ふしっきーの2018年振り返り
どうも。ふしっきーです。某IT企業でエンジニアをしています。
今年は仕事やプライベートで色々あったので、後で感傷に浸るために書きなぐっておきます。
完全に自分用なので読みづらいと思いますがご了承ください。
書いてる途中で大分エモくなり長文になってしまった。
(はてブの方が良かったのでは説。今年の話じゃない話もしてる)
1月
この頃は業務的には某ホームページ作成サービスに所属しており
Webフロントエンド(AngularJs, React)からサーバーサイド担当(Golang, AWS)に転向し、ようやくサーバー業務に慣れてきた頃。
プライベートでは、趣味のブレイクダンスの発表会(ナンバー)の練習に勤しんでいた。基本的には週末深夜集合して朝まで練習なので結構きつかったがメンツの仲が良かったので楽しんで練習できた。
ちなみに前年の夏頃、たまたま道端で声を掛けられた縁で、そこまで大きいところではないが某芸能事務所に所属し演技の指導を受けていた。俳優として生きていく覚悟はなかったが勧誘がしつこかったこともあり、また芸能に興味がなかったわけではなかったので、流れで週一のレッスンを受けることになった。レッスンは結構本格的で純粋に勉強になることが多かった。
この頃エンジニアが本当にやりたかったことなのか?という自分への問いもあったので、自身の今後を考える上でもとりあえず別のことをやってみようという気持ちで引き受けた。
2月
会社で新規事業コンペみたいなものがあり、業務時間の合間をぬってそれのmock作りをしていた。内容的にはARを使ったBtoCのサービスで画像処理が必要だったので、慣れないiOS(c++, swift)と格闘していた。だが、その案も結局役員たちには刺さらずに結果ポシャる形になった。ポシャるのも一発NGというよりはダメだから再度考え直してきてというのを何度も繰り返し、都度事業案を考え直すのが辛かった。いっそ一発で終わった方が楽だったかもしれない。ARは前からやりたかったし、もしできるなら業務でやってみたかったが本業の業務が忙しくなっていたこともあり、なんとか時間を割きつつやった中で無くなってしまったので虚無感がすごかった。
3月、4月
ARの事業案がポシャったと思いきや、社内でARギルドというARの勉強グループの立ち上げの話を伺い、お誘いを受けた。喜んで加入、こちらは業務として行うというよりはリサーチや社内資産を活用したアウトプット作りと目的が明確で半年後に成果を発表するというもの。ギルドリーダーもARへの思い入れがすごく、しっかりした方で安心感があった。
プライベートではこのころ実家の建て直しがあった。築50年くらいの家なので流石に限界が来ていた。
このときの両親の荷物も含めて、運び出す荷物の量が多すぎて週末何週かかけて運び出すのがかなりしんどかった。
5月
GW、オーストラリア・メルボルンに旅行兼、現地にダンス留学した友達と現地のダンサーたちと交流。やはりダンスには言葉を超えたコミュニケーションの力がある。結構オーストラリアにダンス留学する人は多いらしい。
6月
業務ではサーバーサイドとして大型機能の課金機能のリリースがあった。この頃はAWS, CircleCI周りとひたすら格闘していた。リリース時多少トラブルがあり深夜まで対応したがなんとか収束した。
この頃、実は社内異動の相談を何度か人事やチームメンバーとしていた。チームメンバーには課金機能をリリースするまでは居てくれと懇願されていたため、ようやく使命を果たせて異動できる運びとなった。
少し逃げる形になってしまったが、チームメンバーは快く送り出してくれ送別会を開いてくれたことには感謝している。
大型リリースもつかの間、間髪入れずにARギルドの中間発表。発表のプレゼンターに任命されてしまったので、この頃はひたすらARに関する文献や記事をひたすら漁っていた。
このあたりからドタバタし始めた。
7月
7/1より、希望していたVR関連事業を行うグループ会社に異動。初めての出向だった。そのグループ会社のCTO(現上司)とは前々から異動したいと話をしていて2年越し?の念願がようやく叶った。こうしてWebフロントエンド、サーバーサイド含め約4年携わったサービスを離れた。
実は異動先の事業の方向性がどうなるかわからないという話を聞いており、正直異動しても何をやってもらおうか状態だったこともあり、なかなか異動できなかった節はある。そんな折、タイミング良く大型の開発案件が決まりまさにこれからやっていくぞ!という方針になった。
ちなみに今後確実に仕事が忙しくなるであろうから、1年弱前から所属していた芸能事務所を辞めた。芸能活動と聞いて華やかなイメージがあったが、実際には泥臭く演技の練習の日々。もともと俳優として食べていく覚悟もない中で所属し、ダンスの経験も活きてかそれなりのクラスに昇格したが、
クラスが上がるにつて暗記する台本の量が増え、これ以上やると業務に影響があると感じていた。そこにいる人たちは本気で食べていく覚悟のある人たちで、自分は完全に場違いだと思った。
こちらは結局なんの経歴もなく終了したが、良い経験にはなった。
8月
新しい職場では主にUnityを使った開発。今までのWebの世界とはまるで違う、新しい技術・面白いことばかりだった。自分に合っていると感じた。実は大学時代、テレビでAR・メディアアート系の研究室の特集があり、そこで研究したいと思って猛勉強しなんとかその研究室に入ることができたものの、自分の実力不足で結局そういった研究ができずに卒業したという経験がずっと後を引いていた。そんな中でそういった技術とは距離を取って今の会社に入ったが、やはりその時のやりきれない思いが拭えずにいた。
そんな中でこのような仕事ができることがとても嬉しかった。
そうやって仕事をしているうちに、猛暑のせいか異動で張り切りすぎたせいか、持病の胃腸炎が悪化し3週間ほど入院することになった。これからだって時にとても悔しい思いがあったが、上司は嫌な顔せずにお見舞いに来てくれた。本当にありがたい上司だと思う。今でもすごく良くしていただいており、感謝している。
ちなみに入院中は仕事せず治療に専念しろとのことだったので病室でCLANNADを全話見直し泣いていた。CLANNADは人生。
こっそりUnityの勉強はしていた。
9月
職場復帰したのもつかの間、ARギルド関連でMESONさん主催のUnity x AR勉強会でのLTの誘いがあった。あまり社外発表会に出たことはなかったが、今後もこの分野でやっていきたいという気持ちもあったので、発表する内容は決まっていなかったが引き受けることにした。俗に言う、締め切り駆動開発というものだ。効果てきめん。とにかく締め切りを決めてしまったらやるしかないのだ。シルバーウィークの連休でデモを作り上げ、その内容についてLTすることができた。(LT自体は10月)
またこの頃、職場で開発リーダー的ポジションだった某n君が多少バズった退職ブログとともに退職。まさに晴天の霹靂。これはかなり痛かった。
チームで彼が一番技術力があったし、レビューやドキュメント整理などを積極的に行ってくれており、彼無しでは開発が回るイメージが湧かなかった。僕は彼に本当に一目を置いていただが、僕が異動する前にはもう既に異動の意思は決めていたらしい。
10月
異動して3ヶ月経った頃、所属するグループ会社が「バーチャルYouTuber事業を手がけるグループ会社」と統合することになり10/1から所属が変わった。開発しているプロダクト自体は引き続き継続する傍ら、VTuberの技術周りの業務にも入るようになった。VTuberの機材検証や撮影など、初めて見学した時は感動した覚えがある。今まで全く知らなかった領域で見るものすべて新鮮だった。
この頃またまたARギルド周りで、技術書展でAR本の執筆依頼が来ていた。LTの件がありちょうどネタがあったので引き受けた。技術系同人誌とはいえ、本の執筆は初めてだったので、良い経験になった。また同内容でxR Teck Tokyoにてデモ展示させていただく機会もいただけた。
11月
業務を進める傍ら、11月末にデザインスクランブルというDeNAが主催するデザインフェスティバルがあり、そこで展示するインスタレーションを作って欲しいという依頼があった。こちらはAI x ARの新感覚インスタレーションで、それのARアプリの担当になった。本格的にUnityを触り出して4ヶ月ほどだが、腕試しがわりに引き受けさせていただいた。AIやサーバー担当のエンジニアが優秀だったのもあり、僕はAR部分の実装に集中させてもらえた。とはいえ当日の早朝まで追い込んでなんとか形にすることができた。この頃はとにかくドタバタしていた。(当日は奥の部屋で仮眠していた)
12月
Unity x AR勉強会でLTをしたご縁で、MESONさん主催のARミートアップのパネルディスカッションに参加してほしいという依頼を受けた。正直その頃そこまで人前で話せるような立場ではないと思っていたが、せっかくのご厚意なので引き受けることにした。先月は業務やデザインスクランブルの準備などがあって、AR関連のインプットがまったくできていなかったので、パネルディスカッションの一週間前から死ぬ気でインプットしたのは内緒。
インプットの甲斐もあってか、当日はそれなりの議論をすることができた。(少し話し足りないくらいだった)
こういったこともありMESONさんとは仲良くしていただいている。
パネルディスカッションが終わったのもつかの間、本業の方で年末ちょっとしたイベントがあり、その追い込み作業でひたすらに仕事をしていた。また上司にプロジェクトの開発リーダー的なポジションを任命されたが、チームメンバーの技術力の高さからプロダクトマネージャーとして動いた方が効率が高いと考えそれに尽力した。そんなこんなで一旦年内業務は終了。ドタバタすぎて正直燃え尽きた感があったので、年末年始は少しお休みしようと思う。
まとめ
とにかく色々あった一年だった。
ここまでもし読んでくれた方がいたならこう思うと思う。
「こいつは何がしたいんだ?」
僕もわからない。
ただ、やりたいことを探し続けてなかなか見つからなかったものがようやく見つかった気がする。
VR/ARの領域で頑張ってみようと思えた。
業務内容は今はまだ公表できないが、来年は公表できると思う。
来年はこれまでの経験を生かして色々なものを作って、もっとアウトプットをしたり社外に出ていきたいと思う。
ということで今後のふしっきーにご期待くださいませ。
読んでくれた方ありがとうございました。
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