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不食者の定義

こんにちは!
お気楽不食者のCHIKOTOです♪
(不食1年と3ヶ月)

不食者と聞くと
「全く食べない人。すごい!!」と思いますか?
いえ、不食とは「食べないこと」「食べない人」のことではありません。
※私の一日のルーティーンはコチラ

不食は断食とは全く違う

まず【不食】という言葉は
山田鷹夫さんが創った造語です。
2001年にかつて誰もやったことの無い
「人は食べなくても生きられるのか?」という疑問を抱いた山田さんが
自身の身体を使い実験をして
本当に【人は食べなくても生きられる】ことを身をもって理解したときに
創られた彼の造語なのです。
本当に凄い方です。

それまでは健康や修行のための「断食」という行為は世界中にありましたが、それは一時的な結果(健康や精神向上など)を得るためで
いずれは食べる生活に戻ることが前提です。
断食は「人は食べなければ死ぬ」という認識が前提でした。

●断食は「人は食べなくては生きられない」のに「食べるのを我慢する行為」
修行的、苦行的な行為。

●不食は「人は食べなくても生きられる」ので「食べるのを我慢しなくてもいいし、食べてもどちらでもいい」
お気楽な趣味、ライフスタイル。

【断食】と【不食】は似たように見えて全く違う意識なのです。
食べなくても生きられるという意識を
【不食】という言葉にしてくれたのが山田鷹夫さんなのです。


不食者の定義とは

今では不食(者)と言う言葉が一人歩きをして
「なにも食べない人」という間違った認識の方が多いように感じます。
この不食という言葉を創った山田さんの定義はこうです。

【不食者の定義】
不食で一番大切なのは形ではなく意識。
食べ物や水もまったく摂らない人から
水だけ飲む人
森美智代さんのように青汁一杯の人
果物だけの人
不食と微食を繰り返している人
現在不食で無くても不食を目指している少食者
不食の意識を理解できる人※意識とは「人は食べなくても生きられる」という意識
定期的に断食を行っている人

これらの人は不食者のグループに入ります。

食べない人たちビヨンドP141山田鷹夫さん/著

食べてしまう自分を責めないで!

私の所には
不食を目指している人から毎日のように
質問や相談などが寄せられます。
「不食になりたいけど、どうしても食べてしまう(涙)」と自分の精神力が弱いと言って自分を傷つけている人。
毎日、食べる事と戦っている人…etc

でも不食の生みの親、山田さんは上記(不食の定義)のように言っているんです。
皆さんが思ってる「不食者とは食べない人」ではないのです。
不食を信じて疑っていない、不食を目指している皆さんは
もう既に不食者なのです。
不食者か否かは問題で無い。

人にはそれぞれ持ってきた役目や、この世での楽しみがある。
「私は沢山美味しいモノを食べて楽しむ」と生まれた人。
「私は食べない人として新たな試みにチャレンジしよう!」と生まれた人。
「食べ過ぎて病気になって人の繋がりや愛を知ろう」と生まれた人もいるかも….
そこに良い悪いも、上も下も隔たりや違いは無いのです。
みんな素晴らしいのです。

何故不食が生まれたのか?

不食は私達が常識、当たり前だと思い込んでいた「固定観念」から目覚めるきっかけになる素晴らしいチャンスだと思います。
不食者さんたち皆さんがそう仰います。
不食になることが目的ではないのです。

私達は
「食べなきゃ死ぬ!」
「食べるためには働かなくてはならない!」
そのためには
「人に勝つ!」
「人から奪う!」
「いつかのために困らないようにため込んで(貯蓄して)おく!」
と思い込んで苦しんで囚われてきたのです。

でも不食【食べなくても生きられる】と知ったらどうですか?
苦しい想いはしなくて良いと気づくがはずです。

食べる事は生きる為と言うより楽しむためなんだからお気楽で良いと気づくはずです。

たった一粒の種を地球に蒔くだけで
種は何倍にも何百倍にも実をつけ葉をつけ
私達は飢えることはありません。
(恐怖をあおる言葉にふりまわされないで!!)

地球(マザーアース)は愛(太陽と水と空気)を
無限に用意してくれています。


植物は素晴らしい


【不食】は自分を責めたり苦しめることではありません。

【不食】という意識を持ったとき
心から自由でお気楽な人生が開かれるのです。



【お気楽不食〈完全版〉】が本になりました!!
食からの解放
不食とは囚われない自由な生き方




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