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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session44】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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※前回の話はこちら

2016年(平成28年)05月25日(Wed)

 今日の午後から今日子とのカウンセリングが入っており、学は自分のカウンセリングルームで今日子が来るのを待っていた。学はカウンセリングルームから外の様子を伺ったのだ。時間はちょうど午後の19時に近づいていた。外はまだ明るく、窓を開けると暖かい風が吹いているのを学は感じることが出来たのだった。そして19時ちょうどに、今日子は学のカウンセリングルームに訪れたのだ。

今日子:「こんばんは倉田さん。宜しくお願いします」
倉田学:「こんばんは今日子さん。こちらこそお願いします」
今日子:「倉田さん。わたしが神戸市に行けるようになるのに、どのくらいかかりますか?」
倉田学:「うーん、それは今日子さん次第かなぁ」
今日子:「カウンセリングって、どの位で良くなるとかわからないの?」
倉田学:「ある程度の目安とかはあるけど、同じトラウマとか言ってもひとそれぞれ違うし、ひとの感情って物差しで測れないから」
今日子:「そうですか。わたし早く、この問題を克服したいんです」
倉田学:「僕は思うんです。一番必要なのはクライエントさんが良くなりたいと思うその意図(理由)と、クライエントさんの良くなりたいと本気で思う気持ちだと」
今日子:「だからわたし、神戸市の長田区に行けるようになりたいと」
倉田学:「そうです。あなたの家族と過ごした大切な場所。長田区のその場所に行けるようカウンセリングをして行きましょう」

 こう学は今日子に告げ、そして今日子とのカウンセリングが始まったのだ。学は今日子が阪神・淡路大震災で受けた精神的ストレスを取り除くため、彼女の中の当時の記憶を遡っていったのだった。今日子は阪神・淡路大震災が起きた当時の早朝の出来事を次第に思い出していった。そして彼女の中のその記憶が次第に蘇ると、今日子は震災による火事で失った両親や妹に対してすごく申し訳ない感情が溢れ出たのだ。
 それは自分だけ震災による火事で家から逃げ、そして家族を亡くしたからだった。そのことに対し今日子は今でも悔やんでおり、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。だから今日子は阪神・淡路大震災の記憶をこころの奥底に閉まって、自分の意識の奥底に封じ込めて来たのだった。
 しかし学のカウンセリングを受けることで、今日子は彼女の中の当時の闇と向き合って行ったのだ。それは学の発する「仕草」「表情」「喋り方」「声のトーン」が彼女の発する「仕草」「表情」「喋り方」「声のトーン」と同調し、統合して行くかのようであった。そして学はこの日の今日子とのカウンセリングを終えたのである。

 今日子は学に自分のこころの闇を少し見せてくれた。しかし彼女の奥底にはまだ大きな闇があり、その闇と今後どのように向き合い、そして彼女がそれをどのように捉え向き合っていくかは学にもわからなかった。ある意味それはクライエントである今日子自身の自己成長と、彼女がこの問題にどのように取り組むかと言った彼女自身の問題であるからだ。学が出来ることは、今日子がこの問題に対して本気で向き合った時に少しだけ関わらせて頂き、そして彼女の中の生命力や力強さを引き出し見守ることぐらいしか出来ないと思っていたからだった。
 カウンセリングを受けに学の元にやって来るクライエントの中には、心理カウンセラーである学のスキルやテクニックと言った心理療法でクライエントの状態が改善されると思っているひとも多いが、全てはクライエントの自己成長がなければ、学のカウンセリングをいくら受けても問題解決しないと学は思っていたからだ。
 そして心理カウンセラーの中には安易に、クライエントに対してすぐ「あなたはトラウマです」とか「あなたはPTSD(心的外傷後ストレス障害)です」また「○○○病です」と、医師でも無い心理カウンセラーがクライエントに対して安易に診断のようなことを言ってカウンセリングを行うひと達がいることに、学は疑問を持っていたのだった。
 そう言うことを心理カウンセラーと言う立場であるカウンセラーがクライエントに対して行って、「わたしが問題を解決してあげよう」とか「わたしが介入しないとあなたの問題は解決できないよ」と言うことをカウンセラーが言ったのならば、これはある意味「えげつない誘導」だし、クライエントをすごく不安に陥れる恐れがあると学は思っていたからだ。
 そしてこれを言われたクライエントが自殺でもして訴えられたら、それを言ったカウンセラーは、「裁判で負けるんじゃないだろうか」と思っていたからだった。学にはこう言うことを平気でクライエントに言う心理カウンセラーは、淘汰されればいいと思っていたし、やっていることが霊感商法に近いことをしていると感じたからだ。だからカウンセラー業界の為にも、クライエントに対してちゃんとしたサービスを提供できない心理カウンセラーやカウンセリングルームは淘汰されて行くべきだと思っていたのである。

 そんなことを学は今日子とのカウンセリングを通して考えていたのだった。そして学は今日子のカウンセリングを終えたのだ。学は何時ものように今日子をカウンセリングルームの玄関で見送り、今日子は学の元を後にしたのだった。今日のカウンセリングで、彼女は自分のこころの闇を少しだけ学に見せてくれたせいか、学は彼女本来の几帳面で繊細な部分を少し観ることが出来たように感じたのだ。こうして今日子は学の元を少しゆっくりとした面持ちで去っていった。

 この後、学は自分のカウンセリングルームに置いてあるアクアリウムを眺めて、その水槽の中の水草をじっと見つめていた。学にとってこのアクアリウムの中に活けてある水草は、ある種自分のこころの在り方で、水槽の中の水に身体を任せ、常に逆らうことも無く流されることも無いニュートラルな状態、つまり中道に自分のこころの状態を置いておくことが自然体を表し、学はとてもこれが大切だと思っていたからだ。そしてこの自然体の中道こそ、仏教で言う悟りの域であると学は感じていたのだった。

 しばらく学がアクアリウムの水槽の中の水草を眺めていると、学のカウンセリングルームに一本の電話が入った。それは聴き慣れない男性からの電話であった。

男性:「もしもし倉田さんのカウンセリングルームですか?」
倉田学:「ええぇ、そうですが」
男性:「学君、久しぶり。おじさんのこと覚えてるかな?」
倉田学:「すいません、どちら様でしょうか?」
男性:「すまんすまん、名前を言っておらんかった。わしゃ英雄伯父さんだよ」
倉田学:「英雄伯父さん?! すいませんが、僕とどう言う関係ですか?」
英雄伯父さん:「昔、一度だけ東京に行った時。学君、そして君のおじいちゃんと一緒に会ったことがあるんじゃが」
倉田学:「僕の母親のおじいちゃんの知り合いですか?」
英雄伯父さん:「そうじゃよ。わしは君の母親の兄じゃ!」
倉田学:「わざわざ僕に何の用ですか?」
英雄伯父さん:「それがな、おじいちゃんが病院で今危篤で・・・」
倉田学:「本当ですか!?」
英雄伯父さん:「いやぁー、学が心配するから肺癌のことは知らせるなって」
倉田学:「それで、おじいちゃんは今、どこの病院に?」
英雄伯父さん:「そうじゃな。広島市の広島市民病院に入院している」
倉田学:「おじいちゃんの様子は?」
英雄伯父さん:「それが、医師が言うには今日明日が山場だと」
倉田学:「わかった英雄伯父さん。今から広島行きの飛行機の便を予約してみる。そして明日の朝市で羽田から広島に行くよ」
英雄伯父さん:「そうか。でもな、明日から伊勢志摩サミット2016(G7)で飛行機が取れるかな?」
倉田学:「飛行機が駄目だったら新幹線でも・・・。おじいちゃんの死ぬ前に、僕はおじいちゃんに絶対会うんだ」

 学はこう英雄伯父さんに言って電話を切ったのだ。そしてまず、ネットで明日の飛行機の予約ができるかパソコンで確認した。学は何とか朝の9時台の飛行機の手配をすることが出来たのだ。そして明日から三日間のカウンセリングの予約を断る連絡をクライエントにしたのだった。この時の学は何時もと違ってかなり動揺していた。
 それは学が自分のおばあちゃんを亡くした時、学が味わった切なく儚い気持ちを思い出したからだ。学にとって大切なものを失うと言うことが、これ程まで自分を辛くさせ、また悲しい気持ちにさせられるとは思っていなかったのだ。そしてこんな辛い思いをもう二度としたくないと学は思っていたからである。そのおばあちゃんのことを思い出すと、学は冬の夜空から降ってくる雪の事を思い起こす。その淡い雪が学の手の上に降り注ぎ、そして一瞬輝いたと思ったら溶けて消えてしまう、そんな儚さと切なさを思い起こすからであった。


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