【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session38】
※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。
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※前回の話はこちら
2016年(平成28年)04月14日(Thu)
四月も中盤に入り、外は陽気に満ち溢れ暖かな日差しが差し込める中、学のカウンセリングルームがある新宿オフィス街も落ち着きを取り戻しつつあった。
この日、学は午後のカウンセリングを終えて、夕方から銀座にある美山みずきのお店『銀座クラブ SWEET』で出張カウンセリングを行う為、学は銀座8丁目に向かったのだ。学はみずきから引き続き、のぞみの発達障害についてのフォローをお願いされていたので、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』に訪れたのだった。そして学はお店の中へと入っていった。
倉田学:「こんばんは倉田です。のぞみさんの件で来ました」
ゆき :「こんばんは倉田さん、お久しぶりです。のぞみさんの件ですね。みずきママ呼んで来ますね」
倉田学:「はい、宜しくお願いします」
こうしてゆきは学を入口のところで少し待たせ、そしてしばらくするとみずきが姿を現したのだ。その姿を観た学は、みずきの相変わらず端正な姿と顔立ちに少し見とれてしまった。それは彼女の中にある芯の強さと美しさを兼ね備え、彼女の内面が外に現れているように学には感じられたからだ。そしてこの時、学は昔聞いたことがあるこの言葉を思い出したのだった。その言葉とはアメリカ大統領リンカーンの言葉であった。
リンカーン大統領:「人間は四十歳を超えたら、その人の人格(人間性)が表情となって顔に現れる。だから四十歳を超えたら、自分の容姿に責任を持つのは自分自身である」
このような内容であったのだ。学自身もこの言葉に頷ける点が多いと感じていた。わたし達は色々な化粧品やサプリメントで、自分の容姿や健康をコントロールしようとしているひと達が多いかも知れない。しかしそれは根本的な解決ではなく、自分自身を磨く努力をしなければ、いくら誤魔化すことは出来ても結局は自分の在り方が全てではないかと、学は今まで心理カウンセラーとしてクライエントを観て来て、そう感じることが多いからであった。そして学自身もクライエントから教わることが多く、自分も日頃から謙虚に、そして真っ直ぐな気持ちで居続けようと思っていたのだ。そんなことを考えていると、みずきは学の元に近づきこう言った。
美山みずき:「お久しぶりです倉田さん。お元気でしたか?」
倉田学:「こんばんは美山さん。お久しぶりです」
美山みずき:「倉田さんわたしのこと、どう思いますか?」
倉田学:「えぇ、どうって。素敵な女性だな、と」
美山みずき:「心理カウンセラーとしての倉田さんじゃなくて、ひとりの男性としてわたしのことどう思ってるんですか?」
倉田学:「『パス』していいですか」
美山みずき:「わかったわ。『パス』してもいいけど、その代わりに今度から、わたしの名前を呼ぶとき下の名前のみずきって呼んでください」
倉田学:「わかりましたみずきさん」
美山みずき:「倉田さんから下の名前で呼んで貰ったの、これで三度目かしら」
倉田学:「そうでしたっけ?」
美山みずき:「そ・う・よ。でも今度から、ずぅーとみずきで呼んで貰いますからね。これで倉田さんとわたしの距離、少し縮まったかなぁ?」
倉田学:「僕にはわかりません」
美山みずき:「わたしの中では縮まったから嬉しいわ」
こうみずきは学に告げたのだ。学は特にこのことに対し嫌な気持ちは湧かなかったが、みずきが自分に対してどの程度の好意を持っているのかまでは推し量ることが出来ず、みずきの学に対する気持ちを読み取ることは出来なかったのであった。そして学はお店の中へと案内されたのだ。学が案内されたのはお店の奥の方にある個室で、少しするとのぞみが姿を現したのだった。
のぞみ:「こんばんは倉田さん。こないだのホワイトデーのお返し、『ヘルプマーク』ありがとう御座いました」
倉田学:「こちらこそ。その後、僕からの『お守り』は役立っているのかな?」
のぞみ:「カバンに何時も付けてますよ。地下鉄とかで体調がすぐれない時、この『ヘルプマーク』を付けていると優先席に少しは座り易いかな」
倉田学:「そうだよね。見た目で発達障害かどうかなんて判らないもんね。それに『ヘルプマーク』を付けずに優先席に座ったら、周りのひと達の視線が気になりなかなか座りづらいと思うし」
のぞみ:「そうなんです。気分的にだいぶ違うんです。わたしこの仕事してるから家に帰る時間が遅く不規則なんです。だから体調を崩す日もあって」
倉田学:「そうなんだ。今何か困っていることはあるの?」
のぞみ:「これから暖かくなるとアトピーがひどくなるんです。だから皮膚科でステロイドを貰って、それで抑えてるんです」
倉田学:「その皮膚科の先生は何て言ってるの?」
のぞみ:「昔からだからアレルギーか体質じゃないかって」
倉田学:「僕は医師では無いからはっきりしたことはわからないけど、発達障害の二次障害として感覚過敏や感覚鈍麻などがあるんだけど聴いたことある?」
のぞみ:「そうなんですか。初めて聴きました」
倉田学:「発達障害の二次障害には睡眠障害なんかもあるけど、発達障害によりこころのバランスを崩した時に、他の障害も併発するケースが多いんだよね。僕はその二次障害も発達障害の特性だと思っているんだよ」
のぞみ:「じゃあ、わたしのアトピーも発達障害の二次障害なんですか?」
倉田学:「僕は医師では無いからはっきりしたことはわからない。可能性の話をしただけです。そしてのぞみさんのような夜遅い不規則な生活だと、発達障害を持っているひとは特にストレスなどを貯めやすい傾向があると言うのは間違いないと思いますよ」
のぞみ:「では、わたしはどうしたらいいのでしょうか?」
倉田学:「今後のぞみさんにどのようなサポートが必要か、その為に僕が居るんです。そして僕はあくまでのぞみさんの中にある可能性を引き出すお手伝いをさせて頂くだけなんです」
のぞみ:「はあぁ、そうなんですか」
倉田学:「のぞみさん。その為には自分のことをもっと良く知っておく必要があります。自分はどう言ったことが得意で、どう言うことが苦手か、そしてその時の対処法を」
のぞみ:「わかりました。今後も宜しくお願いします」
こうして学とのぞみのカウンセリングは終わったのだ。帰りがけに学は、みさきから声を掛けられた。
みさき:「少しお話する時間はあるでしょうか?」
倉田学:「ええぇ、大丈夫ですけど」
みさき:「では、奥のカウンターの席で待ってて貰えますか」
倉田学:「はい」
学はみさきに案内され、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』のカウンター席の奥の方に座り、ウイスキーのロックをバーテンダーにお願いしたのだ。そしてバーテンダーは、学の座る席の目の前にそっとグラスを置いた。学は何時ものように、お店の照明でキラキラと反射する氷の動きを眺めながら、ゆっくりとした時間の流れを楽しんでいたのであった。
その少し前に学は、バーテンダーが四角い氷を彫刻家のようにアイスピックだけで球状の形に整えて行く作業を観察することが出来た。それはまるで芸術家がアートを生み出す光景と同じで、学はその様子を見つめ、バーテンダーの「動作」「仕草」「呼吸」と全てにおいて同調させて行き、バーテンダーの動きを「モデリング」することが学には出来たのであった。しばらくしてみさきが学の隣の席に座り、そしてこう切り出したのだ。
みさき:「すいません、お待たせしてしまって」
倉田学:「それは大丈夫ですが、話って何でしょうか?」
みさき:「前に話したことがある弟の件なんですけど、今年から高校三年生で体調を崩し学校も休みがちで」
倉田学:「その弟さんは、この先どうなりたいと思ってるんですか?」
みさき:「それが家族にもこころを閉ざしてしまって、倉田さん何とかなりませんか?」
倉田学:「家族にもこころを閉ざしてしまう弟さんを、僕はすぐに変えられるとは思えません。まずやらなければならないのは、家族が彼をいつでも受け入れられる状態を作る必要があると思います。そう言う状態に今なっているでしょうか?」
みさき:「それが、お父さんとお母さんあの東日本大震災(3.11)による福島第一原発事故で避難生活を始めた後から仲が悪くて」
倉田学:「僕はそこが解決出来ないと弟さんの問題も解決しないと思うんです。自分の両親の仲が悪い姿を子供は観たく無いはずですから」
そう言うと学は慎重に言葉を選びながらみさきに話しだした。
倉田学:「僕にお手伝い出来るとしたら、みさきさんの両親の協力が絶対に必要です。みさきさんが両親を説得して、両親がカウンセリングを受けて変わりたいと言う気持ちがあるなら、僕はみさきさんからのカウンセリングを引き受けます」
みさき:「わかりました。両親と相談してみます」
こうしてみさきは、学の元を離れて行ったのであった。学は自分が幼かった頃のことを思い出していたのだ。学もまた幼い頃、両親からの愛情を貰えずに育ち、そして未だに両親からの愛情と言うものを知らず大人になって生きている。そして学は両親からの愛情と言うものを何かで埋める為に、心理カウンセラーとして必死に頑張って来たのかも知れない。そこには何時かきっと両親から愛されたい、認められたいと言う思いが学の中にあったのだろう。おそらく学自身もそのことに気づいていたのだが、あまり触れたくない認めたくない部分であった。
こうして学はカウンターの席でグラスを手にし、ずーっとグラスの中の氷を見つめていた。氷がウイスキーに溶けて行くそのゆっくりとした流れが、学の幼い頃から今日までの長い年月を物語っているようにも学には感じられたのだ。そしてその記憶を遡って行くと、途中で学の瞳から涙がすーっと落ちたのだった。その涙がグラスの中の氷と重なり、綺麗な輝きを一瞬だけ放ったかのように学には感じたのだ。
とても切なくとても淡い、そんな儚さと自分の弱さが涙となって溢れ出し、それが氷と重なることにより一瞬だけ綺麗な輝きと夢を見ているような錯覚に陥ったのだった。そしてこの儚さや切なさは、わたし達誰しもが経験することで、この儚くそして切ない部分があるからこそ、嬉しいことや楽しいことと言った素晴らしい出逢いに、わたし達は感動することが出来るのだと・・・。
それは学も含め誰しもが経験することで、それを拒絶すること無く自然に受け入れることが、人間本来の在り方なのではないかと学は思っていたからだ。そんなことを思いながら、学はグラスをそっと置きお店を後にしようとした時、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』に一本の電話が入った。その電話は、『石巻駅前 Café&Bar Heart』店長のゆうからみずきへの電話であった。
ゆう :「こんばんはゆうです。ニュース聴きましたか?」
美山みずき:「こんばんはゆうちゃん。ニュースって!?」
ゆう :「大変なんです熊本が」
美山みずき:「熊本がどうかしたの?」
ゆう :「たった今、熊本で大きな地震が発生したって」
美山 みずき:「本当なの。ちょっとこっちもニュース観てみるね」
ゆう :「東京でも、このニュースやってますよねぇ?」
美山みずき:「ゆうちゃん本当だ。21時26分に熊本で大きな地震が発生したって。しかも最大震度7って東日本大震災(3.11)と同じクラスじゃない。大変なことに」
ゆう :「まだ余震とか続いているみたい。どうしよう」
美山みずき:「今は現地の状況がわからないから、わたし達にはどうすることも出来ないよぉー」
ゆう :「わたし達、震災の被災者だから、熊本のひと達の気持ちわかるの。何かわたし達に出来ることないかなぁ、みずきさん?」
みずきは少し考え、こう答えたのだ。
美山みずき:「わかったわ。熊本のひと達の為に『義援金』をわたし達で集めましょう」
ゆう :「わかりました。ありがとう御座います。わたしも石巻のひと達に声を掛けてみますね」
美山みずき:「そう言えば今日、ゆうちゃんの25歳の誕生日だったじゃない?」
ゆう :「みずきさん覚えてたんですか」
美山みずき:「当たり前でしょ。だってあなたの誕生日に『石巻駅前 Café&Bar Heart』店長のお店を託したんだから」
ゆう :「わたしと地震って変な縁で繋がってるみたい」
美山みずき:「あなたならこの試練を乗り越えることが出来るから、神様はあなたにこの試練を与えたのだとわたし思うの。あなたなら、きっと大丈夫」
ゆう :「みずきさんからそう言って貰えると、本当にそう思えるから不思議」
美山みずき:「これはね、倉田さんからの受け売りかな」
ゆう :「みずきさん、倉田さんのこと好きなんですか?」
美山みずき:「うーん、どうだろう。倉田さん、少し『珍しいタイプ』だから、気になるんだよねぇ」
ゆう :「それって恋なんじゃないですか?」
美山みずき:「でもぉー、倉田さん。恋愛とかあまり興味なさそうだし」
ゆう :「わたしはみずきさんを応援してますからね」
美山みずき:「ありがとう」
こうしてゆうは電話を切ったのだ。みずきは学のことをあまり意識しないようにしていたのであったが、ゆうの電話で自分が学のことを好きなのかも知れないと意識するように、この頃からなっていった。そして熊本地震の連絡が、ゆうからLINEグループの『チーム復興』の中に入れられたのだ。
ゆう :「熊本で地震が発生したようです。皆んなで『義援金』の協力をお願いします」
美山みずき:「わたしは銀座クラブ街のひと達、お店のお客様にお願いしてみます」
ゆき :「わたしは宮城県 南三陸町のひと達、知り合いのひと達に声を掛けてみます」
みさき:「わたしも福島県 南相馬市のひと達、そして知り合いのひと達に声を掛けてみます」
学はみずきのお店の中でゆうからのLINEに気づき、そして『チーム復興』の中にこうメッセージを入れたのであった。
倉田学:「僕には友達も知り合いも居ません。でも僕に出来ることであれば可能な限り協力します」
それを観た学以外のひと達は、学の気持ちを察して学のメッセージに触れることは無かったのであった。このやり取りを知ったのぞみも、自分に何か出来ることがあれば協力したいとみずきに願い出たのだ。そしてみずきの判断で、LINEの『チーム復興』グループにのぞみも追加されたのだった。こうして、この夜の熊本地震のニュースはあちこちのテレビ局で流され、また街中もこの話題で情報が錯綜していたのである。
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