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ひとつなぎの木の下で(9)

*お金からの開放がテーマの短編小説です。全9回、最終回です。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。初めて小説を書かせていただきました。楽しかったのでこれからも書いていこうと思います。アドバイスやご意見などコメントしていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

9  人と人との繋がり
 
 木下さんは手際よく名刺を取り出す。名刺を受け取りながら再び話を聞きに行くであろう予感がしていた。

「また、お話聞かせていただくかもしれませんので」

 型通りの名刺交換を済ませながらも、この社会の息苦しさや叔父が死を選んだ理由の全てが氷解していくのを感じていた。叔父も例に漏れず、お金という道具の[力]に翻弄され自分を孤独の淵に追い込んでしまったのだろう。 先ほどから途切れることなく次々と思いが巡ってくる。お金は単なる交換ツール。すべてを価格で計ろうとする道具で繋がっていても人の心がバラバラだから社会は息苦しくなる。それに単なる道具が中心の社会なんてナンセンスにも程があるじゃないか。全くもって我々人類は長い年月をかけて物事を複雑にし過ぎてしまったのかもしれない。
  人類というチームは向かうべきゴールを気付かぬうちに見誤っていったのだ。そんなことを考えながら、これを記者として伝えていかなければならない、と固く誓っていた。

「田宮さん、もう赤坂に着きますよー」

 気がつけば車は高速を降り青山通りを走っていた。雪は止んでいるようだが路面には雪が2センチ程度積もっているように見える。外は極寒であろう。

「本当ですね、無事に着けそうでよかったです。とても充実したインタビューも出来ましたし、ありがとうございました。
 あと木下さん最後に娘さんのお話、聞かせてもらってもいいでしょうか?昔の木下さんのようなお父さんは離婚したら大概子供には会わせてもらえないことが多いですし、娘さんは嫌がったりしないのかな?って、ああ、あまりお話したくない内容かもしれませんね、すみません。デリカシーが無くて」

「いえいえ、田宮さんの疑問も当然のことかもしれません。3年ほど前でしたか、私もいろいろ心境が変化してどうしても娘に謝りたくて連絡を取ってみたんです。連絡先を知るために色々大変でしたが、そこは端折りますね。最初は電話で話したのですが、もう何年かぶりで高校生になっていましてね。落ち着いた声でしたよ。私は酷いことをしたことを心から謝りました」

「娘さんはなんて言われたのですか?」

 目を細め口元には笑みを浮かべながら、木下さんはすっかり父親の表情になっていた。娘の顔を思い浮かべているのだろう。
 
「はい、娘の言葉をそのまま言いますね。

『あの頃、まだ小学生だったから事情はよくわからなかったし、すごく悲しかった。でも、今ならわかるよ。あの時お父さんも私たちを守るために一生懸命、戦ってくれていたんだよね。お父さんも必死だったんじゃないかって。そう思えたら私すごく楽になれたの。だからね、お父さんは私にとってはいつまでもお父さんだから赦してあげる。離れ離れでもこれからもお父さんでいてね』

って言ってくれたんです。あんなに酷い父親だったのにこんなに優しくて、もう、嬉しくて申し訳なくて私は涙が止まりませんでした。もう戦い方を間違ってしまった過去は取り戻せないですし、家庭を壊してしまった私が言うのもおかしいですが今、 私は幸せです。幸せ者です。私の心があのままだったら、こんな風に幸せを感じられなかったでしょう」
 
「木下さんの心が人と人との繋がりを中心にするという方向に向かったから娘さんも赦してくれたのでしょうね。本当によかったですね」

 最後、木下さんはメガネを曇らせ涙ながらに語ってくれた。親子とはいえ、人と人との繋がりはここまで強く、そして優しいものなのか。私も目頭を熱くした。この価値をお金で計ろうとしてもできるわけがない。完全に現代の我々は盲目的にお金中心となっている。そこに全くと言って良いほど気づいてもいない。拝金という言葉があるがまさにカルト宗教のマインドコントロール下の信者のようではないか。

「はい〜、到着しました〜。お疲れ様でした〜。14万円になります〜」
 
「うわ、さすがに高いな。まぁ経費は出すって言ってたけど。じゃあカードで」

 高額料金に思わず反応してしまって、動揺を隠すように独り言をボソボソつぶやいていた。木下さんは手慣れた様子でカードの処理をしている。あ、そうだ、おもむろに思い立ち財布を取り出す。

「あとこれインタビューのギャラです。裸ですみませんが」
 
財布から2万円を取り出しそのまま渡そうとすると。

「えーっ!ギャラなんて入りませんよ、とんでもないです」

 木下さんは両の手の平をこちらに向け受け取らないジェスチャーをしている、困っている様子だ。娘さんと美味しいものでも食べてください、と言ってやっと受け取ってもらった。申し訳なさそうに何度も頭を下げて。

 
 お礼を言い車の外に出ると、すっかり雪も止んでいて雲の無い空は少し明るくなっていた。冷気に身を強張らせる。木下さんの話を思い出しながら、何か夢の中にいるようだった。あのインタビュー自体現実だったのか?とすら感じるが赤坂の歩道を私は今歩いている。間違いなく現実だ。
ふと、歩道の雪が除雪されているのに気がついて『お陰様』で足が濡れないで済むなぁ、と見上げたビルの谷間の朝焼けに目を細めていた。

終わり

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