ショートショート「逆さの世界」
4月からの新生活、良いスタートを切れるよう3月に僕は引っ越してきた。
楽しみにしていた初めての一人暮らし。もちろん不安もあるがこれからの未来にワクワクしている。
部屋は出来るだけ安く済むように不動産屋にお願いをしていて、引っ越し当日に初めて部屋に入った。
その部屋には鏡がなく、母が最新型の鏡を引越し祝いにプレゼントしてくれた。
最近テレビのコマーシャルでよく見るこの【鏡の世界と繋がる鏡】。何もしないと自分の顔が写るだけだが、横についてるボタンを押すとパッと自分の顔が消えて鏡の世界を覗くことができる。
何もかもが逆さの世界。この世界の人々のほとんどが左利きで、右利きの人はハサミやおたまを使うときに苦戦している。
「僕も鏡の世界の住人なら、ご飯食べる時に気を使わずに座れたのかな。」
と左利きが多い鏡の世界に少し憧れを持ちながら眺めていると、1人の少女が近づいてきた。
驚くことにこの鏡は、鏡の世界とコミュニケーションも取れるみたいだ。
彼女の名前はAOЯ。AOЯと書いて「ロア」と読むらしい。彼女は笑顔で鏡の世界のことを教えてくれた。気がつけば、AOЯと会話するのが日課になっていた。バイトから帰ってボタンを押すといつも鏡の前で待っていてくれた。
いつしかその鏡で自分の顔を見ることはなくなった。四六時中鏡の世界と繋がって、AOЯとずっと喋っていた。
次第にAOЯのことが好きになっている自分がいることに気づいた。でも彼女は鏡の世界の住人、この世界には来られない。
でも、この気持ちを伝えなくてはいけないという使命感に駆られ、告白をしてしまった。心から湧き出る言葉で告白した。
「私は大嫌いです。」
彼女にそう言われどうしたらいいか分からなくなり、何ヶ月かぶりにボタンを押して涙まみれの自分の顔が鏡に写った。
そこから僕は一切ボタンを押すことはなかった。彼女は鏡の前で待っていてくれたかもしれないのに。
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