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いぬじにはゆるさない 第4話「ヘビちゃん(2)」

満開の桜と月明かりの下、酔客でむせ返る非日常空間。

騒ぎ好きな友人に誘われて仕事帰りに合流した夜桜見物は、公園全体が夜とは思えない盛り上がりで、それは友人達のグループも既に同じだった。

殆どの人が初対面なので紹介されて回ったが、友人も、友人の彼氏も、そして連れの人達も、完全にお酒のテンションで出来上がっていた。こういう時にシラフで取り残された側の疎外感は辛い。その上、友人彼氏のフリーランス仲間というこの集まりは、完全に私のアウェイだ。

しかも、最後に紹介されたのはその混沌の中でもひときわ異質な、全身から水滴を垂らし続ける同年代の男。

「どうも!ジャバミです。『蛇を喰う』と書いて、蛇喰(じゃばみ)。本名です。あ、日本人です!」

その男はまるで『俺は濡れてなどいない』といった堂々とした態度と笑顔で、しかしびしょ濡れの手をこちらに差し出してきた。その様は、ずぶ濡れな事を除けばまるで政治家のよう。

変な人だなと思ったが、変な人には慣れているのでそのまま握手に応じた。

「はじめまして。それ、どうしたんですか?池に落ちたとか?」

「そうなんですよ。さっきまで一緒に居た女の子に突き落とされて。」

これが、ヘビちゃんとの最初の会話だった。

その相手との間に何があったのか、特に追求はしなかった。一切興味が湧かなかったからだ。私とは違う世界の住人だ。今日を限りに二度と会う事も無いだろう、と。

小1時間後、喧騒に疲れ1人でトイレに抜けた帰り、人混みから少し離れた垣根の前でモゾモゾと動く人影が目に付いた。

近付いてみるとそれは、先程握手を交わしたびしょ濡れ男だった。どうやら、濡れた荷物や上着をこの垣根の上に広げておいたらしく、経過をチェックしに来ていたらしい。

春先にしては温かいとは言え、4月の夜。おいそれと乾くわけがない。

その姿が実に滑稽で面白おかしく、回り始めていたお酒の力も手伝って、ついつい私は吹き出し、大爆笑してしまった。

ずぶ濡れ男は、バツが悪そうに苦笑いを浮かべている。

ああ、飄々(ひょうひょう)としたフリをしているくせに、所詮は人間なのだ。そう思うと、何だか憎めないヤツだなと思った。

息が苦しくなるまで笑って、やっと一息ついた頃、相手が口を開いた。さっきとは、明らかに口調もトーンも違う。

「あんた、ちゃんと笑うんだな。スルーされたし、恐ぇ女だなって思ってた。」

そう言って愉快そうに笑った顔をみて、“そっちこそ”と、心の中で呟いた。

さっきまで居たバカ騒ぎの場で浮かべていたインチキ臭い笑顔とは違って、いい顔するじゃないか。

月明かりの中、ヘビちゃんの顔を改めてよく見ると、もともと切れ長らしい目が糸のように細くなり、笑いジワが浮かんでいた。

かわいいな、と、思ってしまった。

そしてそれから2日後、ヘビちゃんが風邪をこじらせて肺炎で入院した事を友人から聞き、私はまた大爆笑した。





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