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『もう一度旅に出る前に』03 旅の作戦会議 文・写真 仁科勝介(かつお)

6月、快晴の大阪。撮影が終わり、新幹線で東京に戻る。その日は食事に誘ってもらっていて、Kさんの自宅へ伺った。Kさんは、ぼくの市町村一周旅を最初からWebサイトで見てくれていたデザイナーさんだ。穏やかな旦那さんとおめめの大きな息子さんが出迎えてくれた。Kさんの知り合いも二人いて、初めましての挨拶をする。丸テーブルを囲んだ和やかな時間が流れた。

終わりの方で、ぼくの来年の旅の話になった。175の政令指定都市の区を全て巡りたいこと。平成の大合併前のまちとして、未訪問である2000弱の旧を含む市町村を巡り直したいこと。訪れるまちの数はおそらく2000と少し、現在の1741市町村よりも300から400ほど多くなるだろう。300から400というのは大して変わらない数字だが、いまの北海道の市町村数は179だから、北海道全周を2回分追加でやるぐらいの話になる。といったことを、誇示するわけでもなく、淡々と話した。

だが、同席していたOさんが、それならばとぼくの方を見た。Oさんは記者の仕事をしていて、ハートの熱さと豊富な知識量、的確な分析力を兼ね備えた男性だった。

「かつおくんさ、もっと自分の色を出してもいいんじゃない?」

ぼくを見たOさんは迷わずに言った。

「謙虚なんだけど、思いはあるよね? 全ての旧市町村を巡るのはいいけれど、話の幹を一本つくりなよ」

今度はKさんの旦那さんが、Oさんを諭す。

「かつおくんの年代はさ、自分の意見はこうだ、って言いにくい世代なんだよ。だから何かに挑戦するときも、当たり障りのなさが必要なのさ」

そして、Kさんが言った。

「もっと上手く発信してほしいなあ。一人でしんどそうに旅をやらないで。もったいないから」

どうやらこの人たちには、心がまるで見透かされていると思った。全て図星である。全市町村を巡ることは、裏を返せば、どのまちも取りこぼしてはいけない、と思っていた。未訪問のまちがあれば、ずいぶん叩かれるだろうと。それは謙虚とも言えたし、対策とも言えたし、ある種の逃げでもあった。だから、前回の旅では特定の場所に長期滞在しなかった。旅先では訪れたまちが好きになって定住した人や、ゲストハウスの居心地が良くて何泊もしている旅人とよく出会った。だが、自分がそれをしなかったのは、根底に「できるだけ平等に」という気持ちがあったからだ。

しかし、Oさんはそのことを「謙虚すぎる」と言った。いや、言ってもらった、が正しいかもしれない。来年の旅の目標は変わらないが、旅をシンプルにさせることにどこまでの意味があるのだろう、と思っていた。だから、差があってもいいという視点は、旅の作戦会議として、ずいぶん気持ちが楽になった。

「特定の地域を取材することで、他の人のためになることは、いっぱいありますから」

また、Kさんもぼくの心を見透かしていた。

「発信をして、仲間をつくって、自分ができることを広げてほしいなあ」

それは、ぼくがいちばんやりたいことかもしれない。やっぱり、仲間がいるといいなあと思う。一人旅に変わりはないだろうけれど、一人では、できることが限られている。「旅仲間」が欲しいのではない。伝えること、届けることを大切に思っている人たちと出会えたら、いいなあと思う。自分はまだまだ伝えることも、届けることも拙いけれど、そのことを考え続けることを、続けたい。日本はとても好きだけれど、それでも、今の日本の全てが、好きなわけではない。そのことと向き合いたい。だから、ぼくは次の旅を、可能な限り「自分をひらいて」やりたい。ひらいた上で、素敵な人に出会えたらいいな。そのためには当たり障りのない、謙虚さみたいなものとおさらばして。

自分はただ旅をしたいのか、旅を通して、何かを見つけ出したいのか、何かを伝えたいのか。それを、今ここで決めつけることはできない。旅を始めてからも、考え方は変わってゆく。というより、最後までどちらか一方に振り切れることはないだろう。しかし、旅をより良い形でできるかどうかは、自分次第である。そのことを、今日過ごした場で言われた気がした。旅の作戦会議が現在進行形のまま、始まった。

終電で家に帰り、浴槽に湯を張った。電気を消したまま、体操座りで湯船に浸かる。疲れもあって口から息を吐く。「宿題が増えたな‥‥」と、今日貰ったいくつかの言葉が脳裏をよぎった。


(新幹線の車窓、伊吹山)




仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com

Twitter/Instagram @katsuo247


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