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接吻代行【#毎週ショートショートnote】
接吻代行業「キス・アシスト」
「恋人代行」「レンタル家族」……この世には、さまざまな人間関係を演出するサービスがある。だが、それらの先を行く業態が現れた。その名も「キス・アシスト」
利用者は、専属のスタッフと「キス」だけをする。擬似恋愛でもなく、肉体関係もない。あくまで、キスという行為そのものを提供するのだ。
最初は奇抜なサービスとして話題になったが、やがて常連客が増えた。利用者はさまざまだ。ある男は「恋愛経験がなく、練習したい」と言い、ある女は「愛を感じる感覚を取り戻したい」と言った。しかし、皆どこか後ろめたい様子だった。
やがて、ある噂が流れ始めた。「キス・アシストの利用者は、なぜか皆、同じ夢を見るようになる」と。
スタッフたちは不審に思い、社内で調査を始めた。録画記録、顧客情報、キスの回数、時間……。不思議なことに、データを見返すと、ほぼ全員がキスの瞬間、うっすら目を閉じ、微笑んでいる。そして、その後、数日経つと必ず再び予約を入れるのだった。
「……これは、何かがおかしい」
あるベテランスタッフが、常連客のひとりにこっそり尋ねた。
「なぜ、何度もここに来るのですか?」
すると、その男はおびえた表情で、ぽつりと答えた。
「キスした瞬間……一瞬だけ、違う人生が見えるんです」
「違う人生?」
「ええ。まるで自分が別の世界で生きているような……本当に愛し合った恋人、幸せな家庭、成功した人生……。でも、目を開けると消えてしまう。だから、また味わいたくて来るんです」
驚いたスタッフは、他の常連客にも同じ質問をしてみた。すると、誰もが同じ答えを口にした。
「キスの瞬間だけ、本当の自分になれる気がするんです……」
その言葉を聞いたスタッフは、ある仮説を立てた。このサービスは、単なる接触ではなく、別の可能性に触れさせる何かを引き出しているのではないか?
それを証明するため、スタッフ自身がサービスを利用してみることにした。そして、キスの瞬間——。
彼は見た。自分がこの会社を経営する未来を。
慌てて目を開けると、目の前にはいつもの職場。しかし、彼はもう知ってしまった。——自分は、本当はこの場所の経営者だったはずなのだ。
その日を境に、「キス・アシスト」のスタッフは次々と辞めていった。いや、「辞めざるを得なかった」のかもしれない。
——この場所にいる限り、自分の本当の人生が見えてしまうのだから。
そして今も、新たな利用者が訪れる。
彼らは気づかない。ただの接吻代行のつもりが、自分の失われた人生を覗き見てしまうことになるなどと……。