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コンプライアンス違反の深層心理:なぜ人は嘘をつき、ルールを破るのか?

「なぜ、あの人は嘘をついたのか?」「なぜ、ルールを守れなかったのか?」

企業でコンプライアンス違反が発生するたびに、私たちはこれらの疑問を抱きます。しかし、その答えは単純ではありません。人間の心理は複雑で、コンプライアンス違反の背景には、様々な要因が絡み合っているからです。

この記事では、心理学の観点から、コンプライアンス違反に繋がる「嘘」と「自制心が働かない」メカニズム、そして、企業がコンプライアンス違反を防ぐためにできることはなにかについて考察したいと思います。


なぜ人は嘘をつくのか?人間社会を動かす隠れた原動力

進化心理学の観点からは、嘘をつくことは生存競争を生き抜くための適応戦略として発達してきたと考えられています。

例えば、

  • 食料の獲得: 嘘をついて獲物の居場所を偽り、ライバルを出し抜くことで、食料を独占し、生存確率を高めることができたと考えられます。

  • 配偶者の獲得: 自分の魅力を誇張したりすることで、より魅力的な相手を射止め、子孫を残す可能性を高めることができたと考えられます。

  • 集団内での地位向上: 自分の能力や実績を実際よりも大きく見せることで、集団内での地位を向上させ、より多くの資源や保護を得ることができたと考えられます。

  • 危険回避: 敵対的な集団や捕食者から身を守るために、自分の存在を隠したり、偽の情報を流したりすることで、生存確率を高めることができたと考えられます。

このように、嘘をつくことは、進化の過程で人間が生き残るために有利に働いた可能性があります。そして現代社会においても、嘘をつくことは、必ずしも悪いことばかりではありません。

例えば、

  • 円滑な人間関係の構築: 相手の気持ちを傷つけないための社交辞令や、相手を励ますためのお世辞は、人間関係を円滑にするための潤滑油として機能します。

  • 交渉やビジネスにおける戦略: 交渉やビジネスの場面では、自分の立場を有利にするために、ある程度の駆け引きや情報操作が必要となることがあります。

  • 創造性やイノベーションの促進: 嘘や空想は、新しいアイデアや発想を生み出すための触媒となることがあります。

しかし、これらの「嘘」は、あくまで社会的なルールや倫理観の範囲内で行われるべきものです。度を越えた嘘や、他人を傷つける嘘は、信頼関係を破壊し、社会的な制裁を受ける可能性があります。

特に、企業活動においては、コンプライアンス違反に繋がる嘘は、企業の評判や信頼を失墜させ、多大な損失をもたらす可能性があります。

この様に、私たち人類は「嘘をつく」のです。このことは、人類の生存メカニズムに組み込まれたプログラムなのです。このことを理解したうえで、適切な対策を講じることで、コンプライアンス違反のリスクを低減することができるといえないでしょうか。

つづいては、嘘の心理、特にコンプライアンス違反に繋がりやすい嘘を中心に、その背景にある心理を考察したいと思います。

コンプライアンス違反につながる嘘の心理

現代社会においても、嘘をつく理由は多岐に渡ります。

先ほどは、人類進化の適応戦略において人間関係を円滑にするために獲得した「嘘」の機能について触れましたが、ここでは、特にコンプライアンス違反に繋がりやすい嘘を中心に、その背景にある心理を詳しく解説します。

1.自己防衛

  • 失敗や責任の回避: 仕事でミスをした時、納期に間に合わない時、あるいは不正行為を行ってしまった時など、自分が責められるのを恐れて嘘をつくことがあります。これは、自分の評価を下げたくない、責任を負いたくないという心理が働いているためです。

  • 保身: 自分の立場や評判を守るために嘘をつくことがあります。例えば、パワハラやセクハラなどの問題行動を隠蔽したり、過去の経歴を偽ったりする場合です。これは、自分のイメージを守りたい、あるいは失いたくないという心理が働いているためです。

2.印象操作

  • 承認欲求: 他人から認められたい、評価されたいという欲求から嘘をつくことがあります。例えば、SNSで自分の生活を実際よりも良く見せたり、仕事での成果を誇張したりする場合です。

  • 競争心: 他人に負けたくないという競争心から嘘をつくことがあります。例えば、ライバルよりも優れているとアピールするために、自分の能力や実績を偽ったりする場合です。

3.自己利益の追及

  • 金銭的な利益: お金を得るために嘘をつくことがあります。例えば、不正会計や詐欺、横領などです。

  • 地位や権力の獲得: より高い地位や権力を得るために嘘をつくことがあります。例えば、ライバルを陥れるために嘘の情報を流したり、上司にゴマをするために虚偽の報告をしたりする場合です。

4.人間関係の維持

  • 相手への配慮: 相手の気持ちを傷つけたくないという思いから嘘をつくことがあります。例えば、本音を言わずに相手の意見に合わせたり、お世辞を言ったりする場合です。

  • 対立の回避: 意見の対立や衝突を避けるために嘘をつくことがあります。例えば、本当は反対の意見を持っているのに、それを隠して同調したりする場合です。

これらの嘘は、一見すると無害に見えるものもありますが、状況によっては深刻な問題に発展する可能性があります。特に、企業におけるコンプライアンス違反は、組織全体に大きな損害を与えるだけでなく、社会的な信頼を失墜させることにも繋がります

嘘をつく心理を理解し、その背景にある要因(自己防衛、自己利益の追求を許す、正当化させる職場環境がどこにあるのか等)を把握することで、企業はより効果的なコンプライアンス対策を講じることができます。

つづいては、多くの方が疑問に思う、「どうして嘘をつく人は理性や自制心が働かないのか」について述べたいと思います。

自制心のリミットを外す脳のメカニズム

自制心とは、目先の欲求を抑え、長期的な目標を達成するために必要な能力です。ダイエット中の甘い誘惑を断ったり、締め切り前の遊びの誘いを断ったり、私たちの日々の生活は自制心との闘いの連続と言えるでしょう。

しかし、この自制心は鋼鉄のように強固なものではなく、ガラス細工のように繊細で、様々な要因によって簡単に揺らいでしまうことがあります。

その要因の一つが、私たちの脳の構造にあります。

人間の脳は、大まかに「大脳辺縁系」「前頭葉」という二つの領域に分けることができます。大脳辺縁系は、食欲や性欲などの本能的な欲求を司る領域であり、一方、前頭葉は思考や判断、感情のコントロールなど、高度な精神活動を担う領域です。

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自制心は、主に前頭葉の働きによって発揮されます。前頭葉は、目先の欲求を満たしたいという大脳辺縁系の衝動を抑制し、長期的な目標を達成するための行動を選択する役割を担っています。

しかし、この前頭葉の機能は、常に安定しているわけではありません。ストレスや疲労、睡眠不足、感情的な動揺などによって、前頭葉の機能は低下し、自制心が弱まってしまうことがあります。

例えば、仕事で大きなプレッシャーを感じている時や、人間関係でトラブルを抱えている時などは、前頭葉の機能が低下しやすく、衝動的な行動に走ってしまうことがあります。また、アルコールや薬物も、前頭葉の機能を抑制し、自制心を低下させることが知られています。

コンプライアンス違反はしばしば、短期的な利益追求や保身のために長期的なリスクを見過ごすことから生じます。不正会計や情報漏洩はその典型例です。しかし、これらの問題は個人の自制心の欠如だけでなく、企業文化や職場環境が影響を及ぼすことも少なくありません。

日本のように相互扶助や利他主義、誠実性を重んじる職場では、従業員のモラルが向上し、コンプライアンス違反が抑制される傾向にあります。逆に、ハラスメントや不正が容認される、または競争が過度に煽られる環境では、従業員の自制心が損なわれ、違反行為が増加することがわかっています。

かといって、コンプライアンス研修を「(従業員が)悪いことをする可能性があるから防ぐために行うべし」というネガティブな前提で行われると、従業員からの抵抗に繋がることがあります。

日本文化では、集団への帰属意識や仲間意識が強く、個人の行動が集団に与える影響を深く意識するため、自尊心を刺激するアプローチが自制心を促す鍵となります。

したがって、企業が従業員に倫理的な行動を促すためには、ルールや罰則の説明だけではなく、組織への有効感や自己効力感を高めるアプローチも同時に行う必要があります。これにより、従業員は「仲間のために」という意識や「誇りを持つ行為」について理解が深まり、自発的にコンプライアンスを遵守する動機形成が促されるのです。

では次に、従業員が自主的に倫理的な選択をするための環境整備と、企業がコンプライアンス違反を未然に防ぐための具体的なアクションについて考察します。

コンプライアンス違反を防ぐために、企業ができる具体的な5つのアクション

繰り返しになりますが、コンプライアンス違反は、企業の評判や信頼を損ない、多大な損失をもたらす可能性があります。しかし、適切な対策を講じることで、そのリスクを大幅に低減することができます。

ここでは、企業がコンプライアンス違反を防ぐために、具体的にどのようなアクションを取ればよいのかを解説します。

1. 従業員が仕事や会社に誇りを持つ仕組みづくり

  • 企業理念・ビジョンの浸透: 社員一人ひとりが企業理念やビジョンを理解し、共感することで、会社への帰属意識や誇りが生まれます。定期的な説明会やワークショップを開催し、理念やビジョンを共有する機会を設けましょう。「パーパス経営」の手法を取り入れると参考になります。

  • 従業員の声を聞く仕組み: 社員満足度調査や意見交換会などを通じて、従業員の声を積極的に聞き取り、改善に繋げましょう。従業員が自分の意見が尊重されていると感じることが、会社への愛着や誇りを育みます。

  • キャリアパスの明確化: 従業員が自分のキャリアパスを描き、成長を実感できるような仕組みを構築しましょう。研修制度やメンター制度などを活用し、個々の成長をサポートすることで、会社への貢献意欲を高めることができます。

2.経営陣が取るべき行動

  • トップのコミットメント: 経営トップが率先してコンプライアンスを重視する姿勢を示すことが重要です。トップ自らがコンプライアンスに関するメッセージを発信し、社員の模範となる行動を示しましょう。

  • 透明性の確保: 経営情報は可能な限り開示し、透明性を確保しましょう。情報公開は、社員の信頼感を高め、不正行為を抑止する効果があります。

  • 倫理的な意思決定: 経営判断においては、短期的な利益だけでなく、長期的な視点で倫理的な判断を下すことが重要です。倫理的な経営は、企業の持続的な成長に不可欠です。

3.社内教育プログラムの見直し

  • 体験型研修の導入: 従来の座学形式の研修だけでなく、ロールプレイングやグループワークを取り入れた体験型研修を導入しましょう。体験を通じて学ぶことで、より深い理解と行動変容を促すことができます。

  • 事例に基づいた研修: 自社や他社で実際に起こったコンプライアンス違反事例を題材にした研修を実施しましょう。具体的な事例を学ぶことで、より現実的にリスクを認識し、適切な判断ができるようになります。

  • 継続的な学習機会の提供: コンプライアンスに関する知識やスキルは、常にアップデートしていく必要があります。eラーニングやオンラインセミナーなどを活用し、継続的な学習機会を提供しましょう。

4.コンプライアンス体制の整備

  • リスクアセスメントの実施: 自社の事業活動におけるコンプライアンスリスクを洗い出し、優先順位を付けて対策を講じましょう。

  • 内部通報制度の強化: 内部通報制度を整備し、従業員が安心して違反行為を報告できる環境を作りましょう。通報者への保護を徹底し、報復行為を防止することも重要です。

  • コンプライアンス戦略の策定と推進体制の構築: コンプライアンスに関する専門知識を持ち、全体を俯瞰できる人材や組織を配置し、戦略策定から実行、評価まで一貫した体制を構築することが重要です。

5.ウェルビーイング推進との連携

  • メンタルヘルス研修の実施: ストレスマネジメントやメンタルヘルスに関する研修を実施し、従業員の心の健康をサポートしましょう。

  • カウンセリングサービスの利用: 従業員が安心して相談できる外部のカウンセリングやコーチングサービスを導入することも有効です。

  • ワークライフバランスの推進: 働き方改革を推進し、従業員が仕事とプライベートを両立できる環境を整えることで、ストレス軽減に繋がります。

なんだ、当たり前のことが言われているじゃないか、と思う方もいるかもしれません。

ですが、実際に戦略的に自社の実情に合わせて取り組まれている企業は、正直なところ、意外と少ないように思います。というのも、これらの施策は、コンプライアンス推進部署単体だけでは取り組めないからです。

これからの時代、コンプライアンスは、旗振り役の推進部署だけが取り組むことではありません。コンプライアンスを「経営課題のひとつ」としてとらえ、企業全体で取り組むことが大切です。

その際、すべて全方位網で一気呵成に取り組むのではなく、自社の実情に合わせてこれらのアクションを組み合わせ、優先順位をつけて実践することです。

そうすることでコンプライアンス違反のリスクを低減し、健全な企業経営が実現されるのです。

コンプライアンスは私たちを守る「心の羅針盤」

今回のnoteでは、「コンプライアンス違反の深層心理:なぜ人は嘘をつき、ルールを破るのか?」と題し、私たちが陥りがちな心の落とし穴ともいえる嘘をつく、自制心が働ないメカニズムと、それを回避するための具体的な方法について探ってきました。

繰り返しになりますが、人は誰しも、プレッシャーや誘惑に駆られ、時に嘘をついたり、自制心を失ったりすることがあります。

それは決して特別な誰かの問題ではなく、脳科学や心理学の観点からも、私たち人類が抱える普遍的な課題と言えるでしょう。

しかし、だからといって諦める必要はありません。私たちは、自分の心の動きを理解し、感情をコントロールするスキルを身につけることで、倫理的な行動を選択し、より良い未来を築くことができるのです。

仕事柄、私は多くのビジネスパーソンがコンプライアンス違反という落とし穴を回避できるようサポートしてきました。そこでは、共感力を高め、感情をコントロールし、倫理的なジレンマを乗り越える力を鍛えることを大事にしトレーニングをしています。

例えば、ある社員が不正行為の誘惑に駆られたとします。

共感力があれば、 不正行為が会社や同僚に与える影響を想像し、被害者の立場に立って考えることができます。また、自分の感情をコントロールをする力が養われていたら、不正行為によって得られる一時的な快楽よりも、長期的な信頼関係や自分の価値観を優先することができます。そして、不正行為をしないという倫理的なジレンマを乗り越える選択ができれば、自分自身や会社にとって最善の道であると判断することができます。

このように、共感力、感情コントロール、倫理的ジレンマを乗り越える力は、倫理的な行動を促進し、責任感を持って行動する基盤となるのです。

つまり、コンプライアンスは、単なるルールや罰則ではありません。それは、私たち自身を守り、企業を成長させ、そして社会全体をより良い方向へと導くための「心の羅針盤」なのです

また、心の羅針盤は時折メンテナンスや確認が必要です。このメンテナンスや確認を怠ると、時代遅れであったり、ゆがんだ羅針盤になってしまうことがあります。私自身も、羅針盤のメンテナンスのために、世の中の出来事や多様性に触れて、心の羅針盤が狂わないようにしていく努力をしていきたいと思います。

この記事が、あなたの心の羅針盤を磨き上げ、コンプライアンス違反という落とし穴を回避するための一助となることを願っています。

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