歴史学のトリセツ 第一章メモ

第一章 高等学校教科書を読んでみる

1. ナショナルヒストリーとは

「ナショナル・ヒストリー」(National History)は、特定の国や民族の歴史を中心に据えた歴史研究のことを指します。このアプローチは、19世紀のヨーロッパで発展し、国民国家の形成と密接に関連しています。

特徴

  • 国民国家の視点: ナショナル・ヒストリーは、国家や国民の歴史を中心に据え、その発展や変遷を追います。

  • 実証主義: 公文書や公式記録を重視し、客観的なデータに基づいて歴史を再構築します。

  • 教育的役割: 国民のアイデンティティや愛国心を育むために、学校教育で重要な役割を果たします。

批判と相対化

近年では、ナショナル・ヒストリーに対する批判もあります。特に、グローバル・ヒストリーやローカル・ヒストリーの視点から、ナショナル・ヒストリーの限界や偏りが指摘されています。これらの新しい視点は、より広範な歴史的文脈や地域間の相互関係を重視します。

ナショナル・ヒストリーは、特定の国や民族の歴史を深く理解するために重要ですが、同時に他の視点とバランスを取ることも大切です。

2. 欠如モデルとは

欠如モデル(deficit model)とは、一般の人々が事実や科学を理解しないのは、情報や知識が不足しているからだとする理論です。このモデルは、科学者や専門家が一般大衆に対して一方的に情報を提供することで、知識の欠如を補い、科学技術に対する理解や信頼を高めようとするアプローチです。

主な特徴

  • 情報の一方通行: 専門家から非専門家へのトップダウンの情報伝達が基本です。

  • 知識の欠如: 一般の人々が科学技術を理解しないのは、単に知識が不足しているからだと考えます。

  • 教育の重要性: 科学的な知識を提供することで、一般の人々の理解を深め、科学技術に対する態度を改善しようとします。

批判と代替モデル

欠如モデルには批判も多くあります。例えば、単に情報を提供するだけでは、必ずしも人々の態度や行動が変わるわけではないという指摘があります。人々の意見や態度は、道徳的、政治的、文化的な背景や個人的な経験にも影響されるため、単純な情報提供だけでは不十分です。

そのため、代替モデルとして「文脈モデル」や「対話モデル」が提唱されています。これらのモデルは、一般の人々の知識や経験を尊重し、双方向のコミュニケーションを重視します。

このように、欠如モデルは科学コミュニケーションの一つのアプローチですが、現代ではより包括的で対話的な方法が求められています。

3. アルトーグの「現在主義」とは

フランソワ・アルトーグ(1946年生まれ)は、歴史の理解と時間の経験に関する研究で「過去主義」「未来主義」「現在主義」という三つの概念を提唱しました。これらは、歴史研究や社会の時間に対する態度を分類するための枠組みです。

過去主義

過去主義は、過去の出来事や経験から教訓を引き出し、それを現在や未来に適用しようとする態度です。歴史を教訓として捉え、過去の出来事を分析して現代の問題解決に役立てようとします。過去の偉人や出来事を理想化することが多いです。

未来主義

未来主義は、理想的な未来像を描き、その実現に向けて現在の行動を導く態度です。未来の目標やビジョンを設定し、それに向かって進むプロセスとして歴史を捉えます。進歩や革新を重視し、未来志向の政策や計画を推進します。

現在主義

現在主義は、現在の問題や関心事に焦点を当て、過去や未来よりも現在を優先する態度です。現在の状況や課題に対する即時的な対応を重視し、過去や未来の文脈をあまり考慮しないことが多いです。現代の価値観やニーズに基づいて歴史を再解釈する傾向があります。

アルトーグは、これらの概念を用いて、歴史研究がどのように進化してきたかを分析しました。彼の研究は、歴史の理解における時間の経験の重要性を強調し、現代社会における「現在主義」の影響を批判的に考察しています。

アルトーグは、過去を回顧し、未来を見据えることで、よりバランスの取れた歴史理解と社会の発展が可能になると主張しています。

4. 歴史の教科書がつまらない理由

1. ナショナルヒストリーに傾斜している

ナショナルヒストリーは、特定の国や民族の歴史に焦点を当てるため、他の視点や多様な歴史が排除されがちです。これにより、教科書の内容が一面的になり、他の文化や視点を学ぶ機会が減少します。

改善案: 多様な視点を取り入れることで、歴史がより豊かで興味深いものになります。

リスクと対策: 多様な視点を取り入れることで、歴史の一貫性が失われる可能性があります。各視点を明確に区別し、事実と解釈を分けて記述することで、客観性を保ちながら多様な視点を紹介できます。

2. 欠如モデルを採用している

欠如モデルは、一般の人々が科学技術や歴史を理解しないのは知識が不足しているからだとする考え方です。このモデルに基づく教育は、一方的な情報提供に偏りがちで、学生の興味や関心を引き出すことが難しくなります。

改善案: 対話的なアプローチを用いることで、生徒の興味関心と批判的思考を育てます。

リスクと対策: 対話的アプローチは、教師の主観が入りやすくなる可能性があります。教師が中立的なファシリテーターとしての役割を果たし、学生の意見を尊重しつつも、事実に基づいた議論を促すことが重要です。

3. 個人的・集団的記憶を排除している

歴史の教科書が個人的な記憶や集団的な記憶を排除することで、歴史が抽象的で無味乾燥なものになりがちです。

改善案: 個人の体験談や地域の歴史、家族の物語などを取り入れることで、歴史がより身近で生き生きとしたものになります。

リスクと対策: 個人的な記憶や集団的な記憶を取り入れることで、主観的な内容が増える可能性があります。これらを補足的な資料として使用し、教科書の内容とのバランスを取ることができます。

まとめ

教科書の記述を客観的に保ちながらも、学生の興味を引き出し、より深い理解を促すためには、慎重なバランスが必要です。多様な視点や対話的なアプローチ、個人的・集団的記憶を適切に取り入れることで、歴史教育をより豊かで魅力的なものにすることが可能です。

5. 歴史作家について

歴史小説を用いることで、楽しみながら歴史を学ぶことができます。ただし、作家による創作も多分に含まれていることを念頭に置いて読む必要があります。

代表的な日本の歴史作家には以下のような人物がいます。

司馬遼太郎

司馬遼太郎(1923 - 1996)は、日本の歴史小説家で、本名は福田定一です。彼は産経新聞社の記者として働きながら執筆を始め、『梟の城』で直木賞を受賞しました。代表作には『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『燃えよ剣』などがあり、日本の歴史や文化を深く掘り下げた作品が多いです。

藤沢周平

藤沢周平(1927 - 1997)は、山形県出身の時代小説家で、本名は小菅留治です。彼は庶民や下級武士の生活を描いた作品で知られ、代表作には『暗殺の年輪』『たそがれ清兵衛』『蝉しぐれ』などがあります。彼の作品は人情味あふれるストーリーが特徴で、多くの映画やドラマの原作となっています。

塩野七生

塩野七生(1937年生まれ)は、日本の歴史作家で、特にイタリアの歴史を題材にした作品で有名です。代表作には『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』『ローマ人の物語』『コンスタンティノープルの陥落』などがあります。彼女の作品は、詳細な歴史研究に基づきながらも、読みやすいスタイルで書かれています。

佐藤賢一

佐藤賢一(1968年生まれ)は、日本の歴史小説家で、主に中世から近世のヨーロッパを舞台にした作品を多く執筆しています。代表作には『王妃の離婚』『傭兵ピエール』『小説フランス革命』などがあります。彼の作品は、史実に基づいた緻密な描写と、ドラマチックなストーリー展開が特徴です。

これらの作家たちは、それぞれ独自の視点とスタイルで歴史を描き、多くの読者に愛されています。

第一章のまとめ

教科書の執筆担当者がつまらない歴史を書いてしまう理由:

⑴専門家が非専門家に教授するというスタイル(欠如モデル)を取らざるをえない
⑵現存する国家を正当化する歴史(ナショナルヒストリー)を書かなければならない
⑶記述から主観的な内容(例えば個人的・集団的記憶)を排除しなければならない

これらは、現在の歴史学がランケの創始した近代歴史学に基づいているため。近代歴史学の成立については第二章で述べられる。

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