『旧市町村日誌』23 秋田県の旅も最後 文・写真 仁科勝介(かつお)
9/23(土)快晴
視点を少し変えて、カブで走っている時間を「旅」だと思うのではなくて、日記を書いている今もそうだし、一日を通した自分自身の中に「旅」はある気がする。自分がどういう旅をしたいのか、24時間の集積だ。
それにしても、天気に恵まれて美しい景色だった。カブで走っていると、風を浴びるし視界も広くて、車よりも景色をじかに感じられる。何気ない日常の中、普通の生活の中に、美しい景色が溶け込んでいることが、どれだけ素晴らしいか。
9/24(日)晴れ
今日で日本全体の行程の1/4が終わった。25%だ。あと“75%しかない”でも、“75%もある”でもない。数字は形式上表れるだけであって、結局は目の前のまちをひとつひとつ訪れる、それしかできない。
あと数日で、一週間ほど時間が空くことになる。そのときまでの時間も、旅をストップさせている期間も、旅を再開させてからも、良い時間を過ごせるように。いつも対峙する相手は、自分。
9/25(月)曇り
横手市の「かまくら館」で、実際に手づくりされた本物のかまくらに入ることができた。その空間は重厚な扉2枚で閉じられ、マイナス10度が保たれている。夏服で入ったが、寒いったらありゃしない。マイナス10度って、相当に着込まないと耐えられないものだなあと思ったし、靴も靴下も冬用を用意する必要があるなあと。
秋田に来て、道の駅で2回、居酒屋で1回、稲庭うどんを食べた。ちょっと食べ過ぎているとも思うが、メニューに稲庭うどんがあったら、選びたくなるでしょう?
その稲庭うどんの聖地である稲庭町の佐藤養助総本店で、稲庭うどんをいただいた。稲庭町にはほかにも有名なうどん屋さんがあるけれど、ここは素直に王道で。
もう、届いたときに一目見てわかる麺のツヤから、王者の風格が伝わってくる。そして音もせずスッと滑らかに箸が入り、持ち上げると細い麺は白糸の滝のようだ。つゆにつけて、ひと思いに。ああ、なんだこの喉越しは! 細麺なのに強いコシが全身に伝播していく。稲庭うどんの山頂はここか。
9/26(火)晴れのち雨
横手市から由利本荘市へ向かう。いよいよラストスパートが迫ってきた。由利本荘市も広いなあ。旧本荘市の本荘公園に着く頃には、本降りになった。合羽なので気にせず歩いていたが、東屋を見つけたので休憩することに。靴を脱ぎベンチに仰向けになると、眠気に襲われて30分ほど仮眠した。仰向けに寝転んだとき、雨の音だけが聞こえた。葉に当たって弾ける音。この音がもし変な音だったら、風情を感じないのかもしれない。パラパラ……パチパチ……。
ローカルな安い旅館に泊まる。一泊素泊まり3200円。簡易的な布団、6畳一間ほどでも、ネットカフェよりよっぽどいい。本荘公園で仮眠したときから、疲れが溜まっていると感じていたので、19時には寝ることにした。
9/27(水)雨のち晴れ
3時に起きてブログを更新する。19時に寝たら8時間睡眠なので、基本的な睡眠量はとっている。ただ、外からはずっと雨の音。やがて空が明るくなってからも、雨は降り続いた。
9時半にようやく雨が止んで出発。明日も雨予報なので、流石に今日は曇り空だと思っていたが、徐々に晴れてきた。今日が秋田県最後の旅なので、とても嬉しい。
鳥海山が織りなす自然にも出会えた。ただ、最後に旧象潟町で訪れた「奈曽の滝」と「元滝伏流水」は、日没が迫っていて恐怖との戦いであった。森はひらけた屋外よりも暗くなりやすい。どんどん薄暗くなっていく森の中を歩くことほど、怖いことはなかった。ひとつ道を間違えたら迷子になって、真っ暗になるだろう。最後の最後、17時45分に元滝伏流水の駐車場に戻ってきたとき、ほんとうにホッとした。それから広い道に出て、18時には空全体が真っ暗になった。もしあと15分遅かったら……。
9/28(木)山形は雨、東京は晴れ
酒田では、隠岐諸島で知り合った後輩のおうちに泊めさせてもらった。会うのは3年半ぶりだ。彼は土地に根付いた仕事に就いて、地域の子どもたちから年配の方々まで、幅広く繋がり合っている。仕事、気候、土地、暮らし、いろいろな話を聞いた。
酒田市から東京へ移動する。特急いなほ号で新潟へ行き、上越新幹線で東京へ。雨が降り続く日本海側から、三国山脈のトンネルを抜けて、群馬県の上毛高原に入った途端、雲ひとつない青空が澄み渡った。あまりの違いに唖然としてしまう。冬になればなるほど、この気候の差もより顕著になるのだろう。東京駅に降りた瞬間は、暑すぎて違う国に降り立ったようだった。
9/29(金)晴れ
東京で写真に関する場所をいくつか訪れる。旅を続けていたら行けない場所に、このタイミングで行けることは、とても意味のあることだ。
それからは大きなカバンと手提げを3つ持って、西日本へ移動する。新幹線を降りるとき、ガラケーを車内に置いてきてしまったことに気づいた。しまったなあ。それに、さっきよりも荷物が軽く感じられると気になっていたが、800ページある重たい本も無くなっていた。頑張って半分読んだところなのに。忘れ物センターで受付を済ませて、結果は明日に。
仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。
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