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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session43】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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※前回の話はこちら

2016年(平成28年)05月15日(Sun)

 五月も中旬に入り、澄みきった青空が天高くまで広がるそんな蒼々しい晴れやかな日差しが、学のカウンセリングルームのある新宿オフィス街を照らしていた。そう今日は皐月晴れという言葉が一番しっくりと当てはまるそんな日である。

 学は夕方からみずきのお店『銀座クラブ SWEET』の出張カウンセリングを頼まれていたので、新宿にある『カウンセリングルーム フィリア』を夕方の18時過ぎに出て、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』へと向かった。この時期になると太陽はまだ高い位置にあり、その日差しの中、学は新宿駅から電車を乗り継ぎみずきのいる銀座8丁目へと降り立ったのだ。そしてみずきのお店へと入っていった。

倉田学:「こんばんは倉田です。出張カウンセリングに来ました」
ゆき :「あら倉田さん。こんばんは」
倉田学:「今日はゆきさん、なんか嬉しそうですね。それに何時もより、なんか華やかに見えますが・・・」
ゆき :「倉田さん、わかります」
倉田学:「ええぇ、なんとなく。なにかいいことでもあったんですか?」
ゆき :「実は今日、わたしの誕生日なんです」
倉田学:「それはおめでとう御座います。それでゆきさんは、何歳になったんですか?」
ゆき :「倉田さん、女のひとに年齢聴くの禁句ですよ」
倉田学:「そうですか。失礼しました」
ゆき :「でも、倉田さんだから教えてあげる」
倉田学:「本当ですか!」
ゆき :「ええぇ、今日で22歳になるの」
倉田学:「ゆきさんとみさきさんって、ひょっとして同い年?」
ゆき :「そう、生まれた年は違うけど、学年で言えば一緒かなぁ」
倉田学:「そうなんだ。ゆきさんの方が年下かと思ってた」
ゆき :「倉田さん。それって、わたしの方が幼いってことですか?」
倉田学:「いやぁー、そう言う意味じゃなくて。ゆきさんの方が『若い』かなぁ、なんて・・・」
ゆき :「倉田さん。誤魔化していませんかぁ?」
倉田学:「いやぁ、おかしいなぁー。ゆきさんの今日のドレス、とっても良く似合ってますよ」

 学はゆきの突っ込みをかわすため話題を変えたのだった。そして話の続きをゆきの今日の服装へと持っていったのだ。

ゆき :「倉田さん、わかります。このドレス、みずきママから誕生のお祝いに貰ったの」
倉田学:「そうなんだ。その黄色いドレス、ゆきさんにとってもお似合いですよ」
ゆき :「ありがとう御座います、倉田さん」

 そう言ってゆきはみずきを呼びに行ったのだった。その時学は、自分の発した言葉をなんとか上手く誤魔化すことが出来たとこころの中で思っていたのだ。それは学には、ゆきがみさきよりも年下じゃないかと思っていたからだった。
 そしてゆきとみさきを比べた時、ゆきには7歳年上の東日本大震災(3.11)の津波で亡くした姉のみきがいて、姉想いのゆきはどちらかと言うと、おっとりとしたタイプだったからである。
 一方のみさきは弟を持つ長女で、ゆきよりも自分の意見をしっかりと言うタイプであるように学には感じていたからだ。そんなことを考えていると、みずきが学の元に現れこう言った。

美山みずき:「こんばんは倉田さん。のぞみのことでちょっと相談が・・・」
倉田学:「相談って何でしょうか。みずきさん?」
美山みずき:「ちょっとここでは何ですから、奥の部屋で」

 そうみずきが言うと、学とみずきは奥の部屋へと入っていった。そして少ししてのぞみもその部屋に入って来たのだ。

美山みずき:「実は、先日の『銀クラ おもてなし コンテスト(GINKURA –OMOTENASHI- CONTEST)』にのぞみが出場することになったのは、倉田さん知ってますよねぇ」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
美山みずき:「それで本当に大丈夫か、他の精神病院にもセカンドオピニオンと言う形で診察に、のぞみと一緒に行ったんです」
倉田学:「それがどうしたのでしょうか?」
美山みずき:「そしてその医師から診断を受けたんですけど・・・。病名がアスペルガー症候群って言われて」
倉田学:「あぁー、そうですか。アスペルガー症候群も自閉症スペクトラム障害の中に入る発達障害の診断名のひとつです。そのセカンドオピニオンの先生からは説明を受けなかったんですか?」
美山みずき:「それが、その先生忙しそうだったし、聴きづらかったのよ」
倉田学:「僕は医師じゃないから本来この話をするべきでは無いのですが、今現在、精神障害や発達障害を医師が診断する指針となっているのが『DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)』と言うやつです」
美山みずき:「具体的にはどういったものなのでしょうか?」
倉田学:「そうですね。現在、精神障害や発達障害についての指針を決める基準と言うのがふたつありまして、ひとつが今言った『DSM-5』というやつでアメリカ精神医学会によって作成されたものです」
美山みずき:「そうですか。そんなのがあるんですね」
倉田学:「日本の学会とかではこれを採用しているみたいですね。そして『DSM-5』は2013年に改訂されて、発達障害の枠組みに大きな変更があったんです。だから現場と『DSM-5』の改訂による変更で混乱が少なからずあるみたいですよ」
美山みずき:「では、もうひとつの基準とは?」
倉田学:「『ICD-10』と言うやつです。これはWHO(世界保健機関)により定められていて、疾病及び関連保健問題の国際統計分類と言うものになります」
美山みずき:「どっちが正しいのでしょうか?」
倉田学:「僕にもはっきりしたことは良くわからないけど、精神障害とか発達障害関係の学会レベルでは『DSM-5』を基準にしているみたいです」

倉田学:「でも僕の知る限り、病院から役所に届け出る自立支援とか障害者手帳とか障害者年金の手続きには『ICD-10』の方を採用しているみたいですよ」
美山みずき:「何かふたつあって複雑ねぇ」
倉田学:「医者の世界の話だから僕には良くわからないけど、自分達の論文とか研究とか、世界的に認められたり最先端として名を知らしめることの出来る方が正当性があると思ってるんじゃないかなぁ」
美山みずき:「研究者って、誰かの為に研究しているんじゃ」
倉田学:「僕はとてもそうとは思えないよ。だって皆んなノーベル賞欲しいだろうし、それに自分の論文がNature(ネイチャー)とかで取り上げられて欲しいと思ってるでしょ」
美山みずき:「それって、世の中の為に研究しているんじゃ」
倉田学:「どう言うスタンスで研究しているのか僕にはわからないけど、世の中の為が自分の為にもなるのか。自分の為が世の中の為か。これって僕には物凄く意味が違うと思うんだけどね」
美山みずき:「そっかー。わたし達の世界も同じかも知れない。お客様の為がお店の為。お店の為がお客様の為」
倉田学:「僕はどの世界でも同じことが言えると思うんです。結局、何を大切にして生きるかは自分しか決められないのだから」

 こう学はみずきに言ったのだった。そしてのぞみのことを、みずきから聴かされたのだ。

美山みずき:「今、のぞみは順調に『銀クラ おもてなし コンテスト(GINKURA –OMOTENASHI- CONTEST)』で勝ち上がっているんですけど、のぞみ、ひとの顔と名前を覚えるのが苦手なのと、慣れない他のお店でのホステスなので、戸惑いがあったり急なオーダー変更に上手く対応が出来なかったりで」

 この話を聴いた学は、のぞみを観てこう言った。

倉田学:「のぞみさん。ホステスの時に着る勝負服とかってあるの?」
のぞみ:「特にそう言うのは無いですが」
倉田学:「それじゃあのぞみさん。のぞみさんのホステスをする時やしている時をイメージしてください。その時、のぞみさんはどんなドレスを着て、どんな服の色が自分に一番しっくり来ますか?」
のぞみ:「そうねぇー。ピンクかしら」
倉田学:「どうして、そう思ったんですか?」
のぞみ:「わたしピンク好きだし。それに昔、幼い頃に親にワガママ言って買って貰ったワンピースがピンク色のワンピースだったから」
倉田学:「わかりました。きっとその『ピンクのドレス』がのぞみさんの味方になってくれると思いますよ」

 そう言うと学は、のぞみとみずきにこう尋ねたのだ。

倉田学:「のぞみさん、みずきさん。のぞみさんに合うピンク色のドレスってありますか?」
美山みずき:「確か、のぞみに合いそうな『ピンクのドレス』があったはず」
倉田学:「わかりました。すいませんがのぞみさん。その『ピンクのドレス』に着替えて来て貰えませんか?」
のぞみ:「わかりました」

 こうしてのぞみとみずきは一度、学たちがいた部屋を出て『ピンクのドレス』に着替えに行き戻って来たのだ。そしてこう言った。

美山みずき:「倉田さんの言ったように、のぞみを着替えさせて来ましたが、どうでしょうか?」
倉田学:「ありがとう御座います。のぞみさん、着てみてどうでしょうか?」
のぞみ:「何だか昔着たピンクのワンピースを思い出すわ」
倉田学:「その時の気持ちはどうだったでしょうか?」
のぞみ:「なんかとっても嬉しくて、こころがウキウキして」
倉田学:「では、今の気分はどうでしょうか?」
のぞみ:「なんか自分の素が出せて落ち着けるかなぁ」
倉田学:「それは良かった。のぞみさん、その『ピンクのドレス』がのぞみさんの勝負服です」
のぞみ:「それはどう言う意味でしょうか?」
倉田学:「そのピンク色が、のぞみさんにとっての勝負カラーと言うことですよ」
美山みずき:「どう言うことでしょうか?」
倉田学:「色って、こころに物凄く影響を与えるんです。のぞみさんの場合、その色がピンク色だと言うことです」

 その後、学はのぞみに質問したのだ。

倉田学:「おそらくのぞみさんにとってピンク色が、一番落ち着ける色なのではないでしょか?」
のぞみ:「今まで、そんなこと考えたことも無かったわ」
倉田学:「のぞみさん。これで他のお店に行ってホステスしても、『ピンクのドレス』を着たら常にホーム(自分のお店)で仕事をしているイメージを作る事が出来ると思いますよ」
美山みずき:「本当かしら倉田さん?」
倉田学:「後はのぞみさんが、その『ピンクのドレス』を着た時に良いイメージ(ポジティブなイメージ)を持つよう。このお店でホステスをしている時に、その『ピンクのドレス』に植え付けて行けば・・・」

倉田学:「間違いなく他のお店でホステスをした時にも、この『ピンクのドレス』がのぞみさんを助けてくれると思いますよ」
のぞみ:「本当ですか。ありがとう御座います、倉田さん」

 そうのぞみは学に向かって言ったのである。その時、学はのぞみとみずきに、その良いイメージ(ポジティブなイメージ)の作り方の具体的な方法を教えたのだ。そしてみずきのお店『銀座クラブ SWEET』を後にしようとした時、みさきとお店のフロアで会ったのだった。そしてみさきからこう言われた。

みさき:「倉田さん。ゆきに何か言ったでしょ!?」
倉田学:「僕は特に、そうだゆきさん。今日誕生日だったんですね」
みさき:「倉田さん。ゆきよりわたしの方が老けてると思ってるでしょ!」
倉田学:「僕はそんなこと、一言も言ってないんだけどなぁー」
みさき:「それならいいんだけど」

 このみさきの言葉を聴いた学は、少しホッとしている自分に気づいたのだ。そしてこうみさきから言われた。

みさき:「今日はゆきの誕生日なんだから、ゆきと一緒に乾杯してってあげてよ!」
倉田学:「ゆきさん誕生日だから、他のお客さんの相手で忙しそうだし」
みさき:「倉田さんって彼女とかいるんですか?」
倉田学:「僕、僕はいないけど・・・」
みさき:「倉田さん。そんなんじゃ女の子にモテませんよ」
倉田学:「僕は今まで、お付き合いした女のひと誰もいないし」
みさき:「倉田さん、駄目じゃないですか。心理カウンセラーなのに女ごころわからないんですか?」
倉田学:「僕は女ごころわからなくても、心理カウンセラーできると思ってますから」

 そう言えば確か、学は前にも同じような質問を受けたことがあることを思い出した。そして学にその質問を投げ掛けた相手とは木下彩であった。そのことを学が思い出していると、みさきからこう言われたのだ。

みさき:「それじゃあ、このお店のスタッフの中では倉田さん。誰が一番好みですか?」

 このみさきの質問に少し戸惑った学はこう答えた。

倉田学:「僕には選べないよ」
みさき:「なーんだ、つまんない。いいこと教えてあげよっかぁー。たぶんみずきママ、倉田さんのこと好きだと思うよ」
倉田学:「えぇー、どうしてですか?」
みさき:「だって倉田さんがこのお店に来る日、みずきママ嬉しそうだから」
倉田学:「本当ですか。その根拠は?」
みさき:「女の勘ってやつかなぁ」
倉田学:「それって、何も根拠無いじゃないですか」
みさき:「女の勘を馬鹿にしたなぁ」
倉田学:「いや、馬鹿にはしてないけど。本当に当たるんですか?」
みさき:「わたしこう見えても結構自信あるんだから」
倉田学:「そうですか」

 こう言って学はカウンターの席の方に移動し、お店のバーテンダーに何時ものウイスキーのロックをお願いした。するとそのバーテンダーは学にこう言ったのだ。

バーテンダー:「倉田さん、こんばんは。みさきさんと何話してたんですか?」
倉田学:「いやぁー、女の勘ってどう思います?」
バーテンダー:「倉田さん。女の勘をなめちゃ駄目ですよ」
倉田学:「それはどうして?」
バーテンダー:「僕は実はバツイチで、その原因が僕の浮気でバレちゃって」

 それを聴いた学は、僕の辞書に『女の勘』は入っていなかったので、メモメモと独り言を言い呟いていたのだ。そしてバーテンダーからウイスキーのロックを受け取ろうとした時、そのバーテンダーは学にこう言ったのだった。

バーテンダー:「僕は沖縄生まれなんです。そして今日は沖縄本土復帰記念日(44年)の日でもあるんですよ。倉田さん 、普天間・辺野古移設問題どう思います?」
倉田学:「日米安全保障条約がある限り、日本はアメリカの言いなりになるしかないんじゃないかなぁー」
バーテンダー:「どうしてそう思うんですか?」
倉田学:「だって殆どの日本人は、平和憲法の第9条を守りたいと思ってるんでしょ! 国の平和や安全がタダだと思っている限り、日本はアメリカの言いなりにお金を出し続けるしかないと思うよ」
バーテンダー:「それじゃあ、沖縄だけ虐げられた状態のままだと」
倉田学:「アメリカが在日米軍基地を沖縄に作って欲しいと言ったら従うしかないでしょ! 今の日米安全保障条約がある限り」
バーテンダー:「では、どうしたらいいと思います倉田さん?」
倉田学:「平和憲法の第9条を、まず見直す必要があると思うよ。そして自衛隊を国防軍として、ちゃんと機能できる形を作る必要があると思うんだ」
バーテンダー:「そんなこと可能ですか?」
倉田学:「可能かどうかは国民(世論)が決めることだから」

 そしてこう学は続けたのだ。

倉田学:「でもはっきり言えるのは、アメリカが日米安全保障条約を見直すと言ったら、日本の安全は今の憲法では守れず、日本は極めて危険な状態に陥るだろうね」
バーテンダー:「僕たちは、どうしたらいいのでしょうか?」
倉田学:「アメリカの言いなりに常になるか、お金があるひとは海外に避難したり移住したりするしか無いんじゃないの今のままでは」

 学がこう言うと、バーテンダーはもう何も言わなかった。そして学はゆきの元に近づいて行ったのだ。

倉田学:「ゆきさん、今日誕生日ですよねぇ」
ゆき :「ええぇ」
倉田学:「ゆきさん、お誕生日おめでとう御座います」
ゆき :「ありがとう倉田さん」

 そう言うと学は自分のカバンからスケッチブックを取り出し、ゆきの姿を観ながらペンでゆきの姿絵を描いた。そして学はゆきにこう言ったのだ。

倉田学:「これで良ければ誕生日プレゼントに」
ゆき :「ありがとう御座います倉田さん。倉田さんなら大丈夫。わたし倉田さんのこと応援してますから」

 そうゆきは学に言った。学は何が大丈夫なのかさっぱりわからなかったが、訊くことが出来ずお店を後にしたのだった。ゆきの言った大丈夫とは、学だったらきっとみずきママと上手く行くんじゃないだろうか。と言う意味であった。


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