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ひとつなぎの木の下で(2)

*「お金からの開放」がテーマの短編小説です。全9回、連日投稿いたします。

2 タクシードライバー
 
 夜も更けて日が替わろうとしていた頃、自宅でここ数日取り掛かっていた案件の原稿をまとめ終わりコーヒーを入れ一息ついていた。そんな折、私の携帯電話が突然鳴り響いた。出てみると馴染みのクライアントからだった。こんな夜更けに何事かと尋ねると、慌ただしい様子で明日の早朝までに赤坂まで来てほしい、といういわゆる一方的で詳細はいっさい明かされない「とにかく来い」という内容の電話だった。こんな時間では新幹線など無く、明日の早朝に赤坂に着くための交通機関はタクシーぐらいしかない。「明日ではダメなのか?」と一旦はごねたが、タクシーの経費は出すし、ギャラもはずむと言うので渋々了承した。こういったことは日常茶飯事といえばそうなのだが、まったくこちらの予定などは何も気にもかけていないのか?といつも思う。いつものごとく少々苛立ちを覚えながら急いで身支度をして自宅を出た。
 2月の外気に息が白くなっていた。足早にタクシーを拾うために駅に向かった。駅までの道すがら、公園の近くでエンジンをつけた状態で停車しているタクシーを見つけたので運転席の窓から覗き込むと50前後くらいの男性ドライバーが仮眠をしているところだった。申し訳ないな、と思いながら窓をコンコンと叩き呼びかけてみた。寝ぼけ眼で目を覚ましたドライバーは少し慌て気味に身を起こしアワアワしながら 後部座席のドアを開けてくれた。早く暖房の恩恵に預かりたいと思い、そそくさと後部座席に身を滑り込ませた。
 
「ああ、すみません眠ってしまっていて。お客さん、どちらまで行きましょう?」
 
ドライバーは自ら眠気を覚ますかのように、少し大きめの声を懸命に張ろうとしていた。

「こちらこそ、休憩中に起こしてしまってすみません。赤坂までなのですが…」

「え!?東京ですか!?うわ〜嬉しいなぁ。いやいやいや、まさか今日という日に長距離のお客さんを乗せられるとは!目が一気に覚めましたよ、ハハハハ」

 がたいは良く短髪丸顔に黒縁のメガネが印象的な典型的なおじさんスタイル。とても気さくでざっくばらんな印象の明るい感じのドライバーだった。名古屋から東京は確かに長距離だ。このご時世、昔ほど長距離客の数は多くはないだろうからそれはそれは嬉しいのだろう。黒縁メガネを外し口笛を吹くかのように息を吹きかけレンズを磨きながらバックミラー越しにこちらを窺っている。すっかり目が覚めたのは間違いなさそうだった。
 
「ただ、東京方面は雪がチラついてるらしいので渋滞に合うかもしれませんが、お時間大丈夫ですか?名古屋インターから東名に乗って良いでしょうか?」

「そうなんですか、2月に入って急に冷え込み始めましたもんね。まぁでも明日の早朝までに着けば良いので。名古屋インターからでお願いします」

「あ、そうですかわかりました!では参ります。いや〜しかし嬉しい」

 浮ついた様子で車を走らせたドライバーは鼻歌でも歌い出しそうなほどのご機嫌な様子を隠そうともしない。長距離客を乗せれば儲かるにしてもいい大人がはしゃぎすぎではないだろうか?何がこのおじさんをそうさせるのか私は職業柄聞かずにはいられなかった。

「あの〜運転手さん」

 私は話しかけたところでダッシュボード上のネームプレートで名前を確認して改めて話しかけ直した。

「あの〜、木下さんどうしてそんなに上機嫌なんですか?」

「え?ああ、すみません。そんなに顔に出ちゃっていましたか?あの、実はですね、明日久しぶりに娘に会いにいくんですよ」

「娘さん?」

「はい、私10年ほど前に離婚していまして3年前から年に一度娘と会える日をもらっているんです。それが明日で、それで長距離のお客さんをゲットて出来て…あ、失礼なこと言っちゃってるかもしれませんね、申し訳ございません。20歳になる娘がこの春短大を卒業するんです。それで仲の良いお友達3人組で箱根に温泉旅行に行くっていうので少しお小遣いあげられるかな、なんて」

 これから金を支払う客の前でその金の使い道を話すなんて、あまりにぶしつけなことのようにも思えたが良い話でもあるし何より本当に嬉しそうなので悪い気もしなかった。

「へぇ、良いですね。温泉旅行」
 
「ほら、私個人タクシーでしょ?収入が一定ではないので余力がなかなか作れないんですよ…あ、ごめんなさい。私の話ばかり一方的に話してしまって、いつも仲間に木下さんは本当におしゃべりだなぁ、なんて怒られてるのですが、ハハハ」

「いやいや、私もフリーで記者のような仕事をしていますので、お話していただいても構いませんよ。もしよかったらご家族の話などお話を伺いたいですね」

「記者さんですか!それはすごい!インタビューみたいで緊張してしまいますわっ、ハハハ」

「お話伺っても大丈夫ですか?何やら高速道路が渋滞するような情報も電光掲示板に出ていましたし、時間はたっぷりありそうですので」

 最初は時間潰しにでもなれば良いかという本当に軽い気持ちでしかなかった。そう、本当に軽い気持ちだったのだが…。

つづく

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