうだけど~、うう~…」
?「む~…」
リン「こーくはく、こーくはく」
小鳥遊「え?」
我妻・草刈「こーくはく、こーくはく」
?「む~!!!」
小鳥遊「ちょちょちょ、ちょっと! やめろし! 監督! 何でもないんだからね!」

 手拍子をしながら告白を促すリン達に、小鳥遊が戸惑う。

我妻「さっさと告白しちゃえよ、このヘタレキャプテン」
草刈「そしてさっさとフラれてこい」
小鳥遊「フラれる前提!? ていうか何で皆知ってるの!?」
リン「私が教えた」
小鳥遊「リンちゃん!?」
桜田「み、皆やめようよ…。小鳥遊さんがフラれちゃったら卒業式なのにお通夜みたいな空気になっちゃうよ…」
小鳥遊「言い方ぁ!」
リン「…まったく、せっかく失敗してもいいように空気を作ってやったというのに」
小鳥遊「余計なお世話だし! もう!」
監督「小鳥遊? どうしたんだ?」
小鳥遊「ななな、何でもないし! …フーッ。あのさ監督、これからもNINE送るから、返事、返してよね?」
監督「ああ、もちろん」
小鳥遊「絶対だよ? たまに練習見に来てね? 試合もだよ?」
監督「うん、見に来るよ」
小鳥遊「えっと… それと、最後にお願いなんだけど…」
監督「うん?」
小鳥遊「第二ボタン! 私にちょうだい!」
監督「うん、いいよ」
小鳥遊「え!?」

 驚く小鳥遊に、監督が第二ボタンを外して手渡す。

小鳥遊「え? え? こんなにあっさり? ていうかホントにいいの?」
?「む~!!!」
監督「いいも何も…。制服着るのは今日で最後だし、初めから小鳥遊に渡すつもりだったし」
小鳥遊「え? そ、それって……どういう意味?」
監督「キャプテンとしてこれからも女子野球部を引っ張って欲しいって意味」
小鳥遊「あ、あ~… そういう意味…」
監督「これからも頑張れよ、小鳥遊」

 小鳥遊の肩にポンと手を当てて、皆の元に戻る監督。
それを呆然と見つめる小鳥遊の肩に、我妻と草刈が無言で手を乗せる。
そして桜田は、励ますように声をかけるのだった。

桜田「た、小鳥遊さん。ドンマイだよ…! 元気出して! 2年間でミジンコくらいしか距離縮まらなかったかもだけど、前進はしてると思うから!」
小鳥遊「言い方ぁ!」


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椎名「オーイ! 監督―! こっちこっちー!」

 八重歯を輝かせながら、椎名ゆかりが大きく手を振る。
椎名の周りには逢坂ここ、柊琴葉、坂上芽衣。その周りには直江太結や泉田京香、月島結衣、中野綾香達の姿もある。
 送別会が終わった後、皆で写真を撮ろうという事になったのだ。
とはいえ女子野球部全員で撮るのは難しい。
何グループかに分かれて、写真を撮ろうという事になった。

椎名「あはっ♪ 桜も咲いてるし、よく晴れてあったかいし、いい卒業日和だね~」
泉田「ああ! バイク飛ばしたら気持ちよさそうだな!」
月島「泉田さん、高校を卒業したら大人とはいえ、社会の一員として節度を守って…」
中野「にっしっし! 『泉田VS委員長 桜舞い散る決闘!』 いい記事ができそうだにゃ!」
月島「ねつ造はやめなさい! …まったくもう、記者を目指すなら真実を書くべきでしょう?」
中野「ワタシが目指すのはエンターテイメントだにゃー。日々のニュースを膨らませて、人を楽しませる新聞記者になる! それがワタシの目指す記者だにゃ!」
直江「あ、あはは…。でも中野さんが記者になった時、記事を読むの。わたし楽しみです」
泉田「直江だって店を継ぐために勉強するんだろ? 楽しみにしてるぜ」
直江「泉田さん……。はい! 頑張ります!」
逢坂「アタシは絶対大女優よ! 大黒谷になんか、負けないんだから!」
中野「あ、『大咲みよ、連ドラ出演決定!』のニュースが出てるにゃ」
直江「あ、ホントですね」
逢坂「な、な~んですって~!」

 ワイワイ騒ぐ中野達、そのやりとりを見ている椎名達に監督が声をかける。

監督「柊と坂上は、大学でも野球続けるんだっけ?」
柊「ええ、そのつもりよ」
坂上「はい、その通りです」
監督「椎名は? 本当にやめちゃうの?」
椎名「あたしはもう高校で野球はおなかいっぱいかな~。これからはチュリオーズの応援に専念するよ~」
坂上「フッ、万年Bクラスのチームを応援するなんて、物好きな人もいるものですね」
椎名「おおん? ケンカ売られてる? 今ゴング鳴ったよね?」
柊「やめなさい」

 柊が椎名と坂上の間に入り、一触即発の2人を止める。
それから、監督に向き直った。

柊「監督、3年間ありがとう。あなたが私達の監督でよかったわ」
坂上「ハイ、監督以外の監督だったら、私達は野球に戻っていませんでした」
椎名「あはっ♪ 大げさだなー。でも、3年間楽しかったよ!」
監督「僕もだよ、皆、3年間ありがとう」

 監督の言葉に、柊・坂上・椎名の3人が微笑みを返す。

逢坂「ゆかりん達―! 写真撮るよー!」
椎名「はーい! ここちゃんやー! 今行くよー!」
泉田「オラ監督、こっち来いよこっち」
直江「ぴゃあっ…!? 泉田さん、押さないでください…!」
月島「コラ! ちゃんと等間隔に並びなさい!」
中野「等間隔なんて、クラス写真じゃないんだからにゃー…」

 ワイワイ騒ぎながら、スマホのシャッターのタイマーを坂上がセットする。
そして、皆思い思いのポーズで写真に写るのだった。


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宇喜多「む、む~っ! お兄ちゃ…、監督、人気者すぎるよ…! 第二ボタンも、小鳥遊さんに取られちゃったし…」
秋乃「あれー? あかね、どうしたのー?」
ルーちゃん「くるる~?」
竹富「なんか、宇喜多茜から触れちゃいけないオーラが…」
初瀬「…」

 椎名達と写真を撮る監督を見ながら、宇喜多茜は不機嫌そうな表情を浮かべ、秋乃小麦とルーちゃんは不思議そうに小首を傾げ、竹富亜矢は戦慄し、初瀬麻里安は意味深な表情になる。
そんな彼女達の元に、監督がやってきた。

監督「みんな、お待たせ…」
初瀬「あ、あの! 監督!」
監督「うん?」
初瀬「好きです! ずっとずっと好きでした!」
宇喜多・竹富「え~~~!!?」

 初瀬の突然の告白に、驚く宇喜多と竹富。

秋乃「好き? まりあ、監督のことが好きなの?」
竹富「初瀬麻里安… そうだったのか…」
宇喜多「む、む~!!! 初瀬さん、自分勝手だよ…!」

 恐れおののく竹富と、怒りを募らせる宇喜多。
一方秋乃はいつもの様子で初瀬と監督に抱きついた。

秋乃「小麦も監督のこと好きー! まりあのことも好きー! みんな大好きー! みんななかよし! しあわせだねー!」
ルーちゃん「くるるー♪」
秋乃「ルーちゃんも『みんなのこと好き』だってー!」
竹富「いや、秋乃小麦。初瀬麻里安の好きってそういう意味じゃ…」
宇喜多「む、む~! 皆、自分勝手だよ! 茜の方が…、茜の方が、お兄ちゃんのことが好きなんだから~!!!」
竹富「え~!!? お兄ちゃん!? 監督って宇喜多茜のお兄ちゃんだったの!?」

 初瀬と秋乃を押しのけるように、監督に抱きつく宇喜多。それを見て竹富が困惑する。

竹富「わ、私一体、どうしたらいいんだ~!?」

…その後なんやかんやあって奇跡的にウヤムヤになった(竹富)。


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新田「監督~、今度はわたし達だよ~」
永井「だ、大丈夫かな…? 太って写ったりしないかな…?」
近藤「大丈夫、いつもと同じ加奈ちゃんだよ」

 新田美奈子、永井加奈子、近藤咲の仲良し3人組が、監督を呼ぶ。
新田が、卒業証書の入った筒で肩をトントンと叩きながら感慨深そうに空を見上げる。

新田「いや~、ついこないだ入学したかと思ったら、もう卒業か~。あっという間の3年間だったね~」
永井「う、うん…。初めて制服に袖を通したのが、昨日の事みたい…」
新田「あの時は大変だったよね~。加奈子のスカートのホックが…」
永井「み、美奈子ちゃん! 監督の前でその話はやめて~!」

 何かを言いかけた新田の口を、永井が手で塞ぐ。
そんなやりとりをふんわりと見ていた近藤が、監督の隣に並んだ。

近藤「ねえ、監督。これからも鉄人にご飯食べに来てね」
監督「ああ、もちろん」
近藤「大学で野球を始めるの大変だと思うから、ウチの料理食べて元気出して欲しいな」
監督「うん。鉄人の料理食べると元気が出るから、食べて練習頑張るよ」
近藤「実は今日、鉄人で卒業のお祝い料理を用意してるの。私が作ったお菓子もあるから、食べに来てくれるとうれしいな」
監督「うん、お邪魔するよ」
近藤「監督のために特別に作ったから、絶対来てね」
監督「え…?」
新田「……ねえ加奈子、どう思う? 咲って、実は、そうなのかな?」
永井「うん? よく分からないけど、鉄人のお祝い料理、楽しみだね!」
新田「…うん、そだねー。加奈子に聞いたのが間違いだったかー…」

 新田が呆れた表情を浮かべる一方、永井は監督に向けて一歩を踏み出した。

永井「あ、あのね監督。実は私、男子が苦手だったの」
監督「え?」
永井「昔太ってるってからかわれて…。でも監督は不思議と苦手じゃなかったの。野崎さんも同じ事言ってたんだけど、監督は男子だけど苦手じゃないって…」
監督「…」
永井「高校から野球を始めるのも、男子とおしゃべりするのも勇気がいったけど、わたし、野球部に入ってよかった…。監督が監督でよかった…! 監督、3年間ありがとう…!」
監督「永井…。うん、僕もありがとう」
新田「ちょっとちょっとー、新田ちゃんも監督に感謝してるんだからねー。ありがとうは?」
監督「新田はたまに練習サボってたからなー」
新田「ちょっ!? それは言わない約束じゃん!」
監督「冗談だよ、新田も3年間ありがとう。近藤もありがとう。これからもよろしく」
近藤「うん! 私もありがとだよ監督! これからもよろしくね!」


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朝比奈「監督ー、こっちこっちー!」
天草「今度はわたし達だよぉ」

 朝比奈いろは、天草琴音の2人が、木の下で大きく手を振っている。
その傍らには、仙波綾子と何やら暗い表情をしている花山栄美もいた。

花山「はあ~っ…」
仙波「花山さん? どうしたの? ため息なんて吐いて」
花山「いやね、今日で卒業なのにアタシを野球部に誘った王子様が見つからなくって」
朝比奈「王子様?」
花山「アタシと野球がしたいって誘ってくれた王子様よ。1年生の春に、演劇部の演劇か何かに出てた」
仙波「えっ!? それって…?」
花山「? どうしたの? 仙波ちゃん」
仙波「いや、まあ…」
天草「あ~、それなら綾子だよぉ」
花山「えっ?」
天草「1年の春に演劇部に助っ人頼まれて王子様役してた人でしょお? 綾子だよぉ」
花山「え? え? ええ~~!? 仙波ちゃん、そうだったの!?」
仙波「いや…、まあ…」
花山「なんで言ってくれなかったの!?」
仙波「いや、その……分かってたと思ってたから」
花山「3年間ずっと探してたのに~……こんなに近くにいたなんて~」
仙波「ご、ゴメンね…」
花山「……ううん、いいわ。ずっと見つからないままモヤモヤするよりはマシだし。おかげで野球部で楽しい思い出が作れた訳だし…」
天草「わたしも楽しかったよぉ~。インスピレーションもたくさん湧いたしぃ。向こうに行ってからも作品作り続けられそうだよぉ」
花山・仙波「向こう?」
天草「あれ? 言ってなかったっけぇ? ニューヨークだよぉ」
花山・仙波・朝比奈「ニューヨーク!?」
天草「うん、あっちの学校でぇ、アーティスト目指すのぉ」
花山「初耳よお!?」
仙波「まったくだよ、ビックリしたじゃないか…。でも、天草さんならおかしくないかも…」
朝比奈「…」
天草「いろは?」
朝比奈「なんで言ってくれなかったの?」
天草「うん?」
朝比奈「私達、友達よね? なんで言ってくれなかったの?」
天草「だってついさっき決まった事だし」
朝比奈「え?」
天草「オンラインでぇ、入試受けてぇ。その結果が来たのついさっきだったの。5分前くらい」
朝比奈「本当についさっきじゃん!」
天草「いろはにはぁ、決まったら一番に言うつもりだったよぉ。向こうに行ってもNINEで連絡するから、いろはも返信送ってねぇ」
朝比奈「え、ええ! まっかせなさい! それにしてもニューヨークかぁ…。ラーメン、あるのかなあ?」
天草「日本のチェーン店があるらしいよぉ。現地限定のラーメンもあるんだってぇ」
朝比奈「そうなの! 決めた! 私絶対ニューヨーク行く! ニューヨーク行ってラーメン食べる!」
仙波「それ目当てでニューヨーク行く人珍しいと思うけど…」
花山「絶対、英語が分からなくてアタフタしそうね…」
天草「この無鉄砲さがいろはだよねぇ」


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東雲「監督さん」
監督「東雲」

 1人だけ、写真を撮る事を拒んでいた東雲に話しかけられ、監督が苦笑をこぼす。

監督「東雲も皆といっしょに写真撮ればいいのに」
東雲「柄じゃないわ。それに、思い出ならもう形に残さなくてもいいくらい、たくさんできたもの」
監督「そうだね、一生モノの思い出がいっぱいだ」
東雲「それに私は前に進むだけ。もう次へと向かっているの」
監督「……本当に行くんだね?」
東雲「ええ、より高みを目指すために、そして誰も成し遂げた事がない事を成し遂げるために、私は行くわ」
監督「それでこそ東雲だね。頑張って」
東雲「監督さんも、大学野球での活躍、楽しみにしてるわ」

 ガシっと握手し合う監督と東雲。2人の間に言葉はいらなかった。

新田「なーに2人だけの世界に入ってんのさー! しのくもー! いっしょに写真撮るよー!」
東雲「ちょ、ちょっと!? 私は別に…!」
中野「卒業式の日くらい素直になるにゃ! 監督、押さえるの手伝うにゃ!」
小鳥遊「東雲先輩…! スミマセン…!」
東雲「小鳥遊さんまで…! 後で覚えてなさい…!」
小鳥遊「ひ、ひえぇ…!?」
監督「(ガシっ)」
東雲「ちょっと!? 監督さん!?」
監督「うん、東雲。皆でいっしょに写真撮ろう! やっぱり思い出はたくさんあった方がいいよ!」
東雲「もう、仕方ないわね…」

 このあとメチャクチャ写真撮った。


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監督「あれ? 翼達がいないな…」

 一通り野球部の皆と写真を撮り終えた僕が、最後に残ったあの4人の姿が見つからず戸惑う。
そこで、ポケットの中のスマホが震えた。

監督「翼から…? この写真って…」

 写真だけの送信。
見覚えのある、いや見慣れた景色に僕はその場所がどこかピンと来る。
そして、校舎の中へと入っていった。

………
……

有原「あっ! 監督―! 遅いよー!」

 屋上のドアを開けると、有原翼、河北智恵、野崎夕姫、鈴木和香の4人が僕を待っていた。

監督「遅いも何も、なんで校舎前じゃなくて屋上にいるんだ?」
有原「だってここから全部が始まったんだもん! 私達の写真は、ここで撮らなきゃ!」

 翼の言葉に、僕はあの日の事を思い出す。

監督「…そうだね、あの日から始まって、ここまで来れたんだね」
有原「うん! だから私達の写真はここ! ここがいいの!」
河北「もー、翼はいつも強引なんだからー」
野崎「ウフフ、でも翼さんらしいです」
鈴木「そうね、もう慣れたわ」

 翼の言葉に、河北が、野崎が、鈴木がそれぞれ反応を示す。

河北「最初はこの5人しかいなかったもんねー。練習する場所探して、部員を集めて、部活動の申請して…」
野崎「いっぱい練習して、初めての試合をして、大会に出て…」
鈴木「今考えると信じられないくらいの事をやってのけたわよね、私達」
有原「うん! これから何だってできそうな気分だよ!」
監督「何だって、は大げさじゃないか?」
河北「そうそう、大学に行ってから勉強は大丈夫なの?」
有原「うっ…、それはその…、頑張ってなんとかする!」
鈴木「河北さんに頼らなくなっただけ成長かもね」
野崎「ウフフ、そうですね」
河北「…」

 突然、河北の目から涙がこぼれる。

野崎「と、ともっちさん!? どうされたんですか!?」
河北「あれ…? 変だな…。悲しくなんか、ないはずなのに…、涙なんて、卒業式の間も出なかったのに…」
鈴木「河北さん、はい」
河北「ありがとう…」

 鈴木に渡されたハンカチで、河北が涙を拭う。
けれども涙はとめどなくあふれ、止まらない。

河北「あれっ…? おかしいよ…。どうして、止まらないの…?」
監督「止めなくてもいいんじゃないか?」
河北「えっ…?」
監督「全部、吐き出していいんだよ。だって今日は、卒業式なんだから」
河北「…」

 僕の言葉に、河北がハンカチを下ろし有原へと抱きつく。

有原「わわっ!? ともっち!?」
河北「翼! 大好きだよ! 今までいっしょにいてくれてありがとう!」
有原「ともっち…」
河北「色々大変だったけど! 朝起きれないし、遅刻はするし、赤点は取るし! この高校に入れるかどうかも怪しかったけど、翼といっしょで私、楽しかったよ!」
有原「えっと……ともっち?」
河北「これからは面倒見てあげられないけど、私がいなくてもちゃんと朝起きるんだよ! 宿題ちゃんとするんだよ! 授業中寝ちゃダメだよ!」
有原「えっと……、はい……」
鈴木「友達というより、お母さんのセリフね」
野崎「はい、そうですね」
河北「ああ、心配だなあ…。でもいつまでもこのままじゃダメだもんね。翼がダメ人間になっちゃうもんね…」
監督「もう既に野球以外はダメ人間っぽいけどね」
有原「ちょっ!? 監督!」
河北「でも私、翼といっしょにいれて良かった…! 野球やっててよかった…! 監督も、夕姫ちゃんも、和香ちゃんも、今までありがとう…!」
野崎「ともっちさん…」
鈴木「河北さん…」

 河北が手を広げて、野崎と鈴木も抱きしめる。
野崎と鈴木は、少し戸惑いながらも笑みを浮かべ翼と河北を抱きしめ返した。
4人仲睦まじい光景に、思わず微笑みがこぼれてしまう。
どれくらいそうしていただろうか。
抱き合う4人の輪が解け、野崎と目が合う。

野崎「え、えいっ!」
監督「えっ!? 野崎!?」
河北「夕姫ちゃん!?」

 いきなり野崎に抱きしめられ、僕は戸惑う。
いや、制服の上からでも分かってたけど、すごっ…!?

野崎「監督さん、今日までありがとうございました」
監督「え?」
野崎「自信がなかった私に、自信というガラスの靴を履かせてくれたのは、監督さんです。監督さんのおかげで私、ここまで大きくなれました」
監督「う、うん… 大きく…」
野崎「私、監督さんの思い出になりたいです。私を監督さんの思い出にしてくれますか?」
監督「……思い出なんかじゃないさ」
野崎「え?」
監督「野崎は思い出なんかじゃない。もう僕の、大切な人だよ」
野崎「監督さん…」
監督「野崎、これからもよろしく」
野崎「はい! よろしくお願いします!」

 いい返事をした野崎が、僕の身体をより強く抱きしめる。
ちょっ! ちょっと痛い! さすが野崎、すごいパワーだ!

鈴木「…」

 僕と目が合った鈴木が、ちょっと呆れた目で見ている。
そして、野崎が僕を放したと同時に歩み寄ってきた。

鈴木「監督、私もお礼を言うわ。今日までありがとう」
監督「鈴木…」
鈴木「選手として活躍はできなかったけれど、この3年間の指導は私の糧になったわ。これからの人生に活かしていくわ」
監督「…そんな事ない。鈴木はちゃんと成長していたよ。サポートに回ってからも腐らず自分の役割を徹してくれて、すごく助かってた」
鈴木「…」
監督「鈴木がいてくれてよかった。だから、ありがとう」
鈴木「ええ、どういたしまして」

 鈴木が僕にすっと右手を差し出してくる。
僕はその手を握り返した。
鈴木と握手を終えると、次は翼が神妙な面持ちで僕の前にやってきた。

有原「監督」
監督「翼? 何?」
有原「あのね監督、私、監督に伝えたい事があるの」
監督「えっ…」
有原「あの日、私に野球を辞めた事をちゃんと伝えてくれてありがとう。言いにくい事だったろうに、全部言ってくれてありがとう」
監督「翼…」
有原「あの時は正直ショックだったけど、でも監督のおかげで、私も夢を思い出したんだよ。そうしてここまで来れた。監督がいなかったら私、こんなに充実した高校生活送れなかった」
監督「翼…」
有原「ともっちや夕姫ちゃんや和香ちゃんだけじゃない、東雲さんや亜矢ちゃんや小麦ちゃんや咲ちゃん達や柚ちゃん達やももちゃん達…。レナちゃんや凪沙ちゃん、大咲さんや鬼塚さんや神宮寺さんに高坂さん、草刈レナさんに、他にもたくさん、同じ志を持って野球に向き合う人達に出会えたのは、監督のおかげだよ」
監督「そんな、僕は翼の情熱に引っ張られただけで…」
有原「ううん、そんな事ない。だから、ありがとね」
監督「翼…、うん、僕もありがとう。翼のおかげで僕も、また野球をやりたいって気持ちになれたし、ここまで来れた。だから僕がここまで来れたのも、翼のおかげだよ」

 僕と翼は、向かい合いながらフフッと笑い合う。

有原「あの日から3年…。すごく長かったような気もするし、短かったような気もするけど、駆け抜けたよね、私達」
監督「ああ、駆け抜けたよ。一生忘れられないこの日々を」
有原「監督、これからもずっと、私達の監督でいてくれるかな?」
監督「ああ、もちろんだよ」
有原「約束だよ? これからもずっと、ずーっと野球しようね!」
監督「ああ!」

 僕と翼は、固く握手を交わす。
これからもずっと、いっしょに野球する事を誓って。

河北「あっ! 皆二次会に移動してるって!」
野崎「翼さん、監督さん、行きましょう!」
鈴木「早くしないと遅れるわよ」
有原「うん! それじゃあ二次会にレッツゴー!」


 そして僕らは、3年間を過ごした校舎を後にする。
この場所にはもう戻れない。過ぎ去った時間は戻らない。
でも僕らはきっと、これからもこの日々を思い出す。
そしていつかまた必ず、会える日が来ると信じている。


有原「みんなー! 行っくよー!」
みんな「おおー!」


 女子野球部全員の声が元気にこだまする。
この声に何度励まされてきた事だろう。
僕らはきっと大丈夫。
ありがとう、皆。
ありがとう、駆け抜けたこの日々よ。
ありがとう、僕らのシンデレラ達。

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