沈む寺【#毎週ショートショートnote】
これは、観光好きな友人から聞いた奇妙な話である。
ある山間の村に「沈む寺」という名の寺がある。
毎年、ほんの少しずつ地面に沈み込み、やがて完全に消え失せると噂される古寺だ。
その寺が沈むことには深い意味があると村の老人たちは信じている。
「寺が地に沈むごとに、この地に刻まれた忌まわしい記憶や業が浄化される」と。
その噂を耳にしたある都会の男が、村を訪れて寺へと足を運んだ。年季の入った石畳を歩き、寺の中をじっくりと見回していると、いつの間にか痩せこけた住職が隣に立っていた。
その住職は、この寺が沈む理由を語ってくれたという。
「実はのぅ、ここの地盤が柔らかくて、地下に湧き水が流れておるんじゃ。それで、数十年かけて少しずつ沈んどるわけじゃな」
「では、いつか完全に沈むんですね?」
住職はにやりと笑みを浮かべ、静かに答えた。
「実は五十年ほど前に一度沈み切ったんじゃ。村中、大騒ぎになってのう」
「じゃ、今目の前にあるこの寺は?」
「もちろん、沈んだ寺の上に、新たに建てたものじゃ。」
「観光客には沈む寺とでも言うておけば良いんじゃが、本当の話を知る者は少ない。地下には、昔の住職や村人が地中に閉じ込められたまま眠っておるのじゃよ。この寺が完全に沈むと、また次の寺が重ねられる。そして、それを繰り返すうちに、今は五層目というわけじゃ」
その瞬間、寺の床下から微かに、木々を打ちつける鈍い音が聞こえた気がした。住職は口元を歪ませ、ぼそりとつぶやいた。
「そろそろ、次の寺を建てる頃合いかもしれんのぅ」
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