怪談07 狸
あれは、少し前のこと。
絵の題材のため、私は、訪ねたことがある土地の不思議な歴史を調べ直していました。特に憑き物についての話題が目に付きましたので、生き物についての言われや伝承について掘り下げていこうとしていました。
その中で、急に食欲が増した期間があったのです。
普段も食べることが好きなタイプですが、明らかに自分でも無茶とわかるぐらいで。1日に6食ほど食べる日が、数日続きました。
体はパンパンになり、夜は具合が悪くて眠れません。
ストレスや緊張のせいかと思いましたが、このままじゃ病気になるのでは…と不安になり、食べるのを強制的にでも控えなければ、と考えていました。
その日も、土地と憑き物について調べていました。
憑き物といっても色々ありますが、犬に狸や狐・蛇といった生き物が憑き物になる・されるとして、色々な書籍やサイトで紹介されていますね。
その中で、動物に憑かれるとどうなるか…ということを、文献をもとにご自身のサイトで書いてくださっている方がいまして、読んでいくと「突然奇声をあげる」「逆に、ものを言わなくなる」など幾つか症例とされる内容が紹介されていました。
中には、天井からぶら下がるといった信じ難い表現もあり、流石にそれはネタや妄想だろうと思っていたのですが
読み進めていくと『暴飲暴食』『食べるにもかかわらず、本人は衰弱する』という記載がありました。
その瞬間、あ…と思い、時間が止まりました。
狸だ。
理由なくそう感じて、しばらく動けなかったことを覚えています。
「そんなこと言ったって、仕方がないやん!私のせいじゃないわ!!」
その後は、やり場のない怖さから、それを振り払おうと怒ることしかできませんでした。
この数年、近い場所で土地を弄るような出来事が続いていまして、そのために行き場をなくした狸たちかと思ったのです。
山が近いこともあり、草むらの中には雉がいたり、猿やイノシシ、時にはイタチのようなものを見ることもありました。けれど、このまま人が増えて土地が掘られるなら、彼らを見られなくなっていくだろうと感じてはいたのです。
しかし、だからと言って、どうしていいのかなんて分からないよ…というのがその時の本音でした。
ひとしきりブツブツと怒った後。なんとなく気持ちの行き場がないもので、せめて話として昇華したくて、今日書いたようなことを、一人で言葉に出して整理していくことにしたのです。
しかし
話しを続けていくうちに、段々と物悲しい気持ちになっていったのです。
そもそも、動物の霊や呪いというものは、人間によって作り出され語られてきたものという側面を持っていると思っています。
一方の生き物というのは、人間など関わってほしくないと思っていたでしょうし、死んだ後まで関わりたいなんて思っていなかったはず。
そんなことを考えたら、段々怖さや怒りが治まり「怖いものとして話そうとしてごめんね。そんな姿になりたくなかったよね。なりたくてなったわけじゃないよね。」と、気がつけば手を合わせました。
怪談の中には、色々な憑き物の話があります。そして、それを夏の涼をとるために面白おかしく話をすることもあるでしょう。
しかしその背後には、理由はそれぞれにしろ、望まず命の循環に帰れなくなってしまった動物たちの無念があるのです。
誤解を招くような怖いものとして語るのをやめること・あなたたちが憑き物の類になる前の、生き物としての姿をきちんと伝えていきますから、どうか自由になって穏やかな地に暮らしてくださいと…そう願いました。
すると、左肩の後ろからプーンと小さな虫が飛んできて、床に落ちていきます。
悪いものがいる予兆として虫がやってくるという表現を見ていたため、少し嫌だなと思ったのですが、小さい姿でひっくり返っているものを置いておく気にもなれず、虫に罪はないと爪先で支えて起こすことにしました。
それは、とても小さなてんとう虫でした。
てんとう虫は、亡くなった方の使いですとか、お天道様の使いと言われています。
つやつやとした背中を見つめながら「これは、人ならざるものを描くとき・語るときは、慈悲を持たねばならないよと、伝えに来てくれたのだな」と思いました。
同時に、ルールを守れば描いてよい。しかし、守らないなら・無粋なことをするならば…ということでもあるのかなと。
その後、てんとう虫は外に放しました。
良いも悪いも全てが伝わるのが、見えない世界なのかもしれません。見えないものには姿はなくても、歴史がある。理由がある。この一件で、それを忘れずに描いていこうと一層考えるようになったところで、今回の話はお終いです。
後日談。そのてんとう虫について調べてみたら、ヒメカメノコテントウという種類であることが分かりました。とても珍しい種類だそうで、何となくこれが、答え合わせであったらいいなと思うのでした。
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