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いぬじにはゆるさない 第9話「ヘビちゃん(4)」

“不幸なガキが親戚に居るから、俺が死んだらせめてそいつに金が行けばいいかなと思ってる。”

ヘビちゃんが自分自身について語る内容は、いつもどこまでが本当か分からない。

ただ、私より二つ年上な事と、少々複雑な家庭で育ったらしい事。それから、地元はこっちだけれど中一から関東の叔父さんのお寺に住んでいた事、大学に進学する際に地元に戻ってきた事は、どうやら本当らしい。

けれど、大学を中退して海外をブラブラしていた頃にチュパカブラに遭遇したとか、女の子とすぐ寝るのは二人きりだと会話の間がもたないからだとか、お酒が飲めないのは十代でアル中になってやめたからだとか、その辺りはどこまでが冗談でどこからが真実なのか。

分からないし、別に分かりたくもない。

このいい加減な人の事は信用しないし、期待もしない。そうすれば裏切られなくて済むのだし、『まさかこの人が』なんてショックも受けない。

ちょうど良かったのだ。

まだ恋愛が出来るほどの落ち着いた心持ちでも無ければ、一時しのぎの肌のぬくもりが欲しいワケでも無くて。でも、『新しく知り合った少し面白そうな男の人とのデート』程度のワクワクが久しぶりに欲しくて。

ああいうタイプの人は私を好きにならないだろうし、私も本気では好きにはならないだろう。だから大丈夫。

そう確信があった。

退院祝いの翌日、私の連絡先を知らないハズのヘビちゃんから、映画の試写会のチケットがあるから一緒に行こうというお誘いのメールが来た。

後から知ったが、ヘビちゃんは池にダイブした時に携帯も水没しており、パソコンメールやSNSで手当たり次第に共通の知人達の連絡先を聞いて回ったそうだ。そして、それらの雑に扱われた個人情報の中に私の連絡先もあったらしい。

『お誘いありがとう。“やらずぼったくり“でも可でしょうか?』

驚きと嬉しさを隠しつつ、まず先に曖昧な関係になる気は無いとクギを刺した。これで終わればそれまでだ、と。

『あんた面白いこと言うね。可でいいですよ。』

そうして出かけた映画は、ビックリするくらいの駄作だった。つまらなさ過ぎて、逆にその後の会話が盛り上がったくらいだ。

「また違う映画観に行こうよ。」

私がそう言った時、ヘビちゃんの反応は曖昧だった。その上、例のタバコや電話の応酬だ。コレは次は無いな、と、思っていた。

なのに思い出したように連絡が来るし、こちらが具体的に誘えば現れる。

不思議だったが、何度か会ううちに根本的に『そういう人』なのだと分った。大勢で騒ぐのが好きで顔は広いのに、個人的な人付き合いは下手なのだ。

私はそんなヘビちゃんの事が面白く、会うたびに沢山の質問をした。彼の口から出て来るのは、半信半疑の有象無象ばかり。けれど、それで良かった。

ヘビちゃんにとって私は、あの日イイジマが注文した黒胡麻プリンのようなものだ。イイジマが告白をしてきたあのお店は、ディナータイムに限って言えばだがミニデザートが無料で付いてくる。

別に特別好きってワケでは無いけど、でもまぁせっかくだから、と。

そのハズだったのに、なぜか彼は私に連絡をし続ける。

やがて、私の心にも変化が訪れた。

彼は、空気を吸うようにタバコを吸って、不健康な程に仕事をして、野良犬のように床や椅子で寝て、嘘の笑顔を振りまきながら無意味な馬鹿騒ぎをして。それから、関係がこじれた女の子から「池に突き飛ばしてやりたい」と言われれば、どうぞと煽って落とされる。

“理解不能な異星人”の事が面白かったのに、いつの頃からかだろうか、ヘビちゃんが彼自身を大切にしない事を痛々しく思うようになった。

「死ねないから生きてるだけだし。」

そう言うヘビちゃんに、ならば何故そんなにがむしゃらに仕事をするのかと問うた事がある。

彼はフリーランスとは言え軌道に乗っているらしく、お金には困っていない様子だった。なのにまるで全ての隙間を埋めるかのような無茶な仕事量をこなし、時には徹夜で私との待ち合わせに現れる。お金が大好きというタイプでもないし、老後の貯金という堅実なタイプでもモチロン無い。

その私の疑問への回答は、「不幸なガキが親戚に居るから、俺が死んだらせめてそいつに金が行けばいいかなと思ってる。」だった。

私の中で『何か』が紐解かれそうになったが、それはヘビちゃんの携帯の着信音に邪魔されて消えた。






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