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節分胎教【#毎週ショートショートnote】
産婦人科の助産師をしている友人から聞いた話。
彼女の勤める病院には、奇妙な噂がある。節分の夜、妊婦が豆まきをすると、まるで胎児がそれに反応するかのように激しく動くのだという。実際にその現象を体験した妊婦は少なくなく、「お腹の中で赤ちゃんが跳ねるようだった」「突然ぐるんと回転したみたいに感じた」といった声が寄せられていた。
ある年の節分の夜、臨月を迎えた妊婦が入院していた。彼女は「厄払いも兼ねて、病室で豆まきをしたい」と希望し、看護師たちが見守る中、小さな声で「鬼は外、福は内」と唱えながら豆をまいた。すると、すぐにお腹が異様に波打った。まるで赤ん坊が暴れているかのように……いや、違う、何かが内側から押し返しているように見えた。
「痛くないですか?」
助産師が駆け寄ると、妊婦は青ざめた顔で首を横に振った。「痛くはないんですけど……赤ちゃんが、なんだか、違う……」
次の瞬間、彼女の腹が異常なほど盛り上がり、何かがぐいっと皮膚を押し広げるように動いた。その形は、どう見ても「手」だった。五本の指がくっきりと浮かび上がる。そして、それは明らかに胎児のものではなく、大人の手ほどの大きさがあった。
「……鬼?」
誰かが震える声で呟いた瞬間、妊婦の口から低いうなり声が漏れた。彼女自身の声ではない、どこか湿った男の声。「ウチ……カエリタイ……」
豆まきを止めた途端、異常な動きはぴたりと止んだ。妊婦はそのまま意識を失い、翌日、無事に出産した。だが、生まれた子どもの手には、何故か赤黒い跡がくっきりと残っていたという。
助産師はそれを「へその緒の圧迫痕」と説明したが、病院の古い看護師は小さく首を振った。「あれはね……この土地に昔いた鬼の名残なんだよ。節分の豆まきが胎内の鬼まで追い出しちまうんだ」
「じゃあ、もし豆まきをしなかったら……?」と尋ねると、古い看護師は黙って、ただ遠い目をしていた。