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【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session29】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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2016年(平成28年)02月19日(Fri)雨水

 暦の上では雨水で、空から降る雪も雨へと変わる時期と言われていますが、この時期は一年で一番寒い時期でもあり、それは東京でも例外では無かった。学はこの日、午後から新宿にある自分のカウンセリングルームへと向かった。

 この日のニュースでは、自民党の丸山参院議員による「アメリカは黒人が大統領になっているこれ奴隷ですよ・・・」といった国会議員としてあるまじき発言や安倍首相は衆院予算委員会で、民主党の中川衆院議員(元 文部科学相)が16日に「首相の睡眠障害を勝ち取りましょう・・・」と言った発言に対し、「わたしをそういう状況に陥れようと考えているのか、人権問題だ! わたしにだって家族がいる」と強い口調で反発するなど、学は国会議員が人格者だとはとても思えないと思っていたのである。
 そしてこのようなひと達が国政を動かしていると思うと、日本の将来は「ますます貧富の差が広がり、人権すら脅かされない国」になるのではないかと危惧するのであった。

 学は午後のカウンセリングを一通り終え、じゅん子ママのお店へ『出張カウンセリング』に行く為の準備をしていた。この日のじゅん子ママへのカウンセリングが、ひょっとしたら最後になるのではないかと学は感じたからだ。それは彼女が地下鉄サリン事件(オーム真理教)で受けたトラウマが、かなり介抱へと向かっていたからであった。
 そして今日のカウンセリングをどのように行うか考えながら、じゅん子ママのお店がある銀座へと向かったのだ。銀座に辿り着き、学はじゅん子ママのお店『銀座クラブ マッド』へと入っていった。

倉田学:「こんばんは倉田です。じゅん子さんいますか?」
若いホステス:「こんばんは倉田さん。お久しぶりです」
倉田学:「なんか嬉しそうですね」
若いホステス:「ええぇ、わかります。実は今日、彼の両親が新潟から東京に来ていて初めて会ったんです」
倉田学:「そうなんですか」
若いホステス:「それで今度、このお店に来たいって」
倉田学:「良かったですね」
若いホステス:「それで、彼の実家に一緒に来ないかって言われて」
倉田学:「そうすると、このお店を辞めて新潟に行くんですね」
若いホステス:「それが、いろいろとあって。まだ決めてないんです」

 学はそれについて聴きたい部分もあったが、これ以上聴くことはしなかった。何故なら学のカウンセラーとしての『防衛機制』が働いたからである。クライエントから話を聴く際に、ミスリードすることを本能的に避けようと言う意志が働いたからであった。そして学は次のように述べた。

倉田学:「幸せを掴むのは自分自身だと思います。自分の無意識が教えてくれると思いますよ」
若いホステス:「わたしの無意識ですね。自分に問い掛けてみます」

 そう若いホステスは学に言って、じゅん子ママを呼びに行ったのだ。じゅん子ママはホールの奥の方から、学のいる入口傍まで近づいて来てこう言った。

じゅん子ママ:「すいません。お待たせしてしまって」
倉田学:「いえいえ、大丈夫ですよ」
じゅん子ママ:「それでは今日も宜しくお願いします」
倉田 学:「こちらこそ、宜しくお願いします。では早速、カウンセリングを始めたいと思います」

 そう言うとじゅん子ママは、学を何時ものように奥の方の小さめの個室へと案内したのだった。まず、学はじゅん子ママをリラックスさせるため瞑想を一緒に行った。そしてこころを整えてカウンセリングに入って行ったのだ。じゅん子ママは、地下鉄サリン事件(オーム真理教)の当時の出来事にタイムスリップして行ったのである。そしてその当時の出来事がありありと蘇って来たのだ。

じゅん子ママ:「わたしの乗った日比谷線が『霞ヶ関駅』に着く前にとんでもないことに・・・。何が起きたの? 電車が止まり『築地駅』で多くのひとが倒れてる。わたし死ぬかも知れない」
倉田学:「大丈夫です。あなたは今、誰にも邪魔されない安全な場所に居ます」
じゅん子ママ:「そう言えば、あのひとは? あの大切なひとは?!」
倉田学:「大切なひととは誰でしょうか?」
じゅん子ママ:「あのひとよ。『霞ヶ関駅』で待ち合わせていたわたしの大切なひと・・・」
倉田学:「そのひとが、どうされましたか?」
じゅん子ママ:「そう彼は千代田線に乗って、『霞ヶ関駅』まで来るはずだった。しかし手前の『国会議事堂前駅』で、あの地下鉄サリン事件(オーム真理教)に遭遇して。うゔ うゔ・・・」
倉田学:「大丈夫ですかじゅん子さん。あなたは今をちゃんと生きています。そして、こうやって自分の過去とちゃんと向き合っています。あなたには幸せになる権利があるのです」
じゅん子ママ:「でもあのひとは、あのひとはもう戻ってこない。今もなお病院で眠ったままで。あのひとを置いて、わたしだけ幸せにはなれない」
倉田学:「あなたの周りには、あなたを必要とするひと達がいます。そのひと達のためにも、あなたは幸せにならなければならない。それが生かされた、あなたの使命だとわたしは思います」
じゅん子ママ:「わたしは幸せになってもいいのかしら?」
倉田学:「地下鉄サリン事件(オーム真理教)で犠牲になったひと達のためにも、あなたはしっかりと生きる必要があります。そう生きることが、あなたには出来ますか?」
じゅん子ママ:「わたしは幸せになってもいいんですね。あのひとの分まで生きていいんですね。そしてあの事件で、今も苦しんでいるひと達の分まで生きていいんですね」
倉田学:「そうです。あなたも今まで苦しんで来ました。これからは自分のために生きてください。きっとそれが、残された者の使命だとわたしは思います」

 こうしてじゅん子ママは自分のこれからの人生を生きることを、自分で受け入れて行ったのであった。学はカウンセリングが終わった後に、じゅん子ママに聴いたのだ。

倉田学:「あなたは今、あの時の出来事に不安を感じますか?」
じゅん子ママ:「わからないけど、前みたいな感情は無くなったかも知れません」
倉田学:「もしあなたが望むなら今度、地下鉄の改札まで行って、地下鉄に乗ってみませんか?」
じゅん子ママ:「・・・・・・」

 じゅん子ママは少し考え静かに頷いたのだった。学には彼女の不安そうな表情を伺うことが出来たのでこう付け加えた。

倉田学:「僕も一緒に行きますので大丈夫です。あなたはもう、この問題を自分の中で解決出来ているはずです。そしてあのひとの分まで生きましょう」

 そう言うとじゅん子ママの瞳からどっと涙が溢れ出て、今までの年月の辛い経験を洗い流して行くように学には感じられたのだ。こうして学とじゅん子ママのカウンセリングは終わりを告げた。学は今までのじゅん子ママとのカウンセリングが、走馬灯のように浮かんで来た。彼女の普段の気丈な姿とは違うこころ優しい、そして人情あふれる姿を学には観せてくれたからだ。

 帰り際にじゅん子ママから少し飲んで帰らないか誘われた。学は断ることはしなかった。そして何時ものようにカウンターの席に座ったのである。じゅん子ママがバーテンダーにイチローズモルトをご馳走するように言ったのだ。

じゅん子ママ:「イチローズモルトのとっておきの出してあげてちょうだい」
バーテンダー:「ママ、本当に『イチローズモルト秩父ザ・ファースト』でいいんですよね」
じゅん子ママ:「ええぇ、もちろん。大切なお客さまですから・・・」

 そしてこう学に言ったのだ。

じゅん子ママ:「今からお店に流す曲は、わたしの好きな唄なの。わたしにこの唄ぴったりでしょ」

 そう言うとじゅん子ママは、バーテンダーに何時もの曲をかけさせたのだった。その曲とは、中島みゆきの『夜風の中から』と言う唄であった。

じゅん子ママ:「わたしこの唄を聴くと、あのひとのことを思い出すの。あのひとと過ごした大切な時間を・・・」

 そう言ってじゅん子ママは学の方を向いて、グラスを学の前にそっと置いたのである。学は何も言わず、じゅん子ママの差し出したお酒を見つめた。グラスの中の氷がキラキラと輝き、その輝きはお店の照明に照らされ万華鏡のように色々な光を反射しているのであった。
 そしてアルコールの深みと熟成されたまろやかさ、ピート感を感じることが出来たのである。またミズナラならでわのオリエンタルな香りも感じ取ることが出来たのだ。こうして長い夜が更けて行くのであった。学はこの日、三杯お酒を飲んだ。もちろん『三本締め飲み』で三種類の飲み方を味わったのであった。


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