見出し画像

因果律に関する認知バイアス【セイスケくんのエッセイ】


因果関係における認知バイアスの体系的検討

因果推論は科学的・哲学的思考の基礎であり、人間が外界の複雑な事象を理解しようとする際の知的ツールである。しかし、過去数世紀にわたる研究は、人間が容易に認知バイアスに陥り、誤った因果関係を認識してしまう傾向を明らかにしてきた。以下では、主要な因果バイアスを体系的に取り上げ、その発生メカニズムと事例を学術的視点から検討する。


1. 相関関係と因果関係の混同

統計学的相関は必ずしも因果関係を示唆しないという原則は、ピアソン相関係数が導入された19世紀末から強調されてきた。しかし、この理解は直感に反するため、現実社会では頻繁に誤謬が生じる。例えば、夏季におけるアイスクリーム売上の増加と水難事故の増加という相関関係を「アイスクリームが水難事故を誘発する」と解釈することは非合理である。実際には両者は共通の外部要因である"気温の上昇"に依存している。このような誤謬を避けるためには、潜在的交絡因子の統制が必要であり、条件付き確率や統計的因果推論の枠組み(例:パールの因果モデル)が不可欠となる。


2. 交絡因子の無視

因果推論において交絡因子(confounding variable)は、2つの変数間に擬似的な相関を生み出す第三の要因である。たとえば、喫煙者はライターを所持する傾向があり、同時に肺がん発症リスクが高い。ここで「ライターの所持が肺がんの原因である」と誤認するのは、交絡因子である喫煙行動を無視している典型例である。交絡因子の制御には、傾向スコアマッチングや多変量回帰分析、RCT(ランダム化比較試験)といった手法が有効である。


3. 逆の因果関係(因果の逆転)

因果関係における方向性の誤認は、時間的順序が不明瞭な場合に発生しやすい。例えば、「運動する人は健康である」という観察から「健康だから運動する」と逆転して解釈することは誤りであり、真の因果関係は「運動が健康を促進する」である可能性が高い。このバイアスを克服するには、縦断的データ(longitudinal data)の分析や、時間遅延効果を考慮した統計モデル(例:時間依存性Cox比例ハザードモデル)が有用である。


4. 事後判断バイアス(Post Hoc Fallacy)

「Aの後にBが起こった」という時間的順序が、AがBの原因であると結論づける誤謬である。このバイアスは特に医療分野で顕著であり、「薬を服用した後に症状が改善したから薬が効いた」といった判断が典型的である。しかし、自然治癒やプラセボ効果が結果に寄与している可能性も排除できない。因果効果を正確に推定するには、統計的反事実モデル(counterfactual framework)やRCTの実施が必要とされる。


5. サバイバーシップバイアス

観察対象が生存・成功事例に偏ることで、全体像を誤認するバイアスである。第二次世界大戦において、帰還した戦闘機の損傷部分だけを観察し補強する戦略が考案されたが、エイブラハム・ウォールドは「帰還しなかった機体の損傷箇所こそが重要」と指摘した。サバイバーシップバイアスはビジネスや教育分野でも顕在化し、成功事例のみに基づいた戦略が再現性に欠ける原因となる。失敗事例を含めた包括的データ解析が必要である。


6. 単一原因の誤謬(Reductionism)

複雑な現象を単一の要因で説明しようとする単純化の誤謬である。例えば、経済不況を「政府の政策」と単一要因に帰結する議論は、社会経済システムの複雑性を無視している。因果推論の精度を向上させるには、システムダイナミクスや多因子モデル(例:ベイズネットワーク)の導入が求められる。


7. 確証バイアス

自身の仮説や信念を支持する情報のみを選択的に重視し、反証データを無視する傾向である。例えば、特定のダイエット法が効果的だと信じる個人が成功事例のみを収集し、失敗事例や無作為抽出データを軽視するケースが挙げられる。科学的手法においては、仮説検証には必ず反証可能性(falsifiability)と再現性(replicability)が担保されなければならない。


8. 擬似相関(Spurious Correlation)

統計的に有意な相関関係が、因果関係を示唆しないケースである。例えば、地震の発生とインターネット検索量の増加が偶然相関している場合、その背景要因を無視すると誤解が生じる。統計的有意性だけでなく、理論的妥当性(theoretical plausibility)や実証的エビデンスを基に相関関係を評価する必要がある。


9. 時間的遅延(Time Lag)の無視

因果効果が時間的遅延を伴う場合、その時間差を考慮せず因果推論を行う誤謬である。例えば、喫煙と肺がんの関係は数十年の潜伏期間を伴うため、短期的観察では因果関係が不明瞭となる。時間遅延を考慮した統計手法(例:時系列解析や遅延効果モデル)が因果推論の精度を高める。


10. 選択バイアス

サンプルの選択が非無作為的である場合に発生するバイアスである。例えば、臨床試験において健康な被験者のみが対象となった場合、その結果を一般集団に外挿することは不適切である。因果推論における選択バイアスの統制には、無作為化や重み付け法(例:IPW: Inverse Probability Weighting)が適用される。


結論

人間の認知は直感的因果推論に優れる一方で、バイアスによる誤謬も避けられない。精確な因果関係を理解するためには、統計的手法や反証的思考を駆使し、外部要因の影響を包括的に考慮する姿勢が不可欠である。

セイスケくんのエッセイ一覧

#セイスケくんのエッセイ #エッセイ #コラム


いいなと思ったら応援しよう!