いぬじにはゆるさない 番外編「サマーバケーション」 第二話(全六話)
二十二歳なんて、今から思えば本当に子どもだ。
失敗するまいと構え過ぎて、結果、大振りの空回りをする。素直になれば良かっただけだ。一緒に居たいと意思表示をして、そして側に居て優しくしてやる。けれど、その「それだけ」が、当時の俺には難しかった。
思えば、俺とあいつは最初からタイミングが合わなかった。
そもそもの出会いは、モンちゃんを通じてだ。
高二の冬、父親が難病を発症した。弟と妹はまだ小学生だったので、俺は受験先を自宅から通学可能な範囲に絞り、かつ、返済免除の給付型奨学金を得る為に大学のランクを大分落として進学をした。知り合いも居らず、周りの学生と話やノリが合わない部分も感じていて、孤立した存在になりかけていた。
そんなある日、同じ学部のモンちゃんと話をする機会があった。人なつっこい彼とは自然と打ち解ける事ができ、実はお互いの自宅が近かったという事もあり、一気に親しくなった。その上、バイト仲間がモンちゃんの同級生で仲が良いという事が判明し、彼ら友人同士の集まりにも呼ばれる様になっていった。
そうして知り合ったモンちゃんの友人達の中に、あいつは居た。
実を言うと、出会った頃はモンちゃんの彼女かもしくは発展途上の仲なのだろうと思い込んでいた。けれど、それが間違いだと判明したのは、あいつが皆に「彼氏が出来た」という報告をしてきた時だった。
人から好かれるモンちゃんの周りには、自然と男女関係無く仲良く出来る空気があった。その中でも、この二人は単に付き合いも長くウマが合うというだけの事だったのだ。
『友達の彼女』というフィルターを外した時、俺はあいつを好きになっていた自分に気付き、そして同時に失恋したのだった。
・・・・・
あまりの低料金に「まともな飯が出るのか」「ちゃんと屋根はあるのか」「キツネに化かされているのではないか」と心配されていた民宿は、想像よりずっとまともだった。
確かに建物や設備はかなり古かったが、古いながらも清潔感があり、経営者夫婦の人当たりも良かった。その夫婦の住居は別にあるそうで、この二泊は貸切なので建物まるごと好きに使って良いというありがたい話だった。
その上、庭に停めてあるハイエースも自由に乗っていいらしい。車の鍵は差しっぱなしにしておくから閉じ込みに気を付けてと言われ、島特有のユルさに衝撃が走った。
襖一枚隔てた女子部屋から水着に着替えた女性陣が姿を現すと、露骨に口には出さないが男どものテンションは確実に上がり、一気に『旅が始まった!』という空気が周囲を包む。
しかし、そこにあいつの姿は無い。トイレにでも行ってるのかと思ったが、女の子達はそのままビーチに移動を始めた。焦り、ブルーの花柄の水着姿になったチホちゃんを捕まえて聞いた。
「あいつは?」
「あ~…それが、何かこのすぐ近くに戦争遺跡があるとかで…ハイエース借りて見てくるって、さっき一人で嬉々として出てったよ。」
そう説明するチホちゃんの顔は呆れ気味だが、それを聞いた俺も何とも表現しがたい感情に襲われた。
物好きな上に謎の行動力があって、一人旅も好きなあいつ。らしいと言えばらしい行動だ。けれど、なぜ、それが今このタイミングなのか。
(団体行動しろよ…。)(って言うか、戦争遺跡って何だよ!)(そんなに見たいのかよ!今すぐじゃないとダメなのかよ!!)(危なそうだし一人で行くなよ!!)
様々な思いが、俺の頭を埋め尽くした。
ビーチは宿から目と鼻の先。いっそ手ぶらで行ってもいいくらいの距離だが、この宿が提携している『海の家』があり、手荷物はそこに置いて良いという事だった。
その海の家に集まって荷物を預け、日焼け止めを塗りつつ楽しそうに話し込んでいる皆に「泳いでくる!」と一言だけ伝え、やるせなさを吹っ飛ばすように黙々と準備運動をし、ビーチでくつろぐ海水浴客達のパラソルの間を足早に割って海に入った。
泳ぐのは大得意だ。両親の実家がどちらも海の近くだし、四歳からスイミングを習っていた。小学生の時にはプロを目指す専門のコースに入らないかという誘いがあったくらい、俺は水との相性がいい。
二、三十分泳いで頭のモヤモヤを海に流し、ビーチに戻る。改めて海の家に向かうと連れの半数程がそこに居て、この旅行に彼女と一緒に来ている山田が何やら憤慨していた。
どうやら、山田が連れてきた自慢の年上彼女のユリさんとその妹さんが、二人きりで居た際にしつこいナンパにあったらしい。
「昔、俺が家族と来てた頃はこの海の家なんかも無くて穴場って感じだったし、ファミリー層ばっかりだったんだけどな。雰囲気変わったな~。」
モンちゃんのその言葉に、海の家の店員さんが反応した。
「五年くらい前から日帰りの観光客をもっと迎え入れようって動きになって、キャンペーン組んでフェリーの便も増やしたんだよね。それから若い子が沢山来るようになったよ。」
「おい、モン!ちょっとしたナンパスポットじゃねぇかよ。とんでもない所に連れてきてくれやがったな!!」
山田が冗談交じりにモンちゃんに当たる。そのモンちゃんの隣に座っていたタカさんが、柔らかい物腰で山田をなだめつつまとめた。
「とにかく、こっちは頭数は居るんだし、もしまた女の子達が変なのに絡まれたらすぐに皆を呼ぼう。それに、イイジマ君やホト森君が居れば、大抵の男は大人しく引くだろう。」
ホト森の本名は高森だ。重量級の柔道家を思わせる体型で、大仏のような糸目をしている。そして外見だけでは無く、寡黙(かもく)で思慮深く誰からも信頼される人柄がまるで仏(ほとけ)の様だという事から、あいつが「ホトケの高森」と名付け、それが浸透した。
普段、皆は「ホト森」や「ホトさん」と呼んでいる。周囲があまりにも普通にそう呼ぶので、今回のタカさんの様にそれが本名だと思い込んでおかしな呼び方になる事も多い。
「俺だって、小学生の頃空手習ってたし!」
小柄な身体で精一杯の虚勢を張りながら、モンちゃんが言った。明らかに、彼のお気に入りらしいバイト仲間のヒナコちゃんを意識しての発言だ。
が、ボーダー柄のビキニのヒナコちゃんは、さっきからチラチラと俺に視線を向けている。
気不味さを覚え、視線を逸らした。その逸らした先の後方には岩場があり、一組の男女の姿があった。よくよく見てみるとそれはいつの間にかビーチにやって来ていたあいつで、岩場に腰掛けて海に足を浸けている。そして、あいつの横に立って話をしている男の方には見覚えは無い。
目視した瞬間、俺は考えるより先に走り出していた。
・・・・・
全力に近いスピードで走り、男の姿が大きくなるに連れ、俺は自分のある勘違いに気が付いた。
しかし、既にあいつも相手の男も、猛然と駆け寄ってくる長身の俺に気付いてこちらを凝視している。今更後には引けない。そのままのスピードで到着し、気まずさと軽い息切れから歯切れ悪く言った。
「…こ、こいつが、何か…しましたか…?」
左手に携(たずさ)えた拡声器と、首から下げたホイッスル。黄色いTシャツの袖に着けられている腕章の文字を読まずとも、彼がこのビーチの監視員である事は疑いの余地が無い。
監視員は、明らかに吹き出すのを我慢しながら「この辺はビーチサンダルじゃ危ないから注意してただけだよ」と説明すると、軽い咳払いの後にキリッとした表情に切り替わり、話を続けた。
「ナンパが多いからね、心配したんでしょ。でも彼氏君、こんな岩場で彼女を一人にしちゃダメだよ。」
じゃあね、と立ち去る監視員の背中を見送る俺の胸に、「彼氏君」「彼女」という二つのワードがリフレインし、くすぐったさがジワジワと広がっていった。
しかし、それを吹き飛ばしたのはあいつの笑い声だった。
「彼氏君だってさ~。」
岩場に腰掛ける形のまま、顔だけこちらを向けながら爆笑している。斜め後ろのその姿は、白いTシャツを着ていてどうやらその下が水着というワケでも無さそうだ。
「イイジマ、私相手に心配性過ぎ~!ナンパなんて、どう考えてもあのヒナコちゃんとかの方を守ってあげなきゃでしょうよ。早く戻りなよ!」
いつもなら何ら引っかかる様なモノでもないそのセリフに、ついカチンと来た。
こっちは変な男に付きまとわれているのかと、本気で心配した。そもそもその前に、こんな離島で一人で出かけていった事だって不安だった。彼氏に間違えられた事をわざわざ笑う必要も無いだろう。それから、「私相手に心配性過ぎ」と、自分を下げるような発言も腹が立つ。普段からコイツにはこういう所があって、その度に少しイラついていた。俺は可愛いと思ってるんだよ!!
トドメに、目の前に居る俺に、他の女の子の元に戻れと言う。
「あのなぁ!!」
自分でもしまったと思う程、大きな声を出してしまった。あいつのタレ目が一瞬大きく見開かれ、神妙な顔つきになった。
「いや、その、悪い…。お前のせいで怒ってるワケじゃ無くて…俺が言いたいのは、お前はタレ目で太ってるけどさ…。」
マズイ。動揺しているせいか、完全に言い間違えた。『タレ目は可愛いと思う』『自分を太ってるって言ってるけど、俺はそのくらいが良いと思う』と、そういう事を言いたかった。
「…はぁ!?何、イイジマってばケンカ売ってんの?」
岩場から立ち上がり、身体ごとこちらに向き直るあいつ。右手の人差し指と親指で、小さな赤いカニを捕らえている。ことごとく緊張感が無い。
そのカニから視線を外してあいつをよく見ると、座り込んでいた時は分らなかったが、白いTシャツの前面が水に濡れ、ぺったりと身体に張り付いている。中はやはり水着では無く、ピンク色のブラと、それから「太っている」と自認しているあいつの大きめの胸がクッキリと浮き出ていた。
想定外の衝撃を喰らい、さっきの失言を訂正し損ねている俺の横を通って立ち去ろうとするあいつ。
「待てよ!」
慌ててかけた制止の声に一瞬振り向いた顔に浮かんでいたのは、怒りではなく、胸が締め付けられるような悲しみの表情だった。
俺を拒絶して小さくなっていく後ろ姿に、海の家から駆け寄ってきたタカさんが近付き、自分の羽織っていたパーカーを優しくかけた。
つづく
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