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あいかわ双子は恋が下手 中編


 小学生までの俺は、そこそこ人生上手くいっていたと思う。

 成績が良かったおかげで勉強熱心なタイプの男子達とつるんでいたし、教師からの評判も上々。女子は少し苦手だったけれど班やグループで行動する際に普通に口を利くくらいの事は出来ていた。半不登校になったのは、中学からだ。

 親しかった友達は軒並み私立中に進学してしまい、新しい友人も出来ずにクラスから浮き始めた。そしてタイミングの悪い事に、近視が進んで眼鏡が必要になったのとほぼ同時、大量のニキビに悩まされるようになったのだ。

 同級生達、特に女子達が外見に気を遣い始め、どんどん見栄えが良くなっていくこの時期に、俺はその真逆に陥った。自意識過剰と言われればそうかもしれないが、思春期の自意識なんて自分でコントロール出来るはずも無い。

 みるみるうちに人と目を合わせる事が出来なくなり、ただでさえ少なかったクラスメイト達との会話はほぼゼロになった。もともと痩せ型なのにニキビが辛すぎて必死に油物とカロリーを抑えていたら、健康診断で痩せ過ぎを指摘されるレベルになり、しかし不幸中の幸いというか遺伝のお陰で身長は伸びた。なのに常に目を伏せる癖は抜けず、せっかく伸びた身長が活かされるどころか極度の猫背になる始末。結果、挙動不審なヒョロガリニキビ眼鏡が出来上がった。

 それでも勉強は嫌いでは無かったし、イジメを受けていたわけでも無いので、孤独ながら学校には毎日通っていた。けれど心の中のコップには少しずつ何かが溜まり続け、俺本人も見て見ぬ振りをしているうちに表面張力ギリギリになっていたのだろう。それが溢れて半不登校になったのは、人に言えば笑われるかもしれない位の、ほんの小さな切っ掛けだった。

 ある日の休み時間、日直だったクラスの一軍女子が先生から返却された小テストを皆に配り始めた。一枚めくっては名前を読み上げて相手に渡し、また一枚めくっては名前を読み上げて渡すの繰り返しの途中、急に曇り顔になった女子が、実に嫌そうに読み上げた名前はーーーーー合川秋生あいかわあきお、俺の名前だった。


・・・・・


「クラスの女の子達から、オリジナルLINEスタンプの作り方教えてもらうの。今日は先に帰っててね。」

 放課後、貧乳美少女の相河朱里あいかわあかりがそう言った時、双子の弟の相河旭あいかわあさひは、間髪入れずに「じゃあ待つ」と返し、そのままの流れで俺に「いいよな?」と話を振った。

 俺と相河姉弟きょうだいは同じ電車通学で、部活もしていない俺達は何となく駅まで一緒に下校する事が日課になっていた。

「期末テストも近いし、秋生と一緒に駅前のファミレスで勉強する。朱里、終わったら連絡して。」

 そう言って歩き出した相河旭を慌てて追った。風を切るように堂々と歩く相河旭と、猫背で下を見ながら歩く俺。身長は俺の方が高いのに、半歩遅れて着いていく形になる。何だかいつもより歩調が早いので何を急いでいるのかと思ったがそうじゃ無い、きっと普段は相河朱里が横に居る事で、無意識に『女の子速度』とかいうのに合わせているのだろう。

 モテる男というのは、根本的に俺とは違うのだ。

 格差を見せつけられるのは、この弟の方からだけでは無い。

 相河姉弟と一緒に居ると、周囲の視線がこちらに注がれているのを感じる。ただ歩いているだけで、道端ですれ違う男子高校生やサラリーマンは相河朱里を目で追うし、校内で立ち話をしている女の子達は会話を止めて相河旭に注目する。そして今ではもう慣れっこだが、それらの視線は時折並んで歩いている俺にも向けられ、嘲笑されたり首を捻ったりされるという、とんだ流れ弾を喰らう事になる。

 けれど俺が一番驚いたのは、それら周囲の視線を一切意に介する事無く、全くの素の状態で居るこの双子にだった。俺にとってはレッドカーペットを歩かされているような異常事態なのに、二人にとってはごくありふれた日常なのだ。

 こんな風に産まれていたら、そりゃあコミュ強にもなるだろう。その上、英語がペラペラの帰国子女。聞いたところによると、幼少期の習い事はピアノと英会話とプログラミングとバレエ。父親は誰もが知るような大企業勤務で、連休は一緒にアウトドア。いつも笑顔の母親は元モデルで、現在はフードコーディネーターとかいう未知の職業らしい。

 公団育ちで習い事の経験は無く、一人で黙々と進研ゼミを解き、父親は無口な工場勤務、小うるさい母親は弁当屋のパートで、その弁当屋の残り物の惣菜で育った俺とは遺伝子レベルで違う生き物なのだ。

 駅前までの道を相河旭と二人だけで歩くのは初めてだったが、貧乳美少女の相河朱里が不在であっても当り前の様に向けられる視線を感じつつ、俺は自分の先祖を呪った。

 ファミレスに入店し窓際のボックスシートに陣取った俺達はドリンクバーと山盛りポテトを注文し、俺は相河旭から英語を、俺の方からは帰国子女が苦戦している現代国語や倫理といった教科を教え合い、気が付けば二時間近く経っていた。夕食時が近付き、平日とは言え店内は少しずつ混み始めている。

 皿に残っていたポテトを処理していると、制服のポケットでスマホが振動した。俺と相河旭が、ほぼ同時にスマホを取り出す。画面を見ると、三人のグループLINEに、相河朱里から「お待たせ!今向かってまーす」というメッセージと一緒に、出来たてほやほやオリジナルスタンプが送られていた。

 それは、夜空に光り輝く『山口先輩』という文字を、山の動物達が涙を流しながら拝んでいるという、何ともシュールなイラストだった。

 相河旭はクスリと笑った後、真剣な顔で俺に向き直り、唐突な爆弾発言を投下した。

「俺はさ、性行為は良い物だと思っている。だから、いつかは朱里にも経験して欲しい。」

 夕暮れのファミレスの店内に、相河旭のよく通る声が響き渡った。

 海外育ちの影響なのか、相河姉弟には公共の場で声量を落とすという意識が薄い。そして、日本語の能力に大きな問題は無いものの、日常会話で使うには少し不自然な、辞書で引いたようなダイレクトな表現を用いる事が多々ある。

 普段とは違う意味で相河旭に注がれる視線に焦った俺が、とっさに人差し指を口の前で立てる「静かに」のジャスチャーをしつつこれは海外育ち相手にも意味が通じるのだろうかなどと考えていると、ワントーン小さくなった声で話が続けられた。

「山口先輩とはまだお互いの身体に触れた事すら無いらしいけど、日本のティーンはそれが普通なのか?」

「いや…まあ…どうだろう…。」

 恋愛経験皆無の俺が返答に困っていると、相河旭の口から「秋生はせ…」という、次に続く単語が何であろうとも嫌な予感しかしない言葉が飛び出した。俺はそれを必死にかき消すように、スマホの画面を差し出し、先程のスタンプを相河旭に突きつけながら一気にまくし立てた。

「まあこれはこれで楽しんでるみたいだし!そっとしておけばいいんじゃ無いか!?そもそも、普通って言うなら、年頃の日本人は自分の家族の異性関係なんて気恥ずかしくて聞いたりしないもんだし、ちょっと距離が近過ぎるのかもなー!!」

 言い終わると同時、自分では爽やかに笑ったつもりが、フヒヒィッっと変な声が漏れた。

 俺が気持ち悪いのは置いておいて、今回の件に限った話では無く、高校生にもなって常に一緒というのは異性の姉弟にしてはかなり珍しいだろう。最初の頃は、双子という特殊な生い立ちの成せる技なのか、それとも欧米のファミリードラマにありがちな家族愛的な感覚によるものなのかとも思っていたが、それにしても仲が良過ぎる。

 そして、二人の関係を間近で見ていて思うのは、どちらかと言うと相河旭の方が相河朱里にベッタリで、度を超したシスコンという事だ。

 テーブルの向こうで相河旭は「Umm..」と欧米人よろしく呟いた後、一点の曇りも無い瞳で語り出した。

「おかしいかな?俺の人生は、朱里のお陰で変わったんだ。だから、朱里の人生ももっと素晴らしい物になって欲しいと願っている。」

 英文を直訳したような不自然な日本語からスタートした相河姉弟の過去の話は、夕方のファミレスの喧噪すら遠く感じさせるような臨場感で、そしてそれは俺のひねくれ曲がった思考に容赦ない一撃を食らわす事になるのだった。


・・・・・


「オーストラリアはアジア人差別が少ないって言われてる。知ってるか?」

 それまでの流れからてっきり色恋の話が始まると思っていたので肩透かしを食らうと同時、差別という不穏なワードに胸がザワついた。俺は少し考えてから、自分の浅い知識で答える。

「…知らない。けど、移民が多いらしいし、そうなのかもってイメージはあるよ。中国系やインド系も多いって聞いた事がある。」

 俺は海外に行った事は無いが、日本人家族のオーストラリア移住を追ったドキュメンタリーを観た事がある。何でもオーストラリアは欧米諸国の中で移民の割合が断トツに高く、国民の三割が外国の出身なのだそうだ。移民というとベタなイメージではアメリカが浮かぶが、確かその数値はアメリカのおよそ倍だったと記憶している。

「そうだな、確かに移民は多い。それと、未だに白豪主義なんて過激な差別思想を掲げてる連中が存在するのも事実だけど、そういうのは本当にごくごく一部なんだ。日本人にだって色んな思想を持ったヤツが居るのと同じ事だと思う。」

 相河旭の話によると、そんなオーストラリアの中でも相河姉弟きょうだいが住んでいたメルボルンは、世界の住みやすい街ランキングの常連らしい。Fiarnessフェア精神の文化が根付いてると言われている街で、性別や人種や年齢はもちろん、例えば教師と生徒、客と店員も対等という考え方が当然とされているのだと言う。

 相河旭はその説明に、「でも」と打ち消しの言葉を続けた。

 でもそれは成熟した大人達の社会の話で、子どもはもっと純粋で残酷だよ、と。





↓後編に続く


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