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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session58】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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Index

※前回の話はこちら

2016年(平成28年)08月03日(Wed)

 今朝、学は自宅近くの最寄駅である川口駅から上尾駅へと向かった。八月になり学生達が夏休みに入ったのと、また下り方面の電車であった為、学は通勤客とは逆方面へ向かう列車に乗ったのだ。そして満員電車の乗客を横目に大宮駅に向かい、そこから高崎線に乗り換え、みさき一家の指定した上尾駅へと到着したのである。学が約束の時間の朝10時少し前に上尾駅に到着すると、みさき一家は既に待ち構えていた。そしてこう声を掛けて来たのだ。

みさき一家:「おはようございます倉田さん。今日は宜しくお願いします」
倉田学:「おはよう御座います。皆さん早いですねぇー」
みさき:「倉田さん。今日は勇気の件、宜しくお願いしますね」
倉田学:「わかりました。早速向かいましょう」

 学がこう言って上尾駅の改札前から上尾の森高校へ向かおうとしたとき、高校の方からテニス部らしき生徒達の掛け声が聞こえてきた。そしてこう勇気に尋ねたのだ。

倉田学:「もしかして、君の高校って上尾駅の目の前のこの高校かな?」
古澤勇気:「そうです。僕の高校は駅の目の前にある、この上尾の森高校です」

 勇気が学にこう言うと、勇気は緊張した面持ちで学やみさき、そして両親の方を向いたのだった。すると初枝と敏夫が勇気にこう言ったのだ。

古澤初枝:「勇気! わたし達も一緒だから心配しなくても大丈夫よ」
古澤敏夫:「勇気! 心配するな。倉田さんも一緒に来てくれているから大丈夫だ」

 この言葉を聴いた学は、気の引き締まる思いだった。それは学校側とみさき達一家の話が、すんなり片付く問題にはとても思えなかったかだ。そして学自身も、この問題に向き合うのに板挟みのような状況に陥る可能性が高いと感じていたからであった。しかしみさき一家からの依頼でこの問題を引き受けた以上、学は自分の気持ちと正直に向き合い、それは裁判で言うなら証人尋問で、学が証人だとすると、このみさき一家側と学校側の両方に対して、ある種の「宣誓」を学はこころの中でこう誓ったのだ。

倉田学:「みさき一家、そして学校側との話し合いに先立って宣誓をします。宣誓では良心に従って真実を述べ、何事も隠さず偽りを述べないことを誓います」

 こう学は自分の良心に従って、このみさき一家と学校側との話し合いに望んだのだった。学とみさき一家は校長室に案内された。そこには校長先生を始め、勇気の担任、学年主任、そして学校担当のスクールカウンセラーが同席したのだ。まず最初に、先日学がみずき一家にお願いしておいた学校側に何を求めるか整理して貰った内容を学校側へ文章として提示した。そしてその内容とは次のようなものだった。

みさき一家:「高校に入学してからこれまで、一部の生徒からゆうきは菌をつけられ『ゆう菌』と呼ばれています。そのことに対してクラスの他の生徒も知っていながら観て見ない振りをしています。クラスの担任もこれに気がついていながら何の対応もしてくれません。その為、勇気は学校に行くことが出来ません。学校側として勇気が安心して登校出来るよう対応してください」

 このような趣旨の文面が校長先生に渡されたのだ。すると校長先生は、勇気のクラスの担任や学年主任にこの内容は事実なのか確認をした。

校長先生:「勇気くんの担任の平林先生。これは本当のことなのでしょうか?」
平林先生:「曽根崎校長。わたしは今日、初めてこのことを知りました」
校長先生:「では学年主任の松平先生。先生はこのことを知っていましたか?」
松平先生:「いや、わたしも初めて知りました」

 この二人の話を聴いた曽根崎校長はこう言ったのだ。

校長先生「古澤さん。この問題はご家庭の問題なのではないでしょうか? 学校側としても今後、勇気くんを見守っていきたいと思いますので」

 みさき達一家は納得いかない様子だった。それは勇気が今まで、クラスの生徒から『ゆう菌』とあだ名をつけられ、そしてからかわれていたことに担任や学校側も知りながら観て見ぬ振りをして来たことを知っていたからだ。だから勇気は勇気を振り絞ってこう言ったのだった。

古澤勇気:「僕が今までクラスメイトや生徒から散々、『ゆう菌』と呼ばれているのを観ていたじゃないですか?」

 この勇気の言葉に苛立ちを見せた担任の平林と学年主任の松平は、次の言葉を勇気に投げ掛けたのだ。

平林先生:「勇気くん。君は今まで僕たち先生に一度も助けを求めなかったよねぇ」
松平先生:「そうそう勇気くん。スクールカウンセラーの安藤さんに、このことを相談したことはあるのかい?」

 すると勇気が答える前に、スクールカウンセラーの安藤はこう答えた。

安藤:「わたしのところには、勇気くんは一度も相談に来ていません」

 学はこのやり取りを黙って聴いていたのだ。そして学自身はこう思っていたのだった。過去のことを争っても何も解決しない。勇気くんは今を生きている。これから先、今から先をどうするか学校側とちゃんと話し合う必要があるのではないだろうか。そして当事者ではない第三者の学が、ここで口を挟んだのだ。

倉田学:「僕は勇気くんの件でカウンセリングの依頼を受け、新宿で心理カウンセラーをしています倉田学と申します。僕の立場をまず申し上げますと、勇気くんが今後安心して学校に登校出来るようお手伝いする為の依頼を受けカウンセリングをしています。ですので過去、つまり今までの勇気くんと学校側の件をここで争うのであれば、僕はここにふさわしくない人物です。それを争うのであれば裁判でやってください」

 学のこの言葉を聴いたみさき一家は、戸惑った表情を浮かべていた。すると勇気がこう言ったのである。

古澤勇気:「僕は学校側と、この件について裁判をするのが目的じゃない。僕は最後の高校生活を安心して送りたいんだ。皆んなと一緒に高校を卒業したいんだ」

 これは紛れもない勇気の本心であった。そしてこの場に居合わせた誰もが勇気の本心を確認したのだ。みさき一家は高校三年生である勇気の最後の高校生活を、実りあるものにして欲しいと言う気持ちにシフトチェンジしていった。また学校側も今までの勇気に対する学校側の対応が争論では無いとわかると、融和な姿勢に崩してきたのだ。学の一言でこうもお互いの緊張を紐解き、そして何より勇気の本当の気持ちが、この対立的になりかけた緊張を解きほぐしたと言ってもいい。また学自身もこう思っていた。

倉田学:「争いごとをして傷つくのは、決まって子供や弱いひと達で、それは戦争でも同じことが言えるのではないだろうか」

 そんなことを感じながら、今後の勇気について話し合うこととなったのだ。学は昔スクールカウンセラーの補助をしていたので、学校側にいるスクールカウンセラーの安藤の立場もわかっていた。それは教育委員会に雇われているので、主軸としては勇気のことを考える際に、学校側を主体に考えてしまうだろうと思っていたからである。
 つまり安藤は、その教育委員会に雇用され給料を頂いているのだから、自分でも気づかないうちに学校寄りの解決方法を探すだろうと学には想像できたからだった。こうしてこの日の上尾の森高校でのみさき一家と学校側の話し合いは終わった。そして後日、具体的な話を交わし意見交換して行くこととなったのだ。

 学は上尾の森高校の目の前にある上尾駅の改札のところで、みさき一家と別れ、そして自分のカウンセリングルームがある新宿へと向かった。その途中、学はホームページのお問合わせメールを確認したのだ。すると先日、学のカウンセリングルームに訪れた中年夫婦から、スピリチュアル・パワーを持つと言われる幸宏の件で、こんなメッセージが届いていたであった。

中年夫婦:「倉田さん。今日の午後15時に八沢幸宏先生のところでスピリチュアル・オーラが観れるんです。特別なオーラで凄い波動だそうです。倉田さんも一緒に行きませんか?」

 学はこのメッセージを読んで愕然とした。そして急遽、新宿にある自分のカウンセリングルームではなく目黒駅へと向かったのだった。また学は、持っていたスマホで一樹に電話したのだ。

倉田学:「もしもし一樹くん。倉田だけど、今どこにいるの?」
峰山一樹:「僕かい。僕は今、C大学の白門の方だよ」
倉田学:「と言うことは、多摩キャンパスでも市ヶ谷キャンパスでもなく、後楽園キャンパスだよねぇ」
峰山一樹:「まあぁ、そう言うことになるかなぁ。ところで学くん、こんな時間に電話してくるなんて珍しいなぁー。僕も忙しいんだよねぇ」
倉田学:「わかったよ。もう君を銀座クラブには誘わないから」

 この学の言葉を聴いた一樹は、さっきと打って変わってこんなことを言ってきた。

峰山一樹:「水臭いねぇー、君も。僕と君の仲じゃないか。僕は君の相談に乗る準備は何時でも出来てるよ」

 学は一樹のこの言葉を聴いて、待ってましたとばかりに一樹にこう話したのだ。

倉田学:「実は一樹くん、君に相談したいことがあるんだよ。目黒駅に午後14時に来てくれないかなぁー」
峰山一樹:「それは構わないけど、どういった相談だい」
倉田学:「君、僕より哲学とか宗教学得意だよねぇ。君の話を聴かせたいひとがいるんだよ」
峰山一樹:「それは銀座クラブと関係あるのかい?」
倉田学:「それは君の腕次第かなぁ。君の話が上手ければ、僕は今晩君をこないだの『銀座クラブ SWEET』に連れて行くよ」
峰山一樹:「学くん、男に二言はないよねぇ」
倉田学:「もちろん『武士に二言はない』。この電話で、君と僕は契りを交わした」
峰山一樹:「大船に乗った気持ちで任せなさい」

 学はこう一樹と話し電話を切ったのだった。そして目黒駅へと向かった。学は一樹と約束した午後14時少し前に、目黒駅の改札前で一樹が来るのを待っていたのだ。すると一樹は嬉しそうな表情を浮かべ、そして改札を抜けて学のいる所までやって来てこう言ったのだった。

峰山一樹:「男と男の約束を果たしに参りました。僕の講義を聴きたいと言うひとは誰かな?」
倉田学:「一樹くん。今からその君の講義を聴きたいと言うひとのところに案内すから。それまでおとなしくしててね」

 この学の思わせぶりな含みのある言葉に、一樹は逆に期待を膨らませていたのだ。そして学はと言うと、こころに中でこう思っていた。

倉田学:「今から『火に油を注ぐ』ことになるのは間違いない」

 学と一樹は目黒駅から10分程歩き、そしてパルテノン神殿を間近で観るかのような、そんな神聖かつゴージャスな建物を間近で眼にしたのだ。それは周りの建物とはまるで違い際立っていた。また古代ギリシア時代のアテナイのアクロポリスを彷彿させる造りでもあった。この建物を観た一樹のテンションは更に上がり、嬉しそうに学にこう尋ねたのだ。

峰山一樹:「学くん。ひょっとして僕をここに連れってくれるのかな?」
倉田学:「まぁー、そうだけど・・・」
峰山一樹:「素晴らしい。僕もギリシャに留学してたけど、まさか日本でパルテノン神殿を拝めるとは。僕の講義を聴きたいひととは、ここの主(あるじ)かな?」
倉田学:「まぁー、とりあえず。ここの主に会いましょう」

 学はそう一樹に言い、二人はこのパルテノン神殿のような建物に入って行った。二人がこの建物の入口に行くと、既に午後15時からのMi・Sa(ミ・サ)が行われると言うことで、大勢にひと達が入口に押し寄せていた。そして扉が開門されると同時に、どっと大勢のひと達がその建物に流れ込んで行ったのだ。
 学たちもこの人波に紛れて中へと入って行った。すると天井の高い建物の中央にある大ホールへと進んでいったのだ。その部屋はヨーロッパのバロック建築のような様相をしており、その中央にある大ホールは天井が高くまるでバロックドームのように学たちには見えたのだった。一樹は興奮して、この建物の造りと彫刻を眺めていた。その時だった、幸宏が大ホールのひな壇最上段に、天からゴンドラで舞い降りて来たのだ。そしてこう言った。

八沢幸宏:「ここにおられる方たちは『ご縁』を大切にする方たちです。今日お会いしたのも何かの『ご縁』。わたしは『ご縁』を大切にしています」

 こう幸宏が言うと、傍にいたお付のひと達と会場を囲っている幸宏の弟子と思われるひと達が、一斉に拍手をしてこう言ったのであった。

弟子達:「先生! 今日は特別に、わたし達にスピリチュアル・パワーを分けてください」

 こう幸宏の弟子達が一斉に言うと、会場に集まったひと達も口々にこう言い出した。

会場の女性:「先生! わたし達に先生のパワーを分けてください」
会場の男性:「先生! そのパワーをください。俺もそのパワーが欲しいです」

 会場から溢れんばかりの声が、この大ホールに響いたのだ。その声を聴いた幸宏は満面の笑みを浮かべて、そして優しい声でこう語りだしたのだ。

八沢幸宏:「安心してください、つけてます。僕は持ってます。スピリチュアル・パワーを持ってます。心配しないでください。皆さんにも分けられす」

 こう会場の皆んなに、にこやかに笑いながら語り掛けたのだった。これを隣で観ていた一樹は学がお願いする前に立ち上がり、そして幸宏にこう言ったのだ。

峰山一樹:「スピリチュアル・パワーって何ですか? 説明してください」

 こう一樹が幸宏に言うと、幸宏は待ってましたとばかりに説明しだした。その内容とは次のような内容である。

八沢幸宏:「君も僕のスピリチュアル・パワーが欲しいんだよね。わかったわっかた観せてあげよう。よーく観ておきなさい」

 そう幸宏が言うと、幸宏は弟子と思われる女性の額に手をやり、気合を入れスピリチュアル・パワーを送ったのだ。

八沢幸宏:「安心してください、ついてます。あなたの生命の泉にスピリチュアル・パワーが今ついてます」
弟子の女性:「先生! わたしの生命の泉が、先生のスピリチュアル・パワーで満たされていくのがわかります。先生、ありがとう御座います。これでわたしはもう、幸せを手にすることが出来ます」

 この様子を会場の皆んな、そして学と一樹も観ていた。するとまた一斉に幸宏のお付のひとや弟子達が拍手をし、中には感極まって涙を流す者までいたのだ。そのひと達を観て集まった会場のひと達は、一斉に拍手をしたり声を上げて叫ぶ者までいたのである。そしてその中の幸宏の弟子のひとりがこう言った。

幸宏の弟子:「先生! そのスピリチュアル・パワーを手にするには、どうしたらいいんですか?」

 またもや幸宏は、待ってましたとばかりにこう答えたのだ。

八沢幸宏:「安心してください、ついてます。わたしは持ってます。スピリチュアル・パワーを持ってます。今日は特別な日です。皆さんに分け与えるだけのパワーをつけてます。心配しないでください」

 こう幸宏はもったいぶった言い方をした後に、こう言ったのだった。

八沢幸宏:「安心してください、ついてます。今日は皆さんに分け与えられるスピリチュアル・パワーを持ってます。僕のスピリチュアル・パワーを欲しい方は、今日は特別に30万円でお分けできます。安心してください」

 こう言って幸宏の弟子達が何やら、クレジット契約らしき手続きの用意をしだしたのだ。そして立て続けにこう幸宏は言った。

八沢幸宏:「安心してください、ついてます。皆さん、今日はついてます。今日は特別です。明日以降は50万円。今日はたったの30万円」

 こう幸宏が言うと、啖呵(たんか)を切らした一樹は幸宏に向かってこう言ったのだ。

峰山一樹:「僕もC大学で先生やってますけど、そのスピリチュアル・パワーってお金出せば誰でもつけられるんですか?」
八沢幸宏:「安心してください、ついてます。君も僕のスピリチュアル・パワーを買うことが出来ます。今日のわたしは持ってますから」

 このやり取りを聴いていた学は、「一樹の奴、僕が何も言わなくても早速やってくれてるねぇー」と内心思っていた。そしてとりあえず、一樹と幸宏のやり取りを見守ることにしたのだ。一樹はと言うと、この胡散臭い幸宏を許せない部分があった。
 それは一樹自身として、哲学が万学の祖だと言うことを疑っていなかったし、それ以外にも彼は宗教学、民俗学、文化人類学、神学、言語学と言う学問を修め、これらに対する如何わしいことに対して許せない部分があったからだ。そして彼の中にある正義感と言うかある種、彼の中にあるこれらの学問に対する冒涜的な価値観や振る舞いに対し、一樹自身の哲学として幸宏の行為が許せなかったからであった。だから一樹は幸宏にこう言ったのだった。

峰山一樹:「僕は今まで哲学を学び、そしてその他にも宗教学、民俗学、文化人類学、神学、言語学を学んできた。先生の言う生命の泉とは、キリスト教で言うパラダイス(エデンの園)にある『生命の樹』の下に湧く不老不死の霊泉『生命の泉』のことですか?」

 この一樹の物凄くマニアックな質問に、幸宏は少し怪訝(けげん)な表情を浮かべこう答えたのだ。

八沢幸宏:「君、そうだよ。よく勉強してるじゃないか。ここはパラダイス(エデンの園)だよ」

 こう幸宏が答えると、一樹はこう言ったのだった。

峰山一樹:「おかしいですよ。ここがパラダイス(エデンの園)なら、アダムとイブがいないと。それに『生命の泉』と『知恵の樹』は何処にあるんですか?」

 この一樹の問いかけに幸宏は苦し紛れにこう答えたのだ。

八沢幸宏:「君、いいこと言うねぇー。僕の弟子にしてあげよう」

 この言葉を聴いた一樹は、こう幸宏に言った。

峰山一樹:「僕はナチス(ナチズム)のアドルフ・ヒトラーの『親衛隊』になるつもりはない。あなたのやってることはアドルフ・ヒトラーと同じだ!」

 一樹は幸宏にこう言い返したのだ。この言葉を聴いた会場の皆んなは響めき、そして一樹の言った意味が理解できないでいた。それはこれを言われた幸宏も同じであった。会場がしばらく響めき、そして少し落ち着き一樹は学に向かってこう言ったのである。

峰山一樹:「学くん、僕が何を言いたいかわかっているよねぇー。では真打ち登場だ。ここからは君の出番だよ」

 一樹が学にこう言うと学は仕方なく立ち上がり、そして説明することとなった。学は内心こう思っていたのだ。

倉田学:「なんでこのタイミングで僕に振るんだよ。君が散々、幸宏を煽っておいて僕は君の後始末かい」

 そう思いながらも一樹に指名されてしまったので、学は一樹の言わんとすることを幸宏や会場にいるひと達に説明したのである。

倉田学:「では僕が説明します。ナチス(ナチズム)の政策の中にレーベンスボルンと言うのがあり、それは一般的に『生命の泉』とか『生命の泉協会』などと呼ばれていました。具体的にそこで何を行ったかと言うと、ナチ親衛隊(SS)がドイツ民族の人口増加と純血性の確保を目的として女性福祉施設を設立しました。当時、第一次世界大戦で敗戦したドイツは人口の激減と貧困から出生率より堕胎する(子供を堕ろす)ひとの方が上回りました。そこでドイツ民族の正統な純血であるアーリア人の人口を増やす母子援助制度を開始しました。しかしこれは後に『ユダヤ人迫害』などの『ホロコースト(大量虐殺)』に繋がって行きます」

倉田学:「つまりです。一樹くんが言ったのは、幸宏がアドルフ・ヒトラーで、幸宏のお付のひと達はナチ親衛隊(SS)、また幸宏の弟子達はナチス党員だと言うことです。そしてここに集まった皆さんは、『ご縁』やスピリチュアル・パワーの思し召しをお金で貰いに来たひと達。つまり純血性のアーリア人と言ったところでしょうか」

 こう学が一樹の思っているだろうことを普通に説明したら、幸宏は顔を真っ赤にして怒りだしこう言ったのだ。

八沢幸宏:「お前は先日もここに来ていたやつだな。ここはお前達の来る場所じゃない。わたしの聖域だ。サンクチュアリ(聖域)だ。そこのふたりをつまみ出せ」

 幸宏がこう言うと、お付のひとと幸宏の弟子たちが学と一樹に近づいてきた。その時、一樹はこう言い出した。

峰山一樹:「僕は今、ジャック・スパロウのジョニー・デップの心境だよ」
倉田学:「何言ってるんだよ一樹くん」
峰山一樹:「学くん、君は『パイレーツ・オブ・カリビアン』の映画を観たことはないのかい?」
倉田学:「観たことないけど・・・」
峰山一樹:「学くん、あの映画は面白いから観なさい。特に第四作目の『生命の泉』。またの名を『若返りの泉』とも言う」
倉田学:「一樹くん。今、そんな余裕ないでしょ!」
峰山一樹:「安心してください、ついてます。今日の僕、持ってます。僕は『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウだから大丈夫です」
倉田学:「わかったから一樹くん。Ponce de León」
峰山一樹:「敵は手強いバルボッサだ!」

 この二人の訳のわからん会話をしている間にも、幸宏の弟子たちは学たちの元に近づき、そして二人を幸宏のサンクチュアリ(聖域)と呼ばれる建物から外に追い出されたのだ。一樹は納得いかない顔をして建物の方に向かってこう言い放った。

峰山一樹:「僕は最後の海賊だ! 待ってろバルボッサ。そして僕には強い味方がいる。僕がギリシア神話のゼウスならマナブはポセイドン(ポセイドーン)だ!」

 こう一樹が言ったのだ。学には一樹の言った意味が分かっていたが知らない振りをした。今、一樹の言った意味はこうである。まず一樹はすっかり『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウ扮するジョニー・デップになりきっている。そしてジャック・スパロウの敵でありライバルがバルボッサだ。更に『パイレーツ・オブ・カリビアン』の第四作目は『生命の泉』で、次の第五作目が『最後の海賊』と言うことになる。
 では、一樹の言ったギリシア神話のゼウスとポセイドン(ポセイドーン)は次のようになる。以前、学と一樹、そして 彩と池袋にある『白龍門』に行った時のことを思い出して欲しい。その中で一樹は、彩のことをギリシア神話の海の女神テティスと言い、自分のことをギリシア神話のゼウスに例えていた。
 この海の女神テティスは主神であるゼウス以外に、もうひとり妻として望まれ求愛した神がいたのだ。それが海と地震を司る神ポセイドン(ポセイドーン)である。一樹は実はあの時、彩を海の女神テティスと称し、正確には一樹を主神であるゼウス、また学を海と地震の神であるポセイドン(ポセイドーン)とも表していたのだ。

 海の女神テティスの彩に対して、二人とも本来なら情事実らぬ恋であると言うことを、実はあの時一樹は言っていた。更に言うなら、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の第五作目『最後の海賊』に「ポセイドンの槍」と言うものが登場しているらしい。この第五作目『最後の海賊』ではどうやら「ポセイドンの槍」が、最後の海賊のみが見つけ出せる「伝説の秘宝」として描かれているようで、第五作目の映画の大きな鍵となるアイテムになっているそうだ。
(僭越ながら著者のわたくし、現時点でこの映画をまだ観ておりません。詳細は不明であります。映画館で上映されていれば、宜しければご覧ください。またはレンタルDVDが出ましたら、そちらでもどうぞ。因みにわたくし、ウォルト・ディズニーやハリウッドのまわし者では御座いません。どちらかと言うと、懐かしの「だっちゅ~の」のパイレーツの方が好です!笑)

 そして学は常々思っていた。一樹の言葉をいちいち何で僕が翻訳しなければならないのか。よっぽど英語やドイツ語で普通に話してくれた方が、彼の言いたいことが分かる。僕は君の通訳ではないのだから。めんどくさい男だなぁー。だから君はルックスが良くても女の子にモテないんだよ。
 こう学はこころの中で呟いていた。しかし第三者からしたら、学も結構めんどくさい男であった。それは自分の気持ちを素直に出すのが苦手と言うか、今まであまり出さないようにして生きてきたからだ。それは自分の気持ちを素直に出してしまうと、周りのひと達に自分のこころを見透かされ怖い部分があったからである。だから学は普段、自分の感情をマネージメントし、こころの振れ幅を抑えるのに瞑想をこころがけていたのだ。
 こうして二人はこの足で新橋駅へと向かった。それは一樹をみずきのお店『銀座クラブ SWEET』に連れて行く約束をしていたからだ。また学は目黒駅傍にある幸宏のサンクチュアリ(聖域)にもう一度行き、そして幸宏のやっていることをあぶり出す必要があったからである。時間は早く外はまだ明るかったが、学たちはみずきのお店『銀座クラブ SWEET』へと入っていった。そしてお店の中に入るとみさきと入り口付近で会い、学はこう言ったのだった。

倉田学:「すいません倉田です。お店やってますか?」
みさき:「あら倉田さん。今日はありがとうございました。ちょうど今、お店を開けたところです」
峰山一樹:「そうですか。僕たち今日飲みに来ました。学くんのおごりで」

 一樹は嬉しそうな顔をみさきに見せこう言ったのだ。するとみさきは学の方を向いてこう言った。

みさき:「倉田さんにカウンセリングするって、わたし言いましたよねぇ。わたしみずきママとあやさんの件で今日、倉田さんをカウンセリングします」

 こうみさきは学に向かって言ったのだ。これを聴いていた一樹は、僕は「高みの見物」だなっと思っていた。そしてみさきの学に対する「恋のカウンセリング」が始まったのだ。この日は偶然、みずきは外出しておりお店にはいなかった。
 また時間も早かったのでお客さんも少なく、みずきや彩について学から話を訊きだすには絶好の日であった。学の「恋のカウンセリング」を聞きつけたゆきやのぞみも、学たちがいる部屋にやって来た。そして学に対するの「恋のカウンセリング」は始まったのであった。すると早速、みさきからこんな質問が出されたのだ。

みさき:「倉田さん。倉田さんに、彩さんのことで質問があります。彩さんとはどう言う関係なんですか?」

 学はこの質問を受けた時、どう答えたらいいか迷った。それは学が心理カウンセラーと言う立場上、クライエントである彩のことを正直に話す訳にはいかなかったからだ。その時であった。事情を知っている一樹が助け舟を出してくれた。

峰山一樹:「実は彩さんは新宿でOLをしていて僕の知り合いで、学くんに紹介したんだよねぇ」

 この一樹の助け舟は微妙にズレがあった。と言うのも一樹以外のここにいる誰もが、彩がじゅん子ママのお店『銀座クラブ マッド』でホステスをしていると言うことを知っていたからだ。だからゆきはすかさず学にこう尋ねてきた。

ゆき :「倉田さん、おかしいじゃないですか。彩さんって『銀座クラブ マッド』でホステスしてますよねぇー」

 この言葉を聴いた学は、これ以上誤魔化すのは嘘の上塗りになるだけだと思い、こう答えたのだ。

倉田学:「実は彩さんは僕のカウンセリングを受けているクライエントさんなのですが、あの日は彼女の勤めているお店まで出張カウンセリングに行く事になって」

 その時、一樹が話に割り込んできた。

峰山一樹:「実は学くん。先日、僕の誕生日に紹介したい彼女がいるからと・・・。僕と学くんと彩さんで池袋で食事しました」

 この一樹の遠慮ない爆弾発言に学は、「元を正せば君が悪いんだよ」と内心思っていたのだが、そんなことを言える状況ではなく、みさきそしてゆき、のぞみたちから、こんな言葉を投げ掛けられたのである。

みさき:「倉田さん。最低!」
ゆき :「倉田さん。そんなひとだったんですね」
のぞみ:「倉田さん。クライエントさんに手を出したんですか!?」
峰山一樹:「学くん、君はなんて罪な男だ。懺悔しなさい。僕は神父です。君の告解(こっかい)を聴こうではないか」

 このような四人からの非難の声を浴びせられたのだった。その中でも一樹の学に対する態度が、学にはとても屈辱的な言葉だったのだ。そもそも一樹が彩にみずきの話をしたからこの問題が発覚したからである。そして一樹はこの時、学に対して悪いことをしたと言う罪悪感を持っていなかったからだ。
 自分はまるで「聖職者」のように振る舞い、学に「ゆるしの秘跡」を施そうなどと言う言葉を投げ掛けたからであった。しかし学にも「説明責任」はある。仕方なく学は、四人に正直に話した。

倉田学:「実は一年程前から彩さんのカウンセリングをしています。カウンセリングの詳細な内容はお伝えできませんが・・・。それで彩さんは偶然にも同じ銀座8丁目にある『銀座クラブ マッド』で夜働いているのを知りました。そして先日、一樹くんの誕生日に池袋で一樹くんを待っていたら偶然、彩さんと会ったんです。一樹くんが食事に誘えって言うから誘ったら、一緒に食事を三人ですることになったんです。それだけです」

 学がこう説明すると、みさきやゆき、そしてのぞみはあまり納得しない表情を浮かべていた。それを観た一樹は、また助け舟を学に出したのだ。

峰山一樹:「学くん。君には申し訳ないことをした。僕はてっきり彩さんを僕の誕生日だから、僕の為に誘ってくれたのだと思っていたんだよ。申し訳ない。まさか学くんのカウンセリングのクライエントだとは知らなかったんだ」

 この一樹の一言で、学が自分のカウンセリングのクライエントに手を出したと言う疑いは少しは晴れたのだ。しかしまだ疑問は幾つか残っていた。それは彩が学のことを好きだろうと言うことと、みずきが学を振ったと言うこの二つの関係性についてだ。だからみさきやゆき、そしてのぞみはこう学に尋ねた。

みさき:「倉田さん。倉田さんは彩さんのことをどう思ってるんですか?」
ゆき :「その彩さんってひと。倉田さんのこと好きなんじゃないですか?」
のぞみ:「倉田さん。みずきママは何で倉田さんを振ったんですか?」

 学にはこれらの質問にどう答えていいか迷った。ある意味これは学にとっての「証人喚問」だ。嘘をつくとバレ、「偽証罪」になる恐れがある。学は慎重に言葉を選び、そして一つずつ丁寧に答えようとした。その時だ、奥のフロアからみずきが現れ、そして学たちのいる部屋に顔を出したのだ。するとみずきはこう言った。

美山みずき:「あなた達 倉田さんを困らせちゃ駄目でしょ! 倉田さんは大切なお客さまなんだから」

 この言葉を聴いたみさき、ゆきそしてのぞみはこう答えたのだ。

みさき:「はーい みずきママ」
ゆき :「わかりました」
のぞみ:「では、わたし他のお客様のところに行くね」

 こうして、学にかけられた疑いの眼差しから、学は逃れることが出来た。学は内心ホットしていた。それは三人から問われた問いに、どう答えていいかとても迷っていたからだ。そして学のこの苦しい状況を見計らったかの如くみずきが登場し、助け舟を出してくれたからであった。この時、学はこころの中でこう思っていたのだ。

倉田学:「そうだ。『日本昔ばなし』のかちかち山で言うなら、一樹の助け舟は『泥の船』で、みずきの出してくれた助け舟は、旧約聖書(創世記)に出てくる『ノアの方舟』だ!」

 そんなことを学は考えていた。するとみずきは学の方を観て、ウィンクしたのだ。この意味が学には何となくわかった。一樹はこの状況を観て、相変わらず学を冷やかすようにこう言ったのだ。

峰山一樹:「ハローウェ~イ♪」「ハローウェ~イ♪」「あなたは来なぁーい♪」
倉田学:「一樹くん! その歌のサビとポーズやめてくれない。それはWinkの『淋しい熱帯魚』です。僕をからかうのは止めて貰えますか」
峰山一樹:「おっかしぃーなぁ。学くん、Wink好きだったでしょ!」

 相変わらず空気読めない男だなぁーと学は一樹のことを思っていたが、学自身も自分では気がついていないが、一樹と馬が合うと言うことは相当空気読めない男であり、外から観たら二人は孤島の島にいる異邦人であるかのようであった。

 その頃、国会では第3次安倍第2次改造内閣の発足で、外務省「北方領土外交政策担当」に就いていた桐島進は突如、「東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部(五輪相・丸川五輪相の下)担当」に抜擢されることとなったのだ。桐島進は「北方領土外交政策担当」の政策の中心を担って来た自分が、「五輪相(丸川五輪相の下)」に抜擢されたことに対しあまりにも突然の話であったので驚いていた。そして正義感の強いこの桐島が、「東京2020オリンピック・パラリンピック」にどの様に関わって行くのか今後の展開が注目される。


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