今夜リムーブこそ慈悲深きものなり
あらすじ
20年来の友人であるトシユキとケンタ。仕事を失いアパートを追い出されたトシユキは職探しの間ケンタの家に居候させてもらうことに。しかし一向に働き出す気配のないトシユキに苛立つケンタ。二人の腐れ縁はさらに腐ってゆき…
人物
トシユキ(30) 無職
ケンタ(30) アルバイト
田代
老人
コンビニ店員
ハロワ職員
社員(食品工場)
社員(害虫駆除会社)
脚本
○食品工場・外(深夜)
トラックが数台停まっている。
○作業場
積み上げられたコンテナ。
コンテナの中には野菜が入っている。
○休憩室
壁時計は午前一時を指している。
ケンタ(30)、コンビニ袋から100円のパンを取り出す。
ケンタ、パンにがっつり食らいつく。
と年輩の男田代、やってくる。
田代「おう。お疲れ」
ケンタ「(頷く)」
田代、ケンタの隣に座る。
田代「(ぐったり)年取るとダメだね。体力がなくて」
ケンタ「(笑う)」
田代「ここはいいよ。食品製造関係は。コロナとは無関係だろ」
ケンタ「…」
田代、マスクをズラして缶コーヒーを飲む。
ケンタ、食べ終わり、マスクをつける。
田代「俺は観光業だったから。大型バスの運転手。でコロナでこれだよ(とクビを切られる仕草)」
ケンタ「そうなんすか」
田代「今住んでる建物の大家も阿漕だよ。支払いが苦しいから待ってくれって頼んでもてんで相手にしないで弱ってる人間から金をむしりとろうってんだから」
ケンタ「…」
田代「ほんと参るよ」
ケンタ「…俺の小学校時代からの古いダチもバイトクビになって家賃滞納して、それでアパートからも追い出されちゃって」
田代「大変じゃないか」
ケンタ「仕方ないんで今俺んちに泊めてやってますよ」
休憩室の外でジャンパーを着た社員が部下へ「積み荷はまだか!」など怒鳴り声を上げている。
田代「あの様子じゃ今日も残業だな」
ケンタ「そうっすね」
○ケンタの住むマンション・外観(昼)
○ケンタの部屋
1Kの室内。
ケンタ、玄関に入ってくる。
ケンタ、へとへとだ。
ケンタ、ドアを開け、リビングに入る。
トシユキ(30)、マックの紙袋を抱えて床に座り込みトリプルチーズバーガーをシェイクでウマそうに流し込んでいる。
ケンタ、トシユキを見るなり顔色が変わる。
ケンタ「おい…」
トシユキ「(気づく)ケンタ。おかえり」
ケンタ「お前、何してんの?」
トシユキ「え?」
ケンタ「えじゃねえだろ。それは何だよ」
トシユキ「…トリチのセットだけど」
ケンタ「無職のくせに何トリチ食ってんだよ」
トシユキ「え?」
ケンタ「ふざけんなよ。こっちは100円のパンで10時間も働いてきたんだ」
トシユキ「いや、夜マックの倍ダブチよりはマシだぞ。あれはパティ4枚だもの」
ケンタ「そういう問題じゃねえんだよ」
トシユキ「お前、知ってた? 実はトリチとチーズバーガー3個が同じ値段だって。ダブチ1個買うよりチーズバーガー2個買った方がお得みたいな豆知識。覚えておいて損はないぞ」
トシユキ、がぶりとトリチを頬張る。
トシユキ、仕上げに指チュパ。
ケンタ、紙袋を奪って床に捨てる。
トシユキ「(驚く)何するんだ?」
ケンタ「そんなん買う金があるなら出てけ。あと窓は開けてろっていつもいってんだろ」
ケンタ、ベランダの窓を少し開ける。
トシユキ「気にしすぎだよ。よってたかってコロちゃんごときで。この寒い時期にそんなことしてたら逆に風邪ひくぞ」
ケンタ「…お前さ、ここに転がり込んできて何日になる。仕事探す気がないならホント今すぐ出てけって」
トシユキ「探してるよ」
ケンタ「探してりゃとっくに見つかってる」
トシユキ「それが全く見つからないんだよ。嫌になっちゃうよ」
ケンタ「…今すぐハロワいけ」
トシユキ「は?」
ケンタ「最低でも面接の応募取り付けてくるまでここは立ち入り禁止だ。帰ってくんな」
トシユキ「…ランチタイム中だ」
ケンタ、有無をいわせずにトシユキの腕を引っ張る。
トシユキ「待てって。痛えって」
ケンタ「早く出てけ」
トシユキ「わかったよ」
トシユキ、渋々立ち上がる。
トシユキ「でもさ、このご時世ハロワって3密で危なくない?」
ケンタ「いいから出てけ」
ケンタ、トシユキを無理やり玄関の外に追いやる。
ケンタ、玄関のドアの鍵をかける。
ケンタ、リビングに戻る。
ケンタ「(イライラ)」
ケンタ、マックの紙袋を拾う。
ケンタ、中に入っているポテトをむしゃむしゃ食べはじめる。
○道
トシユキ、歩いている。
○ハローワーク・入口
入り口の壁に以下の張り紙。
"マスクの着用をお願いします"
トシユキ、ノーマスク。
トシユキ「…」
○コンビニ
トシユキ、マスクの値段を見る。
マスク298円。
トシユキ「…」
○公園
トシユキ、ベンチでカラムーチョを食べている。
隣に老人。
老人、タバコを吸い出す。
風で煙がトシユキへ流れてゆく。
老人「(トシユキへ)悪いね」
トシユキ「いえ、お構いなく」
老人「(ぷかぷか)」
トシユキ「(老人へ)知ってました? 仕事がない人間はトリチ食べたらダメなんですって」
老人「うーん」
トシユキ「近頃じゃタバコが吸えるところもめっきり減りましたね」
老人「うーん」
トシユキ「息苦しい世の中ですよ」
老人「…吸うか?」
老人、タバコをトシユキへ差し出す。
トシユキ「(受け取る)いただきます」
トシユキ、タバコをぷかぷかやる。
○コンビニ・店内
トシユキ、ATMを操作している。
ATMのキャッシング画面に以下の文字。
"ご利用可能額1万円"
トシユキ「(ぽつり)最後の1万か…」
トシユキ、ATMから1万円を引き出す。
トシユキ、1万円をポケットにしまう。
トシユキ、店内を見て回る。
トシユキ、マスクの値段を見る。
マスク250円。
トシユキ「…(迷っている)」
× × ×
トシユキ、レジでハイチューを買っている。
若い店員がだるそうにレジ打ちをしている。
店員「…103円です」
レジの前に"鬼滅の刃クジ"のポスター。
"クジは完売しました"と書かれている。
トシユキ「(ポスターを見て)鬼滅の刃ってそんなに人気あるの?」
店員「…」
トシユキ「映画もう観ました?」
店員「…いや」
○映画館・ロビー
鬼滅の刃のポスターが貼られている。
トシユキ、ポスターを眺めている。
隣の壁に張り紙で注意書き。
"館内ではマスクの着用をお願いします"
トシユキ、ノーマスク。
トシユキ「…」
○同・劇場内
マスクをしたトシユキ、満席の中でスクリーンを眺めている。
トシユキ「(大興奮)」
○ケンタの部屋
ケンタ、ベッドで爆睡している。
○ハローワーク・入口(夕)
マスクをしたトシユキ、やってくる。
トシユキ「(受付へ)検索したいんですけど」
× × ×
トシユキ、パソコンの前に座っている。
トシユキ、気むずかしい顔で職種分類表を眺める。
トシユキ「…うーん」
トシユキ、キーボードをいじり、キーワード検索に"鬼殺隊"と入力。
検索結果、ゼロ。
トシユキ「え?」
トシユキ、キーワード検索に"刀鍛冶"と入力。
検索結果、ゼロ。
トシユキ、キーワード検索に"炭焼き"と入力。
○パチンコ屋
トシユキ、パチンコをしている。
残りの玉がどんどん減っていく。
○ケンタの部屋(夜)
ケンタ、寝ている。
インターホンが鳴る。
ケンタ、目覚める。
ケンタ、玄関にいき、覗き穴を見る。
玄関前にトシユキが立っている。
ドア越しからトシユキの声。
トシユキの声「おーい。俺だ」
ケンタ、チェーンが掛かったままドアを開ける。
トシユキ「寒い。入れてくれ」
ケンタ「仕事は?」
トシユキ「いい仕事が中々なくて」
ケンタ「じゃ入れてやれないな」
トシユキ「お前との約束通りハロワにはちゃんといった。散々パソコンで探したけど見つからないんだよ。一日中パソコンの前に座ってたからクタクタだよ」
ケンタ「…」
トシユキ「俺のせいでお前に迷惑かけてるのはわかってる。頼む。この通り、入れてくれ(と頭を下げる)」
ケンタ、渋々ドアのチェーンを外す。
ケンタ「明日もちゃんと探せよ」
ケンタ、そのまま洗面所に入る。
ケンタ、寝起きの顔を洗う。
× × ×
ケンタ、顔をタオルで拭いている。
ケンタ、洗面所から出てくる。
リビングで、トシユキ、マックの紙袋を抱えてトリチをむさぼっている。
ケンタ、紙袋を奪い床に投げつける。
トシユキ「(驚く)何すんだよ!」
ケンタ「…」
トシユキ「何なんだよ!」
ケンタ「…」
トシユキ「(怒る)お前に迷惑かけてるのとトリチ食べるのと何の関係があるんだよ!」
ケンタ「…」
トシユキ「あれだぞ。お前みたいな奴がキメハラとかして社会を息苦しくさせてるんだぞ」
トシユキ、紙袋を拾う。
トシユキ、トリチを食べ始める。
トシユキ「お前がもし無職になって人からこんなひどい扱いされたらどうするよ。トリチ食ってたら怒られるって。え。お前だって嫌だろ?」
ケンタ「…」
トシユキ「もっと心を広く持たなきゃ」
ケンタ「(吐く息が震える)…もういい。お前にはほとほと愛想が尽きた」
トシユキ「(もぐもぐ)」
ケンタ「友達だからって俺はお前を甘やかしすぎたよ」
トシユキ「(もぐもぐ)」
ケンタ「(怒鳴る)出てけ! 今日限りでお前とは友達の縁を切る」
トシユキ「(手がとまる)…は? 何だよそれ」
ケンタ、トシユキの腕を引っ張る。
トシユキ、必死に抵抗する。
ケンタ、床に這っているトシユキを力づくで引きずっていく。
トシユキ、柱にしがみつく。
× × ×
玄関の外まで追い出されたトシユキ。
ケンタ、ドアを閉めようとするが、トシユキ、最後の抵抗を見せて閉めさせない。
徐々に閉まっていくドア。
トシユキ、ドアの隙間から顔をのぞかせ、
トシユキ「頼む! 閉めないでくれ!」
ドア、閉められる。
ケンタ、速攻で鍵とチェーンをかける。
インターホンが鳴る。
ドア越しから、
トシユキの声「(白々しい)宅急便でーす」
ケンタ「(無視)」
ケンタ、リビングに戻る。
ケンタ、イライラしながら室内を歩き回る。
ケンタ、くしゃくしゃになったマックの紙袋を拾う。
ケンタ、ポテトをむしゃむしゃ食べはじめる。
× × ×
ケンタ、仕事に出かける支度をしている。
ケンタ、財布の中身を確かめる。
ケンタ、机の棚から広辞苑を抜き取る。
ケンタ、広辞苑を開く。
中に封筒が挟んである。
封筒の中には20万ほどの金。
ケンタ、封筒から万札を1枚抜き取り、それを財布に補充する。
ケンタ「よし。頑張るか」
○部屋の外廊下
ケンタ、出てくる。
ドアの横でトシユキがしゃがみ込んでいる。
ケンタ「…」
トシユキ「(ケンタへ)寒くて死にそうだから中に入れてくれよ」
ケンタ「お前とはもう友達の縁を切った」
トシユキ「そんな寂しいこというなよ。小学校の時からずっと一緒に遊んでただろ。そんなこというなって」
ケンタ「そこにいられたんじゃ迷惑だからどっかいってくれないか」
ケンタ、ドアの鍵をしめる。
ケンタ、ズボンのポケットに鍵をしまうと歩き出す。
とケンタの背後からいきなりトシユキが迫ってくる。
トシユキ、体を密着させてケンタのポケットに両手を突っ込む。
ケンタ「?!」
抵抗するケンタ。
トシユキ、股間をグリグリやりながら鍵を探す。
隣人が出てくる。
隣人「(白い目)」
ケンタ「あ…違うんです!」
トシユキ、隙をついてケンタから鍵を奪う。
トシユキ、猛ダッシュでドアの前までいき、鍵を開けて部屋の中に入ると急いでドアを閉める。
ケンタ、ドアを叩く。
ケンタ「おい!」
チェーンがかけられた状態でドアが開く。
トシユキが顔を覗かせる。
トシユキ「どちらさまですか?」
ケンタ「ふざけんな! おい! 警察に通報するぞ!」
ガチャンとドアが閉まる。
ケンタ「…(怒りでわなわな震える)」
○作業場(深夜)
作業着姿のケンタ、重たい荷物を運んでいる。
○更衣室(翌日)
ケンタ、着替えを終える。
ケンタ、カバンを手にする。
ケンタ「(同僚へ)お疲れ様です」
と挨拶して出ていく。
○コンビニ・店内
ケンタ、レジでお茶と弁当を買っている。
若い店員、だるそうにレジを打つ。
店員「…602円です」
ケンタ「袋つけてもらえますか?」
店員、無言でレジを打つ。
店員「…605円です」
ケンタ「(イライラ)」
○コンビニ・外
ケンタ、出てくる。
ケンタ「(ぼそり)…返事くらいしろよ」
コンビニの前、ノーマスクで男たちがダベっている。
ケンタ「…マスクくらいしろよ(と苛立つ)」
○ケンタの部屋の前
ケンタ、やってくる。
ケンタ「(ため息)」
ケンタ、ドアを開けると、意外にも鍵はかかっていない。
○ケンタの部屋
リビングに入るなり、ケンタ、驚く。
出かける前よりも部屋がキレイになっている。
三角巾を被ったトシユキ、ベランダから出てくる。
トシユキ「おう。おかえり。溜まってた洗濯物今干してるとこだよ」
ケンタ「…」
トシユキ「部屋、きれいになったろ?」
ケンタ「…」
トシユキ「風呂もトイレもピカピカに磨いておいたから」
ケンタ「何のつもりだ?」
トシユキ「いや、お前には迷惑かけてるからせめてこれくらいはと思って」
ケンタ「…」
トシユキ「お前が働いてる間俺も頑張ったぞ。金にはならないけどさ、家事だって立派な仕事だろ?」
ケンタ「…」
トシユキ「飯、何がいい?」
ケンタ「買ってきてる」
トシユキ「コンビニ弁当だけじゃ腹満たされないだろ。俺オリジナルの特製チャーハン作ってやるよ。食うだろ?」
トシユキ、張り切って台所に立つ。
ケンタ、部屋を眺める。
ふと、机の棚にある広辞苑に目がいく。
ケンタ、広辞苑を開くと挟んである封筒を手に取る。
ケンタ、封筒の中を確かめると中身が空になっている。
○台所
トシユキ、鼻歌まじりにフライパンを温めている。
ケンタ、やってくる。
ケンタ「俺のへそくりをどこやった?」
トシユキ「え?」
ケンタ「広辞苑の中に隠しておいた金どこやった?」
トシユキ「コウジエン?」
ケンタ「返せ」
トシユキ「何のことだよ?」
ケンタ、トシユキのズボンの後ろポケットから財布を抜き取る。
トシユキ「ど、泥棒だぞ」
ケンタ、財布の中身をあらためる。
20万ほどの金が入っている。
トシユキ「(焦る)それはあれだよ。偶然見つけたからさ、少しあれしようかと思って。シェアだよ。シェア」
ケンタ「…」
トシユキ「俺たちゲームでもCDでも何でもシェアしてるだろ?」
ケンタ「…」
トシユキ「怒んなよ。返すよ」
ケンタ「…」
トシユキ「冗談だって。本気なら発見した瞬間にズラかってるもん。てことは本気じゃないってことだよ」
ケンタ、無言で万札の枚数を数え始める。
万札に紛れて映画チケットの半券が出てくる。日付は昨日。
ケンタ「…ハロワいかないで鬼滅の刃か」
トシユキ「(焦る)ハロワにもいったよ」
ケンタ「…」
トシユキ「それはあれだよ。キメハラ対策。ほら。新しい職場で鬼滅の刃観てないとイジめられるだろ」
ケンタ「…」
ケンタ、大きくため息をつく。
ケンタ、万札を1枚丸めるとトシユキへ投げ捨てる。
トシユキ「…」
ケンタ「それ持って出てけ」
トシユキ「…」
ケンタ「俺はもう知らん」
トシユキ「いや、ホントに冗談…」
ケンタ「(遮る)昔から散々いってきたよな。"今ツーアウトだ。後一回俺に迷惑かけたらスリーアウトだ"と。そのスリーアウトが積もりに積もってここまで来た。もうスリーアウトどころの話じゃない。ゲームセットだよ。俺たちの関係はゲームセットだ」
トシユキ「…」
ケンタ「お前が野垂れ死んだとしても俺は何とも思わない」
○道
トシユキ、とぼとぼ歩いている。
○ハロワ・中
トシユキ、パソコンの前に座っている。
"住み込み バイト"と検索。
○ケンタの部屋
ベッドに横になるケンタ。
ケンタ、イライラして眠れないらしい。
ケンタ、枕に八つ当たりする。
○ハロワの窓口
トシユキ、座っている。
職員、パソコンを器用に操作している。
職員「住み込みできる仕事であなたに合いそうなのをピックアップしといたから確認してください」
トシユキ「何から何まですみませんね」
トシユキ、渡された用紙を眺める。
職員「でも、いい友達じゃない」
トシユキ「はい?」
職員「さっきの話。友達の家に泊めてもらってたって」
トシユキ「あー。全然ですよ。気難しくて、融通が利かなくて、話がつまらなくて。アイツの話で笑ったこと一回もないですもん、俺」
職員「そうかな?」
トシユキ「そうですよ。そのくせ実はナイーブで、周りを気にしすぎるとこがあって、ちょっとしたことですぐ思い詰めちゃう奴なんですよ。あ、これ、いいんじゃないですか?(と用紙を指さす)」
職員「応募してみる?」
トシユキ「ぜひ」
職員、パソコンを操作し始める。
トシユキ「だから俺みたいないい加減な奴がいてやったほうがアイツにはちょうどいいんですよ」
○更衣室(夜)
ケンタと田代、作業着に着替えている。
ケンタ「ぐうたらで、自分勝手で、都合がよくて、人に迷惑をかけまくって、いい加減愛想を尽かしました。今回ばかりは」
田代「でもその友達は追い出されてどうする気でいるんだ?」
ケンタ「知りません、あんな奴」
社員、やってくる。
社員「ケンタ君、ちょっと」
ケンタ「…?」
○面談室
ケンタと社員、向かい合っている。
ケンタ「(絶句し)…コロナ?」
社員「先日うちの社が従業員に対して一斉に行ったPCR検査で君の検査結果が陽性と出た」
ケンタ「でも、自分は全然何とも…」
社員「中には無症状の人もいるから」
ケンタ「…」
社員「つい先ほど検査結果が出たばかりなのでこうして話をしているけれど、君には至急帰宅してもらいたい」
ケンタ「…はあ」
社員「それといいにくいんだが食品工場というデリケートなものを扱う関係上、陽性とあっては次の契約更新は難しいと考えてほしい」
ケンタ「…そんな」
ケンタ、愕然とする。
ケンタ「…この会社は社員登用があるって聞いてたからこれまでやってきたのに」
社員「すまない」
ケンタ「…」
○ケンタの部屋
ケンタ、帰ってくる。
ケンタ、ヤケクソになって鍵を投げつける。
ケンタ「くそっ!」
○駅前(数日後)
トシユキ、駅からやってくる。
中年の男(社員)、車を停めて待っている。
社員、トシユキに手をふる。
社員「照井トシユキさんで」
トシユキ「はい」
社員「どうぞ乗ってください。今から面接場所にお連れするので」
トシユキ、車に乗る。
○ケンタの部屋
ケンタ、遠い目でゲームをしている。
○面接室
トシユキ、社員から面接を受けている。
社員「害虫駆除の仕事をしたことはある?」
トシユキ「いや、初めてですね」
社員「なぜこの仕事をしたいと思ったの?」
トシユキ「うーん。虫とか嫌いなんで。ここらで一発KILLしてやろうかなと」
○ケンタの部屋(数日後)
ケンタ、ゲームをしている。
ケンタ、すっかりやせ細っている。
○倉庫
トシユキ、全身作業着姿。
トシユキ、噴霧器を手にしている。
トシユキ「殺しまくるぞー(と張り切る)」
○ケンタの部屋(数日後)
ケンタ、ベッドで寝転んでぼーっとしている。
とインターホンが鳴る。
ケンタ、無反応。
もう一度インターホンが鳴る。
部屋の外からトシユキの声が聞こえる。
トシユキの声「おーい。仲直りしにきたぞ」
ケンタ「…」
トシユキの声「住み込みのバイトが見つかったんだ。おーい。いるんだろ?」
ケンタ、立ち上がる。
ケンタ、インターホンの受話器を取る。
ケンタ「(憔悴した声で)俺はコロナだ」
トシユキの声「え。何?」
ケンタ「俺はコロナだ」
トシユキの声「あー愛知の。何? いつからお前冗談いえるようになったの?」
ケンタ「冗談じゃない。コロナの検査で陽性だよ」
トシユキ「え?」
ケンタ「…入りたいなら入れ。その代わりコロナ菌が部屋中に漂ってるけどな」
トシユキの声「いやいや。ガチで? でもそんな落ち着むことでもないだろ。コロナくらい誰だってかかるぞ」
ケンタ「ついでに仕事もクビだ」
トシユキの声「え?」
ケンタ「この歳で非正規やってること自体周囲から白い目で見られてるのに、無職となりゃ社会から村八分されたも同然だ」
トシユキの声「そんなことないだろ」
ケンタ「おまけにコロナの烙印つきだよ」
トシユキの声「待てよ。なんでそんな風にネガティブに考えるんだよ。コロナなんてただの風邪だぞ?」
ケンタ「…」
トシユキの声「無職で何が悪い?」
ケンタ「(イラつく)お前は能天気でいいよな。社会の仕組みがどうなってるかなんて考えたことないんだろ。無職は市場価値ゼロの人間。つまり社会の不要物ってことだよ」
トシユキの声「さっきから聞いてりゃお前はどこまで無職とか非正規をバカにしてるんだよ」
ケンタ「…」
トシユキの声「あのな、社会で活躍してる奴が一番偉いっていうなら食べ物界で一番偉いのはマックのハンバーガーってことになるぞ」
ケンタ「…」
トシユキの声「違うだろ。ダントツでフレッシュネスだろ」
ケンタ「…」
トシユキの声「お前はフレッシュネスバーガーなんだよ」
ケンタ「…意味わかんねえよ」
トシユキの声「周りがどう思うとかそんなの関係ないだろ。無職だろうとコロナだろうとお前はお前であって、お前は俺の親友で、俺の中でNo.1のハンバーガーなんだよ」
ケンタ「…」
トシユキの声「世の中には色んなハンバーガーがある。でもお前は世の中の全員がマックのハンバーガーじゃないとダメだと勝手に決めつけてるんだよ。色んなハンバーガーがあることをお前は受け入れられない。だからこんなちっぽけなことでくよくよするんだよ」
ケンタ「…」
トシユキの声「ドア、開けろよ。どうせまともに飯食ってないんだろ」
ケンタ「…」
トシユキの声「ほら。開けろって。No.1のハンバーガーをお前に差し入れだ」
ケンタ、玄関へいく。
ケンタ、玄関のドアを少し開ける。
ドアの隙間からトシユキの手が伸びてきてハンバーガーの入ったビニール袋がケンタへと渡される。
トシユキ「(顔を覗かせ)早く風邪治せよ」
ドア、ゆっくりと閉まる。
ケンタ、ビニール袋の中身を見るとマックの紙袋が入っている。
紙袋の中身はトリチのセットだ。
ケンタ「…マックのトリチじゃねえか」
ケンタ、その場でがっつく。
ケンタ、久々の飯に涙が出てくる。
ケンタ、涙まじりにトリチを頬張る。
○コンビニ(一週間後)
ケンタ、レジでお茶と弁当を買っている。
若い店員、だるそうにレジを打つ。
ケンタ「(率先して)悪いけど袋もつけてもらえますか?」
店員、無言でレジを打つ。
店員「…605円です」
ケンタ、金を払う。
ケンタ、店員から弁当を受け取る。
ケンタ「(笑顔で)どうも」
店員「…うっす」
○コンビニ・外
ケンタ、出てくる。
とスマホが鳴る。
ケンタ、電話に出る。
トシユキの声「(泣きそう)ケンタ。バイトクビになった」
ケンタ「あ?」
トシユキの声「ゴキブリが気持ち悪くて逃げ回ってたらクビだって」
ケンタ「お前のことだからだいたい予想はついてたよ」
トシユキの声「それで寮追い出された」
ケンタ「…しょうがねえな。俺も外出できるようになったし、俺んちきて一緒に職探しでもするか」
トシユキの声「え? いいの?」
ケンタ「他にいくとこがねえんだろ」
トシユキの声「じゃ今からマックでトリ…」
ケンタ「(遮って)トリチは買ってくるな」
トシユキの声「わかった。速攻でそっちいくわ(と電話を切る)」
ケンタ、心なしか笑顔になる。
ケンタ、家までの道沿いをゆっくり歩いてゆく。
(おしまい)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?