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春節の龍舞団

待ち合わせの本屋に到着する寸前、目の前を走っていたおんぼろトラックが路肩に停まった。反射的にバイクを停めたのは、直射日光が降り注ぐトラックの荷台に春節の龍舞団の一行が溢れんばかりに乗っていたから。昔から私は龍舞が好きなのだ。

春節を2日後に控え、中華系の商店が多いワローロット市場やトンラムヤイ市場周辺はすでに各店の軒先に赤い提灯や、「福」などの縁起の良い文字が書かれた赤いお札、赤い紙でできた龍やパイナップルの飾り物などがぶら下がっていて、赤一色である。そんな市場周辺には中国廟が二か所あり、そこを中心に即席のステージや屋台街が設けられ、春節の期間は昼夜を問わず賑わう。

小さなおんぼろトラックから、金の龍と銀の龍、中華獅子舞のチームがぞろぞろと下りてきた。こんなに乗っていたのかと驚く。

チェンマイの春節を賑わす龍舞・獅子舞は、迫力の雑技も見せるナコンサワン県からの一団が有名だが、今、目の前にしているのはそのチームより規模が小さく、年配の人も若手も入り混じっている。二十歳前後くらいの女の子もいて、聞けばはるばるバンコクから来たのだとか。まさかこのボロいトラックで、じゃないと思うが。

全員がトラックを下りたら、さっそく龍舞と獅子舞の行進が始まった。

龍には頭部と長い胴体に数本の支え棒がついていて、その棒を担ぐ人たちが息を合わせ波打たせながら泳ぐように進む。

この龍舞団は小さめの編成で、ひとつの龍を4人で動かしていた。大きく立派な龍の頭を持つのは、髪を赤く染め、ピアスをした30代くらいの機敏な感じの男性で、リーダー然とした凛々しい顔立ちをしている。一方、真ん中二人は始終笑顔の歯が抜けた小柄なお爺さん、龍の尾を持っているのはさっき話をした女の子だった。見るからに雑技抜きのお布施収集担当っぽいゆるい構成だ。いろんな人がいるようだが、みんな家族なのか、春節の期間だけ集まって巡業しているのか気になるところだ。

春節の龍が街中をだらだら歩いているのを私は見たことがない。リヤカーに乗せた太鼓とチャイナシンバルの刻む軽快なリズムに乗って颯爽と街を駆け抜ける。途中、新年の幸せや商売繁盛を願う中華系の商店を一軒ずつ回っていく。どれほど歩くのかは分からないが、比較的涼しい季節とはいえ、日中の炎天下に長袖長ズボンというお揃いのいでたちで、龍を支えながらアスファルトの道を練り歩くのは大変そうだ。足元はみんな歩きやすそうなスニーカーである。

金と銀の龍は二手に分かれ、金の龍は道を渡って古本屋の奥へと入っていった。本に埋もれた埃っぽく薄暗い小さな店と金色のど派手な龍との不思議なコントラスト。尻尾は入りきれずまだ店の外である。天井が低く狭い店内を、リーダーは龍の頭を持ったまま腰を屈めて、まるで地を這う蛇のように移動している。

それにしても店の中に龍が入ってくるなんて、いかにも縁起がいい光景である。龍にお布施を弾みたくなりそうだが、さて当事者はどんな気持ちなのだろう。

古本屋の中を這うようにぐるりと回って龍が出てきた。そのまま付いて行きたいが、すでに待ち合わせの時間が過ぎている。そんな私に、龍の尾っぽを持った女の子が、笑いながら手を振ってくれた。


春節の金龍ナイキのスニーカー

春節の龍の尾高く駆る乙女


寝てる?春節の縁起物が売られている


銀の龍は反対側を。手分けして進む。
狭っ。
古本屋さん終了。次!

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古川節子
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