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『サンクラウンの花嫁〜光の街〜』

前作:『サンクラウンの花嫁〜泥の街〜』

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 夜明け前に目を覚ます。夏にはまだ遠いものの、今日はそんなに寒くない。寝巻きとシーツをまとめて洗濯物に放り込む。さっと着替えレイヴンの部屋に入る。窓とカーテンを開けて換気をする。この空中庭園は今日はどこを飛んでいるのだろう? 下を覗くと真下は晴れていて、川や山脈が見える。人気のない場所だ。
「起きろー!」
眠っているレイヴンに飛びつく。布団の下からぐえっと言う呻きが聞こえる。彼が寝汚く、こうでもしないと起きないと知ったのはつい一ヶ月前のことだった。彼がしがみついている布団を引っ張り、無理やり洗濯物へ追加する。
「朝!」
「……うるさい」
「空の神なんだから早起きしろ」
「寒い……布団を返せ……この小娘……」
「起きて着替えれば寒くないだろ」
布団のなくなったベッドの上に寝そべる。ぼさぼさになった髪で隠れたレイヴンの顔をようやく探し当てる。彼の頭は髪が多いせいで毎朝大変なことになっている。私はこの夜明けの瞬間にレイヴンの目を見るのが楽しみになっていた。夜明けと共に彼の瞳は月から太陽に変わるのだ。
「目開けて、ほら」
「……俺の瞳が見たいだけだろう。寝かせろ」
「今日出かけるとか言ってたの誰だっけ?」
彼はのそりと頭を持ち上げる。双眸から光が漏れる。月の瞳が太陽に変わり始めていた。
「……そんなことを言ったか?」
「忘れた? 寝ぼけすぎでしょ」
「んー……なんの用事だったか……」
ようやく彼は上体を起こす。近くにかかっているローブを肩にかけてやる。まだ眠そうにしている。ブラシを取り、彼の髪を整えていく。今日はどんな髪型にしようか? 梳かしながら考える。
「街に行くとか言ってたような」
「……思い出した、買い物だ」
「何買うの?」
庭園にいれば衣食住は全て足りる。ナーシャとミーシャ、それに小人があらゆる物を揃えてくれる。ここには畑もあるし水もある。私は彼らの手伝いをしながらレイヴンの相手をしていた。
「本」
「ああ、そりゃ街に行かないとダメだね」
「買い物というより、仕事なんだがな」
「え?」
「ある魔術師が遺した魔道書を回収に行く。お前も来い」
「連れてってくれるの!?」
「遊びじゃないぞ」
「わかってるけど! 一緒に行けるの嬉しい!」
機嫌が良くなった私はレイヴンの髪を整えながら歌い始める。やはり母さんほど上手くはないのだが、あれからたくさんの歌を覚えて練習した。それに歌っていると庭園のみんなが嬉しそうに聞いてくれる。特にレイヴンは夜なかなか寝付けないと私に歌をせがんだ。街に行くので気合いを入れた、比較的動きやすい髪型にしてやる。抜けたレイヴンの髪をシーツごと回収し、ナーシャとミーシャのところへ持っていく。彼の髪は光になり消えてしまうものと残るものに分かれる。残った方は庭園にいる従者たちの服になる。全員白い服を着ているのは彼の髪から作っているためだった。神の羽から作られた服はどんな鎧よりも頑丈で穢れを寄せ付けない。
 ミーシャが小人と洗濯物をしている間、ナーシャが私の髪を整えてくれる。レイヴンの羽から作った空色のリボンで髪を編み込んでくれる。街へ行くため上から下まで隙のない装いにしなければならないらしい。洗濯を終えたミーシャが戻ってきたので今度は彼女がナーシャの髪を編む。仕事を交代して私は小人と共に炊事を始める。ある程度炊事が終わると朝食の設置を小人に任せ、双子の元へ戻る。次は私がミーシャの髪型を整えるのだ。ナーシャとミーシャはいつも同じ髪型にするので、ナーシャに編み方を聞きながら進めていく。左右対称になるようにして完成させる。全員で食事をし、出かける前にレイヴンの羽を紡いだり小人たちの服装を整える。レイヴンの支度は一番最後に全員で行い、数日分の荷物をまとめやっと準備が完了する。
「では行こう」
レイヴンの魔法で全員風に乗る。彼は大きな羽を広げ、皆を連れて地上へ飛び立った。

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