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ひとつなぎの木の下で(5)

*お金からの開放がテーマの短編小説です。全9回、連日投稿いたします。

5 マウントを取る
 
 用を足して車に帰ってくるとホッとした。もうすでに木下さんはコーヒーを買って待っていてくれた。お代をお支払いしようと財布を出したが、木下さんはここは奢らせてくださいの一点張りだったのでご馳走になった。ブラックコーヒーが冷えた身体に染み渡っていく。おかげで苛立ちの心も落ち着いてきた。

「マウント…これがお金の世界をよく表してる言葉だと木下さんはおっしゃいましたか?」

「ええ、まさにマウントの取り合いが多いですよ今の社会は。それはすべて人間の心の現れです。お金でマウントを取るなどと言うと、お金自体が悪いと誤解してしまいがちですがお金は単なる道具なので良いとか悪いとかいうことではないんだと思います。マウント取って優位に立ちたいという気持ちをお金に乗せてしまっているのがまずいんです。あくまで問題なのは心境の部分なんです。現在の経済システムのルールはこの欲の心と相性が良いんでしょうね」

「確かにお金があれば、マウントを取ろうと思えば取れますね」

「はい、お金という権力があれば誰でも王様になって家来を従えて遊んで暮らせると。ハハハ」

「!。そんな封建的な思考が未だにあるってことですか!?この21世紀に!?」

「ハハハ、そうそうまさに封建社会ですよ。あちこちで小さな王様が自分の小さな王国を守るために必死にマウントの取り合いをしている。所詮、小競り合いなので王国っていうのは大袈裟ですけどね…。かなり雰囲気は近い気がします。昔の私を見てください。小さな家庭の中で威張っちゃって威張っちゃって。[俺が食わせてやってるんだ王]ですよ。独裁者。暴君。ハハハ」

 うーん、でもそれは事実かもしれない。お金を払う方が偉い。お金を持っている方が自然と優位に立つ社会だ。基本的人権がほぼ世界中で認められている時代に人間の心はまだ封建的なままなのだ。なんてことだ、我々は全然進歩していないじゃないか。

「田宮さん、それでもみんな独裁者になりたいわけじゃないですよね。優しい人もいるし、助け合って支え合って生きてる人たちもいます。ああ〜やっぱりここから渋滞始まっちゃってるわ〜、いやいやいや…」

 海老名サービスエリアから大和トンネルの中間あたりだろうか、前方にハザードランプをつけたトラックの車列が見える。

「ええ、まさにそうですよ。みんながみんな封建的な思考があるわけではないでしょう。そこから進歩して平等の精神を胸に生きている人たちの方がマジョリティのはずです」

 人類はそんな不平等な旧時代の封建制などとっくに卒業していなければならないと思った。

「そうですね、そんな暴君のような小さな王様ばかりの世の中は殺伐としてしまいますよね。まるで北◯の拳の世界みたいになっちゃいますよ。でも…現実に今の世界では…?」

「戦争もあるし争いも絶えないですよね、、実際国単位でも国益を求めて思惑だらけでマウントの取り合いをしていますし、人どうしも騙したり裏切ったり嘘の中で生きている人もいます。私は仕事柄そんな人間たちとばかり会っていますから。確かに闇金なんかは北◯の拳の世界だなぁ」

「田宮さんも記者さんだからお詳しいとは思いますけどニュースを見れば事件や犯罪などのトラブルはお金が絡むことが多いですよ、やっぱり。お金のトラブルの向こう側には必ず人間関係がありますので現代人の悩みのほとんどが人間関係と言えますね。その人間の心には何がなんでも優位に立ちたいという気持ち。自分さえ良ければ良いという孤独な心があるんです。だからしばしば人は馬鹿にされれば怒るし、馬鹿にされないように着飾り、手段を問わずに取り繕ってしまうんじゃないでしょうか」

「おっしゃることはよくわかります。先ほども勝ち組、負け組なんて話もありましたね。これは間違いなく優越感を得たいという気持ちからくる言葉でしょう。ただ、それは人間の性(さが)とも言えるもので仕方ない気もします」

「田宮さん、ここでお金の取説を思い出してみてはどうでしょう。覚えていますか?あの[人を思い通りにコントロールするためには使用しないでください]です。お金は単なる交換ツールですので交換にだけ使えば良いんですよ。ハンマーと同じで道具として正しく使えば」

「でも、なんだかそんなに割り切っては使えないですよ、きっと」 

「そうですかぁ、その理由は心の問題だからですよね。取説通りに使えるか使えないかもその心次第という」

「はい。先ほども言ったとおり人間の性ですから、優越感を得たい気持ちを押さえ込まないといけない。人類全員が山に籠って修行でもするしかないじゃないですか」

「うーん、じゃあこれはどうでしょうか。お金には厄介なことに一つだけ他の普通の道具とは違うところがあるんです」

つづく

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