見出し画像

医師に聞く。コロナ自粛緩和後の、映画と観客の幸福な関係|反撃の狼煙#1

本記事は映画業界の外にいる賢人・プロフェッショナルに業界の課題について聞き、反撃のヒントを得る連載企画「反撃の狼煙」の第一弾である。#1では、自粛要請緩和後、再開していくミニシアターはコロナ対策をどうするべきか、そして観客が映画を楽しむにはどうすればいいのか、OHサポート株式会社代表/産業医の今井鉄平先生に伺った。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い発令された緊急事態宣言、そして休業要請を受けて、上映自粛が広がった全国の映画館。特にミニシアターにとって打撃は大きく、閉館せざるを得ない劇場も出てくる可能性がある、危機的な状況を迎えている。
そんな中、深田晃司監督、濱口竜介監督らが有志で集まり「緊急支援策」として、クラウドファンディングサイトMotionGalleryとタッグを組み支援要請を行ったプロジェクト「ミニシアター・エイド基金」では3億円を超える支援を集め、この苦境の中での映画界の連帯の力を示し、感動を呼ぶとともに、文化としての映画の存在に望みを繋いだ。

スクリーンショット 2020-05-19 21.39.40


しかし、これを分配すると劇場一館あたりの支援額は約300万円で、劇場によって状況は異なるものの、当座の資金繰りを乗り越えた後は、個々の経営によって危機を乗り越えなければならない。
政府設置の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の5月11日の提言のなかでも、宣言解除後の生活において新型コロナウィルスと「うまく付き合っていく」ためのガイドライン「新しい生活様式」が公開され、それぞれが感染予防に気をつけることで、これまでの生活を一部再開できる見通しが示された後、段階的な自粛要請の解除を受けて、感染予防対策を十分に行ったうえで営業を再開する劇場が出てきている。

冬になると再び広がるであろう「第2波」に備え、6月に映画を観てもらえるかどうかは、劇場経営の観点からも非常に重要なポイントになりそうだ。
逆の見方をすれば、この6月からの半年間に観客を動員することができない場合、一度延命された文化としての映画が再び死ぬという窮地すら考えれる。私たちは来たる6月1日を”Xデー”とみなし、それぞれの立場からの表現を考えていく必要がある。

画像6

映画ファンの間では、自粛ムードのなかで「映画館で映画を観たい」という欲求は高まっている一方で、「映画館は本当に安全なの?」という不安も上がっている。そんな不安を解消するべく、「映画館の安全性」と「安全に映画を観るために私たちが自分できること」について、公衆衛生学の専門家に意見を伺うとともに、劇場側からの視点と観客からの視点でのガイドライン(ダウンロード可)の策定を行なった。

画像5

今回、OHサポート株式会社代表/産業医の今井鉄平先生にインタビューにお答え頂いた。今井先生は、中小企業向けの産業医サービス提供を主業務としており、映画館の産業医も務めている。新型コロナウィルス対策においては、産業医有志グループの一員として、中小企業経営者をターゲットに『企業向け新型コロナウィルス対策情報』を配信するプロジェクト(https://www.tokyo-cci.or.jp/kenkokeiei-club/covid-19/)を運営している。

・「映画館の営業」についての6つの問いを聞く

画像7

観客がどれだけ気をつけていても、映画館という施設が感染が避けられない場所ならば意味がない。一番気になるところであろう「映画館の安全性・感染リスク」また「映画館管理側が取るべき対策について」について伺った。

Q1.「ライブハウスやクラブで集団感染が多数発生してしまっている一方で、これまで国内外の映画館において集団感染の例は挙がっていません。他の室内娯楽施設と比較してどの程度安全だと考えられますか?」

A.どの程度という目安を示すのは難しいですが、集団感染の例があるライブハウスやクラブなどと比較して、映画館における感染リスクは比較的低いといえます。例えば広島県などでは休業要請要請の対象となる施設別に解除となるレベルを3段階で示してありますが、ライブハウスなどは一番厳しいレベルに分類されるのに対して、映画館は一番緩いレベルに分類されます
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/2019-ncov/list-2.html
 この理由として、興行場法等により一定の空調設備の整備が義務付けられており強制的な機械換気が可能なこと、上映中は対面で会話する機会もないこと、上映中は静かに座っており呼吸量が増えることもないことなどが考えられます。

Q2.「映画館で特に「3密」に気を付けるべきだと考える場所やシチュエーションを教えてください。」

A.まず注意すべき場所としては、最も過ごす時間が長いスクリーン内があげられます。次に、混雑したロビー、券売機・売店・トイレ(特に退場時)での行列なども、人同士の距離が近く、会話も発生しやすいため、注意が必要だと思います。また、入退場時なども、短時間でも人が密集してしまうので注意が必要でしょう。

Q3.「そういった場所での(映画館管理者による)効果的な対策方法は?」

A.スクリーン内では十分な座席間隔の確保が重要で、特に前後左右を空けた席配置などが望まれます(同居家族やカップルは並びでも大丈夫)。券売機・売店・トイレなど、行列ができやすい箇所においては、色がついたテープ等で1m毎の間隔を示す等の対策が考えられます。ロビーに観客が長時間滞在することを防ぐのに、ベンチを撤去することも一案かもしれません。また、入退場時など人が密集しがちな場面では、時間差を設けて段階的な入退場を促すことも有効かと思われます。

Q4.「TOHOシネマズが緊急事態宣言の解除される地域で営業を再開することを発表し、全国の映画館が続々とこれに続くと考えられます。気温が上がっていくこれからの時期は「再開」のタイミングとして適していますか。」

A.新型コロナウィルスの流行に季節性があるか、つまり気温が上がっていくと流行が収まるかについては議論が分かれるところであり、明言は避けたいと思います。ただ、全国的に流行拡大のペースが落ち着いてきているこの段階は、地域での流行状況に応じて再開を判断していくのに適したタイミングであると言えるかと思います。

Q5.「ミニシアターなどの小さい映画館では、オンラインでのチケット販売や予約状況の確認が難しいところも多いかと思います。混雑を避けるために、ミニシアターが取りやすい措置がありましたら教えてください。」

A.プログラムの入れ替え間にロビーが人で混雑することのないよう、プログラム間の時間を十分にとるなどの工夫ができるかと思います。また、特定の時間帯に人が集中することを緩和するのに、ピーク時の料金を高めに設定するなどの方法も考えられます。その他、ソーシャルディスタンス確保の意味合いもありますが、販売する座席数を大幅に減らすことでもロビーでの混雑を緩和することにつながるかと思います。

Q6.「ソーシャルディスタンスの他にも、接触感染を避けるためには不特定多数の触る可能性のある場所に対して、「洗浄・消毒」を日々行うことが肝心だと専門家会議のガイドラインにありますが、映画館で特に念入りな「洗浄・消毒」が必要だと考えられる場所はありますか?」

A.映画館で不特定多数の人が触る可能性のある場所として、券売機のタッチパネル、飲食物を載せるトレイ、スクリーンのドアノブや手すり、休憩スペースのテーブル、トイレのドアノブなどがあげられます。このうち、券売機のタッチパネルはオンラインチケット販売に切り替えること、トレイは使い捨てのビニール袋等に切り替えることで、洗浄・消毒の手間を省き、接触感染のリスクを低減することができます。

・「観客として、リスクを下げる劇場鑑賞」についての4つの問いを聞く

画像8

十分に対策をすれば、映画館という施設が感染リスクが比較的高くない場所であるということはわかったが、一人ひとりの個人が自前で気をつけられることについて聞いた。

Q7.「一般的にコロナウィルス対策では、自分の体調をしっかり把握して行動することが大切だと言われていますが、私たちが映画館へ出かける際、特に気をつけなければならないポイントについて具体的に教えてください。」

A.まずは、発熱や風邪症状(咳、喀痰、下痢、全身倦怠感等)がある場合は来館を控えるようにしてください。また、症状がなくても、新型コロナウィルスへの感染リスクがある場合は来館を控えるようにしてください。具体的には過去14日以内に次のような事象が発生した場合です。
・PCR検査で陽性と判明した人との濃厚接触がある
・同居家族の感染が疑われる
・海外への渡航歴がある
・入管法に基づく入国制限対象地域に滞在歴のある人との濃厚接触がある

Q8.「上映の前後のロビーでは待ち合わせをしたり、互いに感想を話したり、つい人が溜まりがちです。先生が映画館を訪れる場合、ロビーや売店利用の仕方についてどのように気をつけ、どのように普段とは異なる行動をとりますか?」

A.まず、ロビーの利用の仕方ですが、滞在時間をなるべく短くするため、早く着きすぎないようにし、映画が終わったらなるべく速やかに劇場を出るようにします。互いに感想を話すのは劇場を出てからですね。また、発券機の列に並ばなくてすむように、オンラインチケットを事前に購入しておきます。
次に、売店の利用の仕方ですが、接触感染のリスクを低減するために電子マネー等によるキャッシュレス決済を推奨します。また、直接手で触れなくて済むようなストロー付きのドリンク、持ち手の付いたチュロス、フォーク付きのチキンなどを購入します。しばらくポップコーンは我慢ですね。

Q9.「映画館側の清掃や消毒だけでは、接触感染を全て防げるわけではありません。来場者自身がしっかりと手洗いや手指の消毒も同じくらい大切でしょう。映画館を利用する際、どこで、どんなとき、手洗い・消毒を行うべきでしょうか?」

A.まずチケット購入のために券売機のタッチパネルに触った後、上映前にトイレに行った後(出る時にトイレのドアノブを触ったらその後も)、売店の購入時に現金を扱ったらその後に、スクリーン内に入り着席しフードやドリンクに手を延ばす前に、上映後にトイレに行った後(出る時にトイレのドアノブを触ったらその後も)、劇場を出る際に扉に触れたらその後に手洗い・手指消毒をしましょう。

Q10.「他にも個人が取れる対策があれば教えてください。」

A.症状がなくても新型コロナウィルスに感染している場合もあります。また、劇場側で様々な対策をとっても、対人距離が1m以内になる場面もあるかと思います。自分が感染しているかもしれないという気持ちで、劇場に入る際は必ずマスクを着用しましょう。

画像4


・映画館営業再開ガイドライン(ダウンロード可)

少しでも映画館が安心できる場所になることへの寄与を願って、複数の新型コロナウイルスの感染拡大予防のためガイドラインを参照しながら、劇場の従事者、及び来館者に向けて、それぞれの視点から、具体的な対応策としてまとめ・再構成を行ったガイドラインを作成した。ダウンロードして利用してほしい。

スクリーンショット 2020-05-20 12.52.11

具体的には、対応策を 4 つのジャンルに大別し、それぞれの対応策の目的を明確 にするとともに、実施すべき場所などをまとめている。
また、対応策は読み手によって異なるため、「映画館管理・従事者向け」と「来館者向け」とで別記した。とりわけ、来館者向けのものは、広報・掲示物等におけるわかりやすさ、取り扱いやすさを意識し、4 つのジャンルに対応するスローガンとして提示している。
本ガイドラインは、自由にご利用いただくため、リンクを貼り展開するなどして拡散して構わない


・映画と観客の幸福な関係


さて、「映画館の安全性」と「私たちができる対策」について今井先生に教えて頂いた。
緊急事態宣言が解除されたからと言って、コロナウィルスの流行が完全に止まるとは考えにくい。流行の拡大を防ぎながら、経済の鈍化を最小限にする。この両輪が”文化の延命”にとっても重要であることは変わりないだろう。
そして、こと文化としての映画においては、「ミニシアターの存続こそが背骨」であると断言したい。
これまでも映画を支えてきた全ての人が船頭となり、十分な対策をとった上での映画鑑賞を推奨してもらえることを切に願っている。

アフターコロナ/ウィズコロナの世界においては、以前と同じように行動するのではなく、緊急事態宣言下で私たちが身につけた「気を付ける意識」を持つことを継続することで、私たちは生活を「取り戻す」必要がある。
映画館側のコロナウィルス対策にしっかりと従った上、私たち一人ひとりが自分でできる対策を意識することで、映画を楽しむことができる。

これまで、映画館は何度も私たちを暗闇から救い出してくれた。

私たちの人生に輝きを与えてくれた。

ミニシアターが教えてくれたことを、ひとつ、ひとつと思い出す。

仕事がうまくいかず、ただ過ぎるだけの時間にも彩りを点けられることを。

失恋し、もうどうしようもないくらい泣いた日にも笑えることを。

家族と過ごした大切な夏の日を思い出すような冬の夜もあるということを。

今度は、灯し返す番だろう。

私たちができることは確実にあるのだから。

街に駆け出したあなたが再びスクリーンと出会い、失われかけている豊かな生活を繋ぎ止めることができるのなら、これ以上の幸福はない。

日本中のミニシアターが灯す輝きに、映画の未来はきっとあると信じている。

(取材・構成:汐田海平、洲崎翔)


(注)この記事の内容は「絶対の安全」を保障するものではございません。
それぞれが体調を整え、十分な対策をとった上で映画館にいきましょう。



刺激になった方、共感頂いた方、よろしければサポートお願いします。頂いたサポートは、より良い記事の作成・取材のための力になります!