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いぬじにはゆるさない 第7話「過去」


純度100%の悪意をぶつけられると、どれほど精神を消耗する事か。

できれば一生知らずに過ごしたかったが、25歳の終わり際、私はそれに直面していた。

当時の私は、資格の勉強をしつつ、小さめのショッピングモールにある小売店でアルバイトをしていた。

いや、順番から言えば、逆だ。

新卒で入った職場を体調を崩して辞め、とりあえずアルバイトをしていた頃、恋人が出来た。その人と結婚する予定で、更に言えばその三つ年上の恋人は比較的に裕福かつ相手に家庭に入って欲しいという考えだった事もあり、深く考えずに就職もせずブラブラしていた。

入籍等の具体的な日取りこそ決まっていなかったがお互いの親への挨拶も済ませており、彼の住む社宅に半同棲状態で、指輪ももらっていた。

なのに、その恋人は浮気をしてくれやがったのである。

発覚したその日、最大級の動揺をしていた私に向かって、彼は男泣きしながら言った。

「ごめんなさい…別れたく…ないです…!!」

それに対して私は沢山の怒声を浴びせたと思うのだが、あまり記憶に無い。

ただ最後に、「泣きたいのはコッチだよ!」と吐き捨て、気が狂ったように笑いながら家を飛び出した事はハッキリと覚えている。

それからしばらくの間、私のメンタルはガタガタだった。

何もやる気が起きず、眠りは常に浅く、食事もロクに喉を通らなかった。運転や入浴中に思わず涙がこみ上げ、嗚咽を漏らす事はもはや日常だった。

彼は、やぼったい外見をした温和で優しい人だった。裕福な家庭で丁寧に育てられたからこそなのか、飾り気の無い素朴な人柄で、そこを愛しく思っていた。

『まさかこの人が』という言葉があるが、正にそれだったのだ。

それから、決定的な事がもう一つ。

元恋人からの連絡を無視し続けてニヶ月程経過し、少しずつではあるが私の食欲が戻り始めた頃の事。

何かをしていた方が精神的にも良いだろうと、資格の勉強を始めた。そのため深夜に起きている事が多かったのだが、その深夜の時間帯に今度は非通知や公衆電話からの着信が時折来るようになっていた。

元恋人かとも思ったが、確信は持てなかった。着信を二~三回取った事もあるが、無言だったのだ。

それと平行してアルバイト先で従業員の車にイタズラをされるという事件が起こっており、私の車も被害に遭っていたのだが、被害者の中でも私に限って言えば更におかしい点があった。

まず、被害に遭っている人達の殆どは正社員で、モールから少し離れた場所にある従業員用の駐車場に停めていたところを狙われている。被害内容は、タイヤをパンクさせられたりといったかなり悪質な物ばかりだ。

けれど私の場合、イタズラの頻度はやたらと高かったものの、車体にガムテープが貼られたり泥で汚されるといった幼稚なものの繰り返し。

そして、そもそも駐車している場所が違っていた。

正社員以外の車通勤は禁止されていたのだが、しかし交通の便があまり良くなかったため、私を含むアルバイトの多くは車で通い、客用の駐車場を利用していた。それは上の人達も分っていたが、暗黙の了解となっていたのだ。

イタズラの件は上が警察に相談しているという話だったが、違和感を覚えた私は車の営業マンであるイイジマに相談し、彼の会社の先輩から充電できるタイプの車載カメラを貸して貰える事になった。

「そんなに高性能のじゃ無いから充電も長時間はもたないし広範囲は撮れないけど、使ってないヤツだから返すのはいつでもいいって。」

そう言いながらイイジマが設置してくれた数日後、犯人は意外にもあっさりとカメラに収められた。

再生した映像には、マスクや帽子で顔を隠す事も一切していない、ゾッとする程に無表情な人間が映っていた。

小柄で髪が長く、おそらくハタチそこそこのその女の子は、元恋人の職場の派遣社員で、そして浮気相手だった。

そこからまた、私の喉は食事を受け付けなくなっていった。





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