いぬじにはゆるさない 番外編「サマーバケーション」 第一話(全六話)
可愛い子や美人は普通に好きだ。健康な男子なので、もちろん性欲も人並みにある。憎からず思っていた相手から好きだと言われたら嬉しいし、告白までしてくれたその健気な気持ちになるべく応えたいなとも思う。
けれど、着飾ってデートに来てくれたその子の事を、「可愛いね」と褒める事は照れ臭い。そのくせ、「飲み残したペットボトルを捨てる時は中身をちゃんと捨ててからにしよう」とか「妊婦さんが目の前に居たんだから席を譲ろう」といった類いの事はすぐ口を突いて出る。
こういうところが、俺がモテそうでモテないと言われる所以(ゆえん)なのだろう。
言い方が悪いのも重々承知だ。根っからの長男気質の俺に染みついている、弟妹(ていまい)達に言い聞かせるような上から目線の口調。それをそのままデートでやってしまえば、相手に恥をかかせる事もある。それに、百九十センチオーバーの俺がそういう物言いをすると、益々高圧的な印象を与えてしまうのだろう。
そういう性格が俺の見た目の印象と著(いちじる)しく違うらしく、いつも女の子とは上手くいかない。
ところで、俺がどんなに注意してもへこたれない女が、身近に一人居る。
歩きながら物を食べるなと言えば、「歩きながら食べると倍美味しいのに?」と返し、飲んだ帰りに女一人で夜道を帰る気かと言えば、「送ってくれれば万事解決!」と俺をアゴで使う。
この、減らず口で、タレ目の間抜け顔で、笑える程に俺を異性と意識していない女の事が、俺はもうずうっと前から好きだ。
ならばなぜ告白しないのかこの腰抜けと、俺を笑うヤツもいるだろう。
告白は、した。二十二歳の夏の事だ。ただそれは、あいつの記憶には残っていない。
その悲惨な夏の話をしよう。
・・・・・
「俺の学生最後の夏をエンジョイさせてくれ!」
友人・門田(もんだ)ことモンちゃんのその一言で、彼が小学生の頃に家族でよく行っていたという離島に二泊する事が決まった。
離島と言うと豪華な旅のように思えるが、実際は車で小一時間とフェリーで四十分という近場。その上、門田家愛用の民宿は本当にまともな食事が出てくるのだろうかと心配になる低料金だった。
貧乏学生の俺でも手が届くそのリーズナブルさに、集まりに集まったノリの良い友人達。そして、いつものメンバーだけでなくもっと人を集めて騒ぎたいという幹事の趣向から、更に各々の友人等に声をかける形で人数が膨れ上がり、二十人オーバーというちょっとした合宿状態になったのだった。
車数台に分かれる大所帯なので、当日はフェリー乗り場で集合する事になった。
こぢんまりとした古めかしい港に降り立ち、一気に盛り上がる旅行気分。
ジリジリと焼けるような日射しと、アスファルトから立ち上る照り返しの熱気。抜けるような青空に浮かぶ、夏特有の雲の形。そして目の前に広がる海、海、海。
四季の中で一番好きな『夏』を全身に浴びながら、俺は決意を新たにした。
この二泊三日のどこかで、あいつに告白をする。
モンちゃんだけでなく、俺も大学生活最後の夏だ。専門卒で地元で働いているあいつとは、来年も一緒に居られるかは分らない。知り合ってから今年で四年目、どちらにも彼氏彼女の居ないタイミングで降って沸いた泊まりがけの旅。更には、夏の海という最高のシチュエーション。こんなチャンスはそうそう無いと、自分なりに覚悟を決めたのだ。
フェリーの乗船時間が近付き、それぞれの車で到着したグループが右往左往しつつ合流をする。馴染みの友人同士は馴染みの会話を、初対面同士は初対面の挨拶をそれぞれに交わす中、あいつが居ないなと探していると、ちょうどモンちゃん達の会話が耳についた。
「皆、居るか~?」
「あと一台、チホちゃん達が来てないよ。さっき、あと五分で着くって連絡来たとこ。」
看護師をしているチホちゃんはあいつと家が近く、乗り合いの際は一緒に来るのがいつものパターンだ。俺は集団からはぐれて駐車場の方に歩き出し、チホちゃんの赤いマーチがやって来るのを待った。
なかなか来ないなと思い始めた時、シルバーのランサーが一直線にこちらに向かってきた。そしてそのまま俺の近くに駐車したかと思うと後部座席のドアが開き、一瞬子どもと見間違えそうになるミニミニサイズのチホちゃんがカラフルなワンピースを着て出現した。次いで、助手席から白いヒラヒラした半袖にジーパン姿のあいつ。
そして最後に、運転席からは見知らぬ眼鏡の男。
「ねー、タカさん。イイジマを目印に探すと分かりやすいでしょ~?」
「ほんとだ、すぐ分った。」
そう言って、クスクスと笑い合うあいつと眼鏡。
言いようの無い感情が胸に広がった。そのモヤモヤを打ち消すようにランサーに駆け寄り、眼鏡の方を向いている背中に声をかける。
「何笑ってんだよ、遅かったな。」
「ごめんごめん、お待たせ~。」
くるりと振り向いたその顔は、いつもの呑気そうなタレ目だ。その後ろから、眼鏡が俺に挨拶をする。
「はじめまして、イイジマ君だよね?本当におっきいね。」
年齢は二十代半ばだろうか。小柄では無いが細身の、キツネ目の男。真ん中分けの黒髪に銀ブチの眼鏡という風貌(ふうぼう)が知的な雰囲気を醸し出している。
「イイジマ、こちら、チホちゃんの従兄(いとこ)のタカさん。薬剤師さんだって。タカさん、こっち、イイジマ。」
チホちゃんの従兄ならチホちゃんが紹介すればいいだろうよ、そして何でお前は助手席に居たんだよと、小さな事にイラつくと同時、このタカさんが『私の新しい彼氏』で無くて良かったと心底安堵した。乱れまくった心中を、接客のアルバイトで培った営業スマイルですっぽり覆い隠す。
「あー、以前、チホちゃんから薬剤師の従兄さんが居るって聞いた事あります。はじめまして、イイジマです。」
俺の挨拶に少し被るタイミングで乗船開始のアナウンスが流れ、一気にお急ぎムードに包まれる。慌てて車のトランクから荷物を降ろしているあいつに「俺、運ぶよ」と気を遣ったが、それならチホちゃんの荷物を持って欲しいと言われた。
「チホちゃん、夜勤明けなんだって。ここに来る間も後部座席で寝てたんだよ。」
こいつの方が助手席に居たのはそういう事かとホッとし、チホちゃんの荷物を確認する。大きなトートバッグと別に酒やつまみの入った買い出しの袋もあり、そこそこの重量だ。
「ありがとー、バッグは自分で持つから、コレとコレお願いできるかな。」
眠そうなチホちゃんが説明している後ろで、「じゃあこっちは俺が」と、なぜかタカさんがあいつの旅行トランクを手に取っていた。
・・・・・
フェリーはかろうじて自販機があるだけの小さめの物で、乗客の半分近くが俺達の一行だった。
チホちゃんは乗船するなり再び仮眠を取り始めたので、自然とあいつが皆にタカさんを紹介して回る形になる。俺は周囲への挨拶もそこそこに、一人でフェリーのデッキに出た。
船は水面を割って進み、沢山の白い泡の筋を軌跡として作り出す。俺の心のモヤモヤも一緒に割ってくれと、呆然と眺めた。
しばらくして、客席への扉が開く気配がした。
「えっと、イイジマ君…だよね?」
斜め後ろから名前を呼ばれ、顔だけそちらを向けるようしにて振り返った。
声の主は、お人形さんのように小顔な、茶色いショートカットの女の子。ショートパンツから伸びた折れそうな程に細い脚は、高いヒールの付いたサンダルを履いている。
確か、モンちゃんが連れて来た、ファミレスのバイト仲間の女の子二人組の片割れだ。そう言えば、店に行った時に紹介された事もあった。
「覚えてたかな?ヒナコです。」
正直、名前までは覚えていなかったので曖昧に返事をした。
カツンカツンとヒールを鳴らし、小さめの声で喋りながらこちらに近付いて来る彼女。
「えっと…また会えて嬉しいです。その、良かったら、後で一緒に…。」
話の途中で、突如船首が激しく揺れた。不安定な足下の彼女は大きく揺さぶられ、俺はとっさに彼女の腕を掴む。フェリーの揺り返しが来て、その反動で彼女が俺の胸元に飛び込む形になった。
これはマズイと慌てて両手で彼女の肩を押さえ、しっかりと立たせてすぐに離れる。
その瞬間。
「見~ちゃった♪」
聞き慣れた声が、最悪のタイミングで耳に届いた。
船尾の方へ続くデッキの通路から姿を現した、心底愉快そうな笑みを浮かべているあいつ。その横に、あいつに寄り添うようにして立つタカさん。
そして、鬼のような形相をしたモンちゃんが、居た。
つづく
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