いぬじにはゆるさない 第12話「ウォーキング(後編)」
「俺は女子アナと結婚する。」
友人の門田(もんだ)こと『モンちゃん』は、ちょっと危ないヤツだ。
基本的にはムードメーカーの愛されキャラなのだが、大体二年に一回の頻度で突発的に『やらかし』をする。
二年前は、スペイン語なんか一切話せないくせに「スペインで通訳者になる!」と言い出した。そして会社まで辞めてスペインに渡ったものの、わずか五日で返ってきたのだ。片道に丸一日かかるらしいので、実質三日だ。
そして今回は、どうやらコレらしい。
「絶対、女子アナと結婚する。」
二人並んでのウォーキング中、唐突に狂った発言をした友に「頑張ってね」と、軽く流した。
小雨が上がったばかりの公園は空いていて、金曜日の夜だというのにウォーキングコースにも他の人影は見当たらない。そして、友人達の『にわか運動ブーム』もこの数ヶ月ですっかり落ち着き、最近はもともと走っていた私とモンちゃんがたまに顔を合わす程度だ。
しかし、モンちゃんと鉢合わせした日はウォーキングが捗った試しがない。まるで『試験前の一緒に勉強しようぜ状態』だ。
「本気だぞ。絶対、女子アナと結婚する。」
「うんうん、頑張ってね~!」
「…お前さぁ、イイジマと何かあったろ?」
塩対応が気に入らなかったらしく、急に会話が変わった。思わず漫画のように足がもつれ、数歩進んでストップする。
振り返って対峙したモンちゃんの顔には、意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。
「こないだあいつと話したんだけど、お前とは顔を合わせ辛いとか言ってたぜ。お前、さては寂しさに耐えかねてイイジマに手ぇ出そうとしてフラれたろ!?」
「違う!!!!!」
ドヤ顔に気力を削がれ、イイジマに告白された事をシンプルに説明した。
「イイジマがお前に…?お前がイイジマを、じゃ無くて???え~、マジかよ!!」
清々しい程に驚きを隠さないモンちゃん。
私達の足はすっかり止まっていて、どうやら今日のウォーキングも台無しになりそうだ。
「まあ…ね。モンちゃんにそう思われても、仕方ないよね~…。」
乾いた笑いを浮かべる私に、モンちゃんは『しまった』と挽回を計る。
「イヤイヤイヤイヤ、ホラ、お前、痩せてちょっと綺麗になったしぃ!?イイジマ君もお目が高いね!よっ!!」
つまり、客観的に観て、私とイイジマの外見は釣り合いが取れていないのだ。分ってはいたが、改めてこういう反応をされると笑うしか無い。
「で、付き合うのか?」
そのシンプルな問いに、どう答えるか迷った。
イイジマとは水族館の一件以来、顔を合わせていない。あの夜に謝罪のメールが来て、それからたまに当たり障りの無いやりとりをしているだけだ。
黙ったままの私にモンちゃんが畳みかける。
「イイジマ、いいじゃん。何を迷っちゃってんの?あいつの何がダメよ?」
問いかけられ、つい思考を巡らせた。
「…今更、身内感が強すぎて。」
「それだけか?まだ何かあるだろ。」
「あと、一応私に他に気になる人が居るのと…いやまあ、その人とどうこうなりたいってワケでもないんだけど…。」
「イイジマ本人にダメなとこがあるわけ?」
「……もし、もしもだよ?」
ふいに、自分でも意外な言葉が口をついて出た。
「もしイイジマと付き合って、浮気されたらさぁ…私、今度は立ち直れない…。」
せっかく走り出そうとした足が、再度止まる。
ああそうか。私は、イイジマが怖いのだ。
信用に足る友人で、苦労人の人格者。もし恋人同士になれば、私は全面的に心を許すだろう。
そして、『まさかこの人が』をもう一度味わうハメになるんじゃないかと、たまらなく怖い。それは大変に馬鹿げた事なのだと、頭では分っていても。
「お前さぁ、あのイイジマだぜ?おいそれと浮気すると思うか?」
「でも、あの人だって浮気するなんて思ってなかった!イイジマ、普通にモテるじゃん!!いずれ言い寄ってくるどっかの美人に負けておしまいとしか思えんわ!!!!!」
マズイ。ちょっとだけ、涙が出そうだ。
後ろ向き理論を展開する私に、モンちゃんが急に真面目な顔になった。
「でも、イイジマの方だってトラウマやコンプレックスを乗り越えて告白してきたんだろ?」
「イイジマのコンプレックス?」
何を言われているのか、本気で分らなかった。
「誰にだってあるわな。例えばイイジマの場合、恋愛が長続きしないとか、お前の家とじゃ釣り合わないとか。」
「ウチ?はぁ?何でよ。」
「お前んち、お父さん医者だろ。家だってめっちゃ大きいじゃん。イイジマの家は裕福じゃ無いし、それを気にしてるからな。お前に今更告白したのは、今までは尻込みしてて言えなかったって部分もあると思うぜ?」
確かにウチの父は医者だ。けれど、いわゆる患者の診察をする臨床医とは違い、大学でマニアックな研究をしているので決してお金持ちでは無い。家が大きいのだって、市内のハズレの山の麓に先祖からの土地があるだけだ。あんな土地、二束三文の価値も無いだろうに。
「いや、別にウチお金持ちじゃ無いし…。」
「お前はそう思ってても、他人から見たら違うんだよ。イイジマだって同じじゃん?あいつは別に自分がモテるなんて思って無いだろうし、そんな事をお前が気にしてるなんて微塵も思って無ぇよ。多分。」
モンちゃんは、更に熱く語り続けた。こんな彼は初めて見る。私は、その勢いに圧倒され何も言えなかった。
誰にだってコンプレックスやトラウマはある、と。
ハゲだとか、デブだとか、無職だとか、バツイチだとか。それから、どんなに口腔ケアしても口が臭いとか、丸顔な上にフトモモが太いとか、異様に毛が濃いとか、ババァだとか、ジジィだとか。
もちろんソレを拒絶する人も居るけど、相手によっては取るに足らないものどころかそこに魅力を感じてたりもする。でも、本人にとっては死ぬほどの悩みだったりも。
だけど、それを乗り越えたヤツだけがチャンスを得られるんだよ。
そのチャンスは、失敗する事もある。でも、失敗すら出来ずに「あの時こうしてれば…」なんて引きずりながら生きてくよりずっと良いって、俺は思うぜ?
それは恋愛に限った事じゃ無くて、新しい事を始めたいと思ったら何だって同じだろ。無理だと思って縮こまってたら、それが本当に無理な事なのかすら分らないまま終わるんだよ。
「そして俺は、女子アナと結婚するし!!」
自分でオチを着け、高笑いするモンちゃん。
私は衝動的に携帯を取り出し、一本の電話をかけた。
「……もしもし?」
電話口から、怪訝で不健康そうな相手の声が聞こえた。
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