見出し画像

お伊勢さんで逢いませう【ショートショート】

江戸時代、長距離恋愛なんてものがどれほど切なく、そしてもどかしかったか。そんな時代に、飛脚仲介で結ばれた恋の話。

ある年、伊勢神宮で出会った岩手の男、喜助と、鹿児島から来た女、お稲。二人はたちまち惹かれ合い、それぞれの土地に戻ったあとも文通を続けるようになりました。けれども、岩手と鹿児島は遠い。二人の想いを繋ぐのは、ひとりの飛脚でした。

「新しい心尽くしとして、長距離恋愛のお手伝いも請け負っておりまして…」

飛脚は最初そう言って、自信満々に仕事を引き受けたものの、だんだんと二人の激しい想いが彼の負担になり始めました。最初は月に一度だった手紙も、二人の情熱が高まるにつれて週一回、さらには三日に一度と増えていきます。

「喜助殿、お稲様からの文じゃ!」

飛脚が手紙を届けるたび、喜助は飛びつくようにそれを受け取り、返事を書き始めました。その後も「どうしてもすぐに返事を届けてくれ」と念を押されるのです。

一方、お稲も毎度同じように飛脚を待っては、すぐさま手紙を書き始め、再び飛脚を送り出します。

日々が手紙の往復に費やされ、飛脚はついに悲鳴をあげるようになりました。

「もう、これではわたしの体が持ちません…」

ある日、とうとう飛脚は考えました。どうすれば楽に済むのかと。

「そうじゃ…一度、二人を直接会わせてしまえばよい!」

そう決心した飛脚は、まずお稲にこう伝えました。

「喜助殿がどうしても会いたいと、今すぐに伊勢で待っている、と」

そして、喜助にはこう言いました。

「お稲様が急に伊勢に参られるそうです、どうしても会いたいと」

こうして、二人は飛脚の言葉を信じ、それぞれ伊勢へ向かいました。しかし、約束の場所に着いてもお互いの姿はありません。まるで相手がそこにいるかのような気配を感じるのですが、どこにも見当たりません。伊勢の神殿の静寂の中で、二人は永遠に出会うことのない幽霊となってさまよっている、という噂が広まりました。

そして、伊勢参りをする人々はいつしかこう囁くようになりました。

「会いたいなら、あの二人のように永遠に待ち続ける覚悟をしなさいよ」と。


#セイスケくんのショートショート #セイスケくんのエッセイ #掌編小説 #短編小説 #エッセイ #ショートショート #小説 #感想文  #毎週ショートショートnote #

いいなと思ったら応援しよう!