いぬじにはゆるさない 第1話「イイジマ(1)」
「今日、営業先で恋愛トークになってさ。」
イイジマが語り出したのは、食後のデザートがテーブルに運ばれてきたタイミングだった。
車の営業をしているこの男友達は、毎日いろんな場所に出向く。
そして、私にとってのイイジマは、“夕方にそっちの近くでアポが入ってるから、終わったら久々にご飯食べない?“と誘われれば、深く考えずにOKする程度には気心の知れた友人の1人だ。
「社用車を4台まとめて買ってくれるって事で話が進んでたけど、あっちの提示してきた値引率がえげつないの。で、俺がシブってたら、『うちの女子社員と合コンセッティングしてやるから』とか言うわけ。」
その日ほどほどに疲れていた私は、仕事の愚痴を聞かされてはたまらないなぁと思い、適当に相づちを打っていた。
その適当な態度がバレバレだったらしく、「お~い、もうちょい興味持ってくれ!」と笑い、話を続けるイイジマ。
「で、『俺、片思いしてる子が居ますから!』って言ってやったんだよ。そしたら、意外と盛り上がっちゃって。『その子に告白できたら割引無しで買ってやるよ』って言われてさぁ。」
「ちょっと待って。これって、仕事の愚痴?それとも恋愛相談?イイジマに好きな人が居る事は初耳だけども。」
それよりも、私がデザートに選んだチョコレートケーキはびっくりするくらいパサパサで美味しくない。
イイジマと同じ黒胡麻プリンにすれば良かった。というか、イイジマ、全然食べてないじゃないか。
彼にすれば、“甘い物が好きってわけでも無いのにセットで付いてたから何となく選んだだけのデザート”なのだろう。黒胡麻プリンが気の毒だ。
「うーん、恋愛相談と言うか何と言うか…。」
言葉を濁しながらコーヒーカップを手に取るイイジマ。しかし、その中身は既に空っぽだ。
ふと、違和感に気付いた。
いつもの彼なら、とっくにネクタイを緩めてスーツの上着も脱いで、もっとリラックスしているはずだ。
なのに、ビシッとスーツを着こなしたまま、まるで営業相手と食事をするかの様な態度を崩さない。
そうか、彼なりに真面目な話なのだ。
「なるほどね〜。」
私も友のために気持ちを切り替えたが、しかし、まずはいつものようにからかってみせた。
「じゃあ、その子に告白しなきゃだね。」
ニヤニヤと笑いながらそう言った私に、イイジマは改まって背筋をピンと正してこう言った。
「うん。だから、しに来た。」
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