【風水体験記#56】風水鑑定は、実は体力勝負である
こんにちは。常見多聞です。
イメージわかないかもしれませんが
実はタイトルの通りなんです。
風水鑑定はそんなに頻繁に出来ない
私はこれから以下に書く理由(気力体力)により
風水鑑定をそんなに頻繁にたくさん出来ない人です。
多くても3日に1件くらいで、
それ以上の頻度が続くと、間違いなくいつか倒れると思います。
3日に1件という頻度でも、ずっと続くと倒れるので、時々休まなければ自分の身体も、鑑定の品質も落ちると思います。
よく、1万件の風水鑑定をしてきました
なんてことを言う人もおられますが
それだと、1日1件の鑑定で30年くらいかかりますね。
私の中では絶対にあり得ないことです。
手を抜いて質の低い鑑定をし続けるならば、話は別ですが、、、
いやそれも罪悪感から無理かなと。
風水鑑定の場合は訪問をしますので
以下の理由からまず毎日は無理ですし、
1日2件まわったら、
次の日は絶対に休まないときつい。
(日程が重なる日も出てきてしまいますけど)
図面だけの鑑定もありますが、それでも
風水鑑定を私のようにがっつりやるのならば、
1件1件、体当たりで全力でやるのならば、
そんな毎日は出来ないんじゃないかと思います。
私は毎回個別に分厚い鑑定書を作成しますので
鑑定書作成に要する時間も長いです。
分析にも時間をかけますし
1件の鑑定に要する時間は、早くても数日です。
通常は鑑定書の到着まで、最低一週間は待っていただいています。
そして、これから書く体力的な面で、あまり忙しい頻度で風水鑑定は出来ません。
風水は「気をみる」ということなので
『風水先生』という本は、荒俣宏が中国の風水師の老師に色々と話を伺っている内容が載っています。
この本は一部誤解もありますが、
(それは置いておいて)
41ページにこのような文があります。
私が風水鑑定をするとき、まさに「気をよむ」作業をしています。
「問題は」と本にもあるように、このスキルを教えるのは、簡単ではなく、出来ない人がほとんどです。
私の場合は、色々とやってきたことが結集して、たまたま自然とそれが出来るようになってしまったのです。
その場に立つだけで、そこの風水の吉凶や、どのようなことを誘発しやすいのか、中国伝統風水のどの流派の理論に近いことが起きているのか。
運の悪い家や課題の多いオフィスはとても疲れる
そして風水鑑定は、まさにそこに改善を施すので
凶の場を身体で体験して、吉に変える作業をするエネルギーが必要ので、課題の多い家やオフィス など、ハードな体験をします。
このようなことが出来るようになった理由は2つあります。
1つ目は、私は二十歳の時から瞑想をしているので、瞑想にかなり慣れていること。
(ここだけの話、瞑想とは関係ないが、瞑想中に幽体離脱をしたことが何度かある)
修行系のことや心理セラピーなどのワークショップなどで、無意識的・潜在意識的な深い深い体験をたくさんしてきていた、ということ。
2つ目は、たくさんの家やオフィスを鑑定しているうちに、膨大な吉方位・凶方位の空間を身体で経験してきたことで、その場所に立つだけで身体が勝手に検索をして、どのタイプの場所なのかを判断出来るようになってしまった、ということです。
中国伝統風水では、各流派ごとに「盤」という風水の各方位の情報を導き出したシートを作成するのですが、
中国伝統風水では、この盤にも色々なものがあり
その中に「心盤」というものがあって、
方位磁石を使わなくとも、その場の情報判断をするものがあり、まさにこれはその場で「気をよむ」ということをしています。
中国伝統風水は理論武装がものすごいですが
それはあくまで土台であって
その気を理論上だけでなく、現実に感じて読んで対処することが
本来の風水鑑定ということになります。
中国伝統風水には100以上の流派がありますので
ある特定の流派だけを勝手に当てこんで
ここが吉です凶です、とやってはいけないわけで
実際にその場で起きている「気の現象」を読んで、どの流派の風水理論がよく表象されているかを判断していくわけです。
スピリチュアル的なリーディングや敏感な人の気をよむことと、風水の気をよむことは全く異なるということ
「気をよむ」というと、よくスピリチュアルな人のリーディングや、敏感な人が感じる気のようなものを想像する人もおられると思いますが、これらは風水の吉凶とは全く異なります。
理由は2つあります。
1つはここ↓で既に書いています。
2つ目ですが、昔私の友人が面白い格言を言っていました。
「私は見える見える、という人に限って、目の前の人の気持ちを察していないし、空気が読めない人ばかり」
まさに、と私も思うのですが
本当に「見える、感じる」人はそういうアピールなんてせずに、でしゃばらずに自然と察して距離感の調整や自然な気配りで場の気の調整をしているもので、自分が自分がと出てこないで、自然体でいる人が多いものです。
なので、私は見える感じる、という人ほど、風水の場の気には疎いです。
ちゃんとわかる人でも風水の吉凶の比較との体験の記憶が乏しいので、たまに一致することはあっても、数を繰り返すと判明しますが、風水の吉凶判断にまでは至れないのです。
また、、、もう1つあるとすれば
風水の情報は一枚岩ではないので
単に吉凶だけでなく、ある流派で吉だけど、別の流派で凶が混じり、そのどちらも本当に含んでいることが多いので、そういった意味からも複雑なので、専門知識と実体験を積まないと、気を読むには至らないわけです。
風水鑑定の現場では、全身でその人の生活を経験する
こういった理由から、私はその家やオフィスに訪問して、現場に立つことで、勝手に風水の情報と過去の鑑定の事実の記憶と体感覚が集合して、そこで起きていることを無意識的に体験している状態になり、基本的に疲れることが多いです。
課題問題のない家やオフィスはありませんので
その苦労が身に染みてくるのです。
特に運が悪い風水の現場の後は、帰りの電車で爆睡します。
疲れてしまって、全身がだるくなります。
たまに運のいい現場のあとは
ポカポカと心地よい状態で軽ーい感じて帰ることもありますが、
基本的に疲れることが多いです。
酷かった時は、一週間くらい風邪をひいていた時もあります。
人生相談の占い鑑定をしていた時は、悩んでいる人の気を受けてしまう人もいるようですが、私は一旦感じたとしても、ヴィパッサナー瞑想的な観察の視点に立って、流されたり気を受けることはなかったのです。
しかし、風水鑑定の場合は、その場の気をがっつりと感じて想像して判断をする時間とプロセスが濃いので、客観的視点にいつづけにくいことから、その場の気をしっかりと受け止めることになります。
それでわかってくることも沢山ありますし
風水の情報ではカバーしきれない情報まで得ることが出来るので、鑑定の質も上がりますし、たとえ体力の消耗が激しくとも、逃げずに積極的にやるようにしています。
過去にどこかのブログかメルマガでも同じようなことを書いていたので、
時々それを読んでいるお客さんから鑑定中に
「大丈夫ですか?今日は疲れてませんか?」
なんてことを心配そうに聞かれたりするんですが
にっこり笑って大丈夫です、と言って
帰りの電車で爆睡、あれっ?なんてこともあります(笑)
最後の風水鑑定のイメージ
このような感じで、体力勝負な風水鑑定ですが、
年々歳を重ねて、体力も落ちてくるでしょうから
無理をし過ぎないように、長く続けられるように気を配っています。
もしかしたら、私の人生の最後の風水鑑定は、
過去の全ての経験スキルを結集させてでないと解決できない大変な風水の家で、
体力いっぱいに消耗しながら、全力を出し切って、
お客さんは良い方向に向かってよかったよかったと喜んでる時に、私は体力尽きてこの世を去っている、なんてことになっているかもしれません。
もしそうなれたら本望です。
では、また🫡
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