漫才コントで「決まり事」を裏切る
「漫才コント」が過ぎると、「それは漫才ではない」「コントでやればいい」という声が聞こえるようになる。
しかし、昨日急に分かった。漫才コントにしかできない手法がある。
サンドウィッチマンで私が一番好きなボケだ。寿司屋のネタ。
富澤(寿司にワサビをつける仕草を繰り返す)
伊達「大将、ワサビつけすぎじゃない?」
富澤「あ、これニベアです」
もう何年前のネタだろうか。サンドウィッチマンはボケもツッコミも典型的で(むしろその典型を作ったのが彼らなのかもしれない)、大学の言語の授業で漫才を扱ったときにも、台本を分析した(何その授業)。
このボケは、コントでは成立しない。コントであれば、ニベアがはじめから見えているはずだからだ。漫才コントという、その場で「ワサビがあるものとして」行われるから、成立するのだ。「寿司屋の大将」というキャラクターが設定された時点で、その動作は「寿司屋の大将」がするものとして「決まり事」となる。このボケは「寿司屋の大将」が「ワサビをつける」という「決まり事」が、「漫才コント」という、観客が「決まり事」を了解した空間で裏切られるというギミックによって、はじめて成立する。
「決まり事」を「裏切る」という技巧は、コントでは使いにくい。コントはセットや小道具、衣装までも「リアル」に作られる。もしこのニベアのボケが、寿司屋のセットの中で行われていたらここまでの効果は発揮されていなかっただろう。
こういうのは「叙述トリック」と言うのだろうか。そう考えると、かの有名なサンドウィッチマンの漫才「結婚式のスピーチ」でも、富澤さんが「こんなおめでたい日に、素っ裸でごめんなさい」というボケは、当然、服は着ているものだろう(当然)という決まり事によってはじめて成立する。コントであれば、本当に素っ裸でなければおかしい(そんなことはできない)。
もう一つ、これはピン芸だが、好きな「決まり事の裏切り」がある。サツマカワRPGのギャグで、
サツマカワ「(ステージの真ん中で跪く。両手をグーにして、手首をつけてぱかっと開く動作をする)○○ちゃん、大好きだからさ……この縄、ほどいてよ」
というのがある。観客はステージ上で跪いた人が手首をぱかっとしたら、婚約指輪という記号であると周知している。この「決まり事」を裏切っている。
このメタ的なギミックは、かなり大きな効果がある。何より、これからに期待が大きくなる。自分たちが信じていた「決まり事」という地盤が揺らぐからだ。逆に、お笑いの文脈に親しみがなく、あまり漫才やコントを観たことがないという人は、そもそもの「決まり事」が身についていないため、うまみを得られない。
単に私がこの手法を好みすぎているのかもしれないが。