第三十回 太宰治『世界的』

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前回の読書会で
「知識が増えれば傲慢になる」という話を聞いて、
しばらく考え込んでしまいました。

キリストをバックにつける不良少年

『不良少年とキリスト』において坂口安吾は太宰治について

 芥川も、太宰も、不良少年の自殺であった。
 不良少年の中でも、特別、弱虫、泣き虫小僧であったのである。腕力じゃ、勝てない。理窟でも、勝てない。そこで、何か、ひきあいを出して、その権威によって、自己主張をする。芥川も、太宰も、キリストをひきあいに出した。

キリストをバックにつけて、イバッていた不良少年と評しています。
才能を高く買いながらも「フツカヨイ」的な性質を勿体ながっていた。

その不良少年のフツカヨイぶりをこれでもか、と見せつけたのが、
本作『世界的』ではないかと思います。

傲慢さの手法:「世界はせまい」メソッド

通常、「傲慢さ」は「おれはすごい!神!」という自己陶酔から、
周りを見下すヤな態度を指します。
太宰治は『世界的』において、キリストをバックにつけて、
自らをアピールしながら
「世界もたいしたことない」と周りを下げているのです。
このマウントの拠り所となっているのが「知識の量」です。

情報への怖れ、その今昔

知識が多いと、なぜ威張れるのか。
それは「知は力なり」言い換えれば
「未知への怖れ」が根本にあるからではないでしょうか。

知っていることは強いことである。
古来より人類の最終目標は「不老不死」と「全知全能」
であったことからも知を畏怖(リスペクト)することは、
当然といえば当然だったのでしょう。

しかし、現代においてその畏怖の方向性が変容し始めているように感じます。

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(わたしの知るかぎり)
古くは『インディー・ジョーンズ4』(2008年)
『呪術廻戦』(2018年〜)
『チェンソーマン』(2018年〜)
などで「敵に膨大な情報をブチ込んで行動不能にさせる攻撃」が
見られるようになりました。

コンピュータと同じく人間にもメモリの限界があり、
処理できないほどの情報とタスクを送り込むとフリーズする、
という「新たな恐怖」が発想の根本にあるように思えます。

「セクハラ」「パワハラ」最近だと「モラハラ」など
「〇〇ハラ」隆盛の時代ですが、膨大な資料やメールで
攻撃する「インハラ(インフォメーション・ハラスメント)」
がそろそろ生まれるのでは、と予測。

なぜ知らない土地において「自分探し」が捗るのか

多すぎる情報へのメジャーな対処法は「取捨選択」です。
そのためには「指針」言い換えれば「定数」がないといけません。
例えば夕食のレシピ情報は無限大ですが、
「予算100円」「ダイエット」などの「定数」があれば、
検索をかけられますし、過去の自分の経験をもとに
「もやしとキャベツ炒め」もしくは「夕食を抜く」という
行動を起こすことができます。

太宰治の「世界はせまい」メソッド、
もっとポピュラーな言い回しだと「井の中の蛙」論は、
気持ちよく生きるためには合理的なやり方でもあります。
「自分は天才」で「世界はしょぼい」
存分に酔っぱらえる、というものです。

視点を変えると、
たとえば海外放浪をして、自分探しをするというのも、
理にかなっているように思えます。
「広い世界」に対して「定数」を定める必要がある。
手っ取り早いのは「自分」です。
自分を確固たるものにできれば
不安は減じるのでしょう。

逆に言えば、ずっと同質なコミュニティーに属していて、
不安を感じなければ「自分とはなにか?」という問いは不要ではないか。
それが幸か不幸かは別な話なのでしょうけど。

次回は魯迅さん(三度目ですが)

坂口安吾は『不良少年とキリスト』において、
最後に「学問とは限度の発見である」と説きます。

 原子バクダンを発見するのは、学問じゃないのです。子供の遊びです。これをコントロールし、適度に利用し、戦争などせず、平和な秩序を考え、そういう限度を発見するのが、学問なんです。
 自殺は、学問じゃないよ。子供の遊びです。はじめから、まず、限度を知っていることが、必要なのだ。
 私はこの戦争のおかげで、原子バクダンは学問じゃない、子供の遊びは学問じゃない、戦争も学問じゃない、ということを教えられた。大ゲサなものを、買いかぶっていたのだ。
 学問は、限度の発見だ。私は、そのために戦う。

「好奇心の命じるままにガンガン科学を発展させたれ!」ではなく、
科学も学問も人間が幸せにいきるための「手段」として捉える。
かなり「人文主義」的なアプローチです。

突き詰めると「道徳」や「名誉」の問題に絡んでくる領域。
そこのところを魯迅の『些細な事件』にて来週。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001124/files/43019_31643.html

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