茶店の殿【毎週ショート・ショートnote】
ある村の古びた茶屋で、夜も更けた頃のこと。旅の商人が一人、休んでいると、茶屋の女将がぽつりと語り出した。
「ここには昔、お殿様がよく来られました。でも、おかしなことがありましてね……」
そのお殿様は、いつも無口で、ただ一杯の茶を頼むだけだったという。最初は珍しいことではなかったが、毎回、必ず夜遅くに現れ、決して顔を明かすことがなかった。
不思議に思った女将がある日、思い切って「どちらのお殿様ですか?」と尋ねると、お殿様は静かに茶碗を置き、ふと笑った。
「余は……すでに死んだはずだ。」
驚いて、目を凝らした女将は、目の前に座っているはずのお殿様が薄く消えかけていることに気づいた。その夜、茶碗は冷たく空のまま残されたままだった。お殿様が最後に座っていた席も、ふっと闇に溶けて消えたという。
それ以来、夜遅くになると、女将は毎晩こう尋ねる習慣がついた。
「この中にお殿様はいらっしゃいますか」
すると、どこからともなく、風の音に混じって、微かな返事が返ってくる。
「ここに……おる。」
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