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『もう一度旅に出る前に』10 岐阜の残像 文・写真 仁科勝介(かつお)

岐阜の残像が、濃い。

先週末に岐阜市を訪れた。柳ヶ瀬という商店街で開かれた夏祭りに参加するためだった。明確な役割はなくて、ひとまずは岐阜に行って、やれることがあれば、とふわふわしたまま岐阜に着いた。それからはあっという間だった。

夏祭りの運営は地元の方々に加えて、『逆光』という映画のチームが関わっていた。伺った理由もそれだ。『逆光』の説明を簡潔にする。『逆光』は自主制作映画。脚本は渡辺あやさんで、音楽は大友良英さん。舞台は1970年代の尾道。監督で主演の須藤蓮くんはぼくと同じ年齢だ。省略して蓮くんと呼ぶ。昨年までは面識もなかった。ほかにも同級生の写真家・石間秀耶くんや、出演した俳優さん、若い人たちが多く関わっていて、もちろん年上の大人の方々も映画を支えていて、とにかく出会っていくと、映画を取り巻く人々のエネルギーが輝いていた。

『逆光』は去年7月に尾道で公開を始めて、広島市内、京都や東京、福岡や名古屋で上映を続けて、ほぼクライマックスのタイミングで岐阜にやって来た。そして、柳ヶ瀬商店街で映画の宣伝活動をしながら、夏祭り全体の企画を担ったわけだ。すごかったよ、2日間。蓮くんにも、携わるメンバーやボランティアさんにも、心をぎゅっと鷲掴みにされた。高校生から大人の方まで年齢を問わず、家族みたいな関係性でお祭りを支え合っていた。


ふたつ、印象深かったことを。

ひとつは、脚本家の渡辺あやさんと、昭和歌謡ショーのリハーサルでお話したとき。あやさんが「身近な人たちにヒーローになって欲しい」ということを仰った。昭和歌謡ショーはお祭りの目玉プログラムで、柳ヶ瀬という場の雰囲気を活かして、劇場で昭和の完全再現を目指したショーだった。出演する人たちは、オーディションなどをくぐり抜けた東海地方中心の方々。あやさんはかつて脚本を務めた朝ドラの『カーネーション』において、岸和田のだんじりがテーマなのだが、身近なところにヒーローが現れるのだと仰った。そして、その姿がすごくキラキラしていてかっこいいと。そのキラキラこそ、ここで生まれるといいな、と。なるほどなあと頷いていたわけだけど、その場が、まさに目の前にあった。本番は音楽家・岩崎太整さんのプロデュースで、圧巻だった。最初から最後まで盛り上がった。1日限りの特別な昭和の世界があった。

何より、大円団で、そのあと開かれたサイン会に、ぼくは強く感動した。大円団で終わって、それでも十分なはずだけれど、サイン会があることで、出演した方々が、正真正銘のヒーローになったのだ。ショーに感動したお客さんたちが自然と集まって、グッズを買い、出演した方々にサインを求める。一緒に写真を撮る。出演者した方々は子どもから大人まで、みんなニコニコと嬉しそうに応じて、話をして、サインを書いている。目の前で起きていることは、実にすごいことだ、素晴らしいことだと思った。あやさんの仰っていた世界を見た気がした。あのサイン会の熱気には、いろいろなヒントが詰まっていたように思う。

もうひとつは、蓮くんが「成長は自分が自分に還っていくことだ」と最近どこかで言っていたことだ。成長するということは、自分以外の何者かになるのではなくて、本来の自分に戻っていくことだ、と実感するようになったと。経営学者の野中郁次郎先生は、ほぼ日の學校で「原点の本質は全身全霊の直接経験にある」と仰っていた。何をするにあたっても、身体抜きに意味は出てこないと。蓮くんは言葉や理論ではなくて、誰よりも生身の体で行動していた。そうして全力で実感を重ねて、最後に生まれた言葉が「自分が自分に還っていくこと」であることが、心からすごいなあと思ったのだ。そうだよなあ、人は。自分が自分に還った生き方をするべきだ。


ちなみに、ぼくが蓮くんを知ったのは、広島蔦屋書店のキックオフイベントだ。去年の7月、まだ映画の上映前になる。たった1年前なのか、と今は思う。広島蔦屋書店の方から「是非イベントを観てほしい」と連絡がきて、東京のアパートからひとりで視聴したのだった。東京育ちの俳優で、顔立ちもいいし、ぼくには縁のない人間なのかなと思っていた。ただ、イベントを観ている中で、蓮くんがかつて出演していたNHKの京都発ドラマ『ワンダーウォール』の話になって、そこで『六曜社』という京都の喫茶店の名前が出て、驚いた。撮影で知り合ったらしい。『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』という本を友人に教わって読了したばかりだった。登場する奥野一家のヒストリーに惹かれていた。ぼくはそのことに縁を感じて蓮くんに会いたくなった。

蓮くんは去年の7月、初めて会ったときに「必ず追いつくから」と言った。ように思う。追いつくってなんだ。まるでぼくが先みたいじゃないか。ぼくは当時、自分がどこをどのように走っているのかよく分かっていなかった。自分の立っている場所を分かろうともしていなかった。分かろうともしていなかったのは、多少自信がなかったからだ。上手く立ち回って、運がいいような話があれば、流れるままに受け止めて、なんとかなるんじゃないかと思っていた。実際にはなんとかなる、のかもしれない。でも、そうしていたら、それまでだ。今はそれではいけないと思っている。そのための上京生活だと思っている。ただ、ぼくがそうして過ごしている間に、蓮くんはずいぶんと遠くへ行った。だから、蓮くんに追いつきたいと今になって考えることは、つくづく幸せなことでもある。追いつくということも、ほんとうは違っていて、自分自身に還るということだ。

つくづく、蓮くんと出会っていなかったら、ぼくはこの先迷っただろうな。頭の中でいくら理解していても、行動しようと思ったときに、腹の底から全身全霊で物事に向き合えたかどうか分からない。蓮くんを知れたおかげで、ぼくはぼくをいつでも解放できる。それを自分のあたりまえにできる。堂々としていればいい。たくさんの失敗をすればいい。人と向き合えばいい。人と向き合うことは傷つけ合うことで、それを恐れなくていい。そうして生身の体でぶつからなければ見えない世界がある。逆光のコピーは「傷つけられたい」だ。ぼくは逆光に傷つけられたな、と思う。自分の弱っちい魂に、傷をつけてもらった。しかし、そのおかげで、最後は柳ヶ瀬のお祭りに出合って、久しぶりに生きた人間の心地になった。

蓮くんに限らず、逆光に携わっていた方々のように生きたい、と心から思えることは、心から幸せなことだ。長く短い人生の旅を通して、たくさんいろいろなことにぶつかって、自分に還っていこう。みんな生きている。アア、本気だ。




仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247


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