秋田県の民俗伝承:アカエ様【怖い話・リライト】
あらすじ
秋田県のとある海沿いの町で、少年たちは遊び場の海岸で「かくれんぼ」を楽しんでいた。町の大人たちは子どもたちに「海辺ではかくれんぼをするな」と言っていたが、少年たちはそれを無視。やがて、大柄でガキ大将的存在だった留子が見つからなくなり、仲間たちが探していると、岩場の陰で和服姿の不気味な老人に付き添われた留子を発見する。老人は彼女に鉄串を刺し、体から不気味な液体を袋に集めていた。あまりに異様な光景に少年は動けなくなり、大人が現れた隙にその老人と串の跡が跡形もなく消えてしまった。
その後、無事目を覚ました留子だったが、次第に痩せ細り、皮膚も干からびてしまい、ついには姿を消してしまう。やがて町には豊漁が訪れ、町の大人たちは留子の死を悲しむどころか歓喜に沸いていた。子供たちは、大人たちの笑顔の裏に潜む得体の知れない恐怖と、不気味な海の呪いを感じ取るのであった…。
秋田の海沿いの町で育った俺の話なんだけど、かれこれ三十年以上も前になる。当時、俺らは海岸近くで遊ぶのが日課だった。潮干狩りしたり、釣り人に絡んで小遣い稼ぎしたりと、何も考えずに遊びまくってたよ。でも、「海でかくれんぼはするな」って大人に言われてた。小さな町の迷信かと思ってたけど、今思うとそれには訳があったんだろうな…。
でも、子供なんて言われりゃやりたくなるもんだ。ある日、俺と貫太、篤治郎、そしてちょっとしたガキ大将だった留子で、こっそり海辺でかくれんぼすることにした。誰もいないのを確認してスタート。大きな岩やくぼみが多くて隠れるのにはもってこいだったから、夢中で遊んだ。
しかし、時間がたっても留子が見つからない。貫太が鬼だったけど、とうとう全員で留子を探し始めることにした。でも、見つからない。さすがに心配になってきた俺たちは手分けして探し回ったんだ。
ようやく留子を見つけた時、俺は凍りついた。岩場の陰に座り込んでる留子の横に、見たこともない爺さんが立っていたんだ。立派な和服姿で、髪も肌も異様に白かった。湿った岩場なのに、爺さんはまったく濡れてないのが不気味だった。
その爺さんは、なぜか留子に向かって何か話しかけている。でも、あの普段騒がしい留子が、まるで人形みたいに無表情でじっとしている。爺さんは懐から鉄の串みたいなものを取り出すと、それを留子の体にぐさりと刺し始めた。信じられなかったが、留子の口や手足からは血が流れるどころか、ただ、白っぽいドロドロとした液体が串を伝って流れ出していくんだ。
やがて、その液体は爺さんが取り付けた袋の中に溜まり、留子の体は見る間に干からびていった。俺はその光景に声も出ず、固まっていた。
「おい、なにしとるんや!!」って後ろから怒鳴る声がして、振り返ると貫太の父ちゃんがこっちに駆け寄ってきた。その隙に爺さんと干からびた留子は消えていて、俺が駆け寄った場所にはただ太った留子が倒れていただけだったんだ。
その日の夕方には、留子は目を覚ました。でも数日後から、留子の体が目に見えて痩せ細り始め、とうとう俺らの前から姿を消したんだ。留子の家に見舞いに行った時、そこにいたのは、皮膚が干からびてしわだらけの痩せた留子だった。俺は、あの時の干物のような姿を見て、確信したよ。
母にその時の爺さんと串の話をすると、母は無言で誰かに電話をかけた。翌日、学校に知らない男が来て、校長室で俺に話を聞いてきたんだ。そいつは、古い絵を見せながら「あの爺さんはこの服装じゃなかったか?」って聞いてきた。その絵には、きれいな和服姿の男が描かれていて、俺が頷くとその男は校長に「どうやらアカエ様ではなさそうです」と言った。
その後も校長と男は、今年は豊漁になるだろうとか、漁協から見舞金が出るとか話していた。俺は何か気味が悪くて、部屋をそっと出た。
その年の秋、俺の町では異常なほどの豊漁だった。漁港には毎日新鮮な魚が山のように水揚げされ、町の景気も一気に良くなった。でも、他の港では普通の漁獲量だったらしい。
大人たちはその豊漁を喜び、みんなで祝った。でも、その影には俺たちだけが知る、あの爺さんと留子の姿があるような気がしてならない。
後日談
留子が亡くなってから数年が経った。秋田のその町では「豊漁の年」として語り草になるほどの大漁が続き、町の人々も以前に増して活気を取り戻していた。少年だった俺たちも成長し、当時の奇妙な出来事も「見間違い」だったのかと半ば無理やり納得しようとしていた。
ある日、久しぶりに地元に帰省した俺は、貫太と再会することになった。今では少し離れた町で漁師をしている貫太だが、やつれた表情を見せ、「おまえ、あの時のこと覚えてるか?」と急に聞いてきた。俺があいまいに頷くと、貫太は周りを気にしながら、低い声でこう告げた。
「今年、俺の漁船の網に子供のものと思われる小さな骨が引っかかったんだよ…」
貫太はそれがどうしても留子のことと結びついてしまい、眠れぬ日々を送っているという。その話を聞いてから、俺も忘れかけていたあの日の老人の姿が頭に蘇ってしまった。しかも、貫太はその骨を見た夜、夢の中であの和服の老人に「また来る」と低く囁かれたというのだ。
その夜、町の古い漁師から恐ろしい話を聞かされた。昔、この町では豊漁を祈るために「カゲカクレ」という儀式があり、海に近い岩場で見えない神に捧げる供物として、子供が犠牲にされることがあったという。和服の老人はその儀式の際に現れる「アカエ様」とも「カゲカクレの神」とも呼ばれ、犠牲があった年には必ず豊漁が訪れるのだそうだ。
留子が亡くなった年を境に、俺たちの町は確かに豊漁が続いていた。そして今年、町は再び漁獲量の減少に悩まされているという。俺と貫太はその話を聞いて以来、次の「カゲカクレ」が行われるのではないかという不安にさいなまれるようになった。過去に囚われたように思えるその町には、いつまでも何か得体の知れない不吉な影が潜んでいるのかもしれない。
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