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心と体のバランスとれていますか?「漢方」だけど「だけ」じゃない自分との向き合い方

「体にいいもの」という漠然としたイメージのある漢方。詳しく知っているのかと言われると、全くもってそんなことはない。どうやら、体への負担をあまりかけずに不調に働きかけてくれるらしい、というくらい。
 そんな私がお散歩中に発見したのが、漢方薬局「安樹堂」。
和洋折衷のおしゃれな佇まいを素敵だと横目に見つつ、果たしてその扉を開く勇気はなかった。興味をそそられるならやってみようと取材依頼をしたところ、安樹堂の店主である矢野久美子さんにお話をうかがうことができた。今回は、漢方がなんとなく気になっていたという方も、そうでない方も、きっと少し前向きになれるヒントをお届けしたい。

漢方薬局 安樹堂 店主 矢野 久美子 様


心と体のバランスを大切にする東洋医学

 「漢方」――馴染みがあると明言できる方はどれほどいるだろうか。私たちが慣れている現代医学・医療というのは、西洋医学のこと。この冬もインフルエンザが流行した中で、あなたのかかった病院も西洋医学ではなかろうか。対して、漢方は東洋医学の薬にあたる。ここで、矢野さんがご自身の実体験を挙げつつお話ししてくださった、3つの漢方の特徴を紹介する。

①心と体のバランスをとること―「中庸」の考え方

 西洋医学であれば、心の問題は心療内科や精神科の管轄となり、様々な症状に対してそれぞれに対応する薬が処方される。だからこそ、多様な症状に対して同時に対応するためにはたくさんの薬を飲む必要があることも。
 一方、東洋医学では、心を整えれば自然に体も整う、その逆も然りと考え、心と体全体のバランスが崩れているところにアプローチをする。東洋医学はそのベースに哲学が関係しており、心と体はつながっているという考えのもと、全体のバランスをとるための治療がなされる。これは「中庸」とも言われ、辞書的には「過不足がなく、調和がとれている」こと。儒教における四書のひとつであり、重んじられた書物にも同じ名前のものがあるが、東洋医学・漢方のなかでも大切な考え方のひとつであるようだ。

 大学4年生の頃の矢野さんは、漢方やアロマなど、好きなものについて勉強して、研究に明け暮れていた。帰りが夜中の3時になることもよくあるほど頑張りすぎており、精神的に不安定になってしまったのだとか。そこで心療内科で診察してもらい薬を処方されたとき、違和感を覚えた。

「何かが、ちがう。――私のこの気持ちを薬なんかで左右できるわけがない!!!」

 大学生とはいえ思春期の若者の叫びと言ってしまえばそれまでであろうが、漢方を学んでいた矢野さんがたどり着いたのは、自分の心の不調は体に原因がある気がするという予感。「そう思うなら早く寝ればよかったんですけどね」と矢野さんは笑う。寝る間を惜しんでも学ぶ熱の入れ方を素敵に思う反面、知識として医学を学んでいても実践は一筋縄ではいかない複雑さを痛感する。当時の矢野さんの症状は元来の体質も相まって、皮膚が弱く、アトピーもあり、免疫も落ちていて、精神状態もよくない、さらにアレルギーで鼻水がひどい…。この状況を治療するにはたくさん種類の薬を飲まなくてはならない。幼いころからさまざまな薬物療法を経験していたこともあり、漢方に切り替えてみたところ、なんと、1種類の薬でよくなっていったという。全ての人が必ずしも同じようになるというわけではないが、症状に個別に対応するのではなく、心も体も整えていくという漢方の特徴が表れている。

②予防ができること―生活のポイントを知る

 ここでは瘀血(おけつ)という東洋医学の言葉について話してくださった。瘀血とは塊をつくりやすくなってしまう症状のことだそうで、血が汚くなってしまい、筋腫や不妊症、生理痛のひどさ、頭痛や肩こり、アトピーなどの原因になる場合がある。また、何十年も状態が改善しないと癌につながってしまうこともあるのだという。癌と言われると漠然と恐ろしく感じる。

 しかし、この瘀血を解消するための生活のポイントはたくさんあり、それらに気を付けて生活することが、「予防をする」ということになるのだ。日々どこからか流れてくる様々な健康法に踊らされることがないという点だけでも十分魅力的だ。日々のちょっとした不調で、体質だから仕方ないと思っていたことも、実はこの瘀血に気を付けて生活をすれば不調の予防ができるかも…詳しく伺ってもいいですかっ!と言いたくなるが、皆さんにこの記事をお伝えするのが先だ…がまん。気を取り直して、この「予防」ができるという点は西洋医学との大きな違いのひとつであり、西洋医学では対応できない不調であっても東洋医学では予防ができる場合もあるということになる。

③一石二鳥では収まらない...かもしれない

 2つ目までは健康に焦点を当てていたが、3つ目は美容についてだ。
 想像してみていただきたい。

あなたがニキビに悩んでいたとして、その治療をしていたら、
生理痛が治った…。
魔法?
ちがう。
バグ?たまたまじゃない?
…残念ながら不正解。

矢野さんの解説では、ニキビの原因は瘀血。
ピンときただろうか?

 ニキビの治療といいつつ、その実は瘀血をとるための行動をしていたわけで、瘀血が取れてているから生理痛も改善した、ということだ。ちなみに同様の仕組みでシミの予防にもなるんだとか。結局のところ、生理痛の改善のために飲んでいる薬と美容目的で飲む薬で同じものを使うこともあるらしく、結果的に一石二鳥どころか三鳥以上になる場合もあるということだ。もちろん、薬は薬であって魔法ではないので、不摂生をしないことは前提としてある。この効果を体現しているのが中国のお医者さんなのだが、イメージがつくだろうか。そう、やたら肌のきれいな元気なおじいちゃん先生。一体どんなスキンケアをしているのだろうと思うところだが、そうではない。東洋医学の知識から養生に気を付けて、必要に応じて漢方や薬膳料理を取り入れて体を整えているからこその元気さ、きれいさなのだという。なんにせよ、1つの薬で美容も健康も好転するということになると、薬の飲み合わせを気にしなくていいし、お財布にも優しい。美容から攻めていっても体もよくなるというのが3つ目にお話いただいた漢方の魅力だ。

 この3つの特徴だけでも、西洋医学とは異なっていることやその魅力が伝わったのではなかろうか。漢方は全てを解決する魔法の薬でこそないが、うまく生活に取り入れることで体と心のバランスをとり、不調を予防し、美容への効果を期待できる可能性を十分に有しているのだ。

柔軟に身体に合ったものを提案できる健康コンシェルジュへ

 漢方薬局という名前から、この安樹堂は漢方でいっぱいの空間で、漢方だけを処方している…そんな勝手な決めつけを矢野さんは一蹴する。

 体のことを気軽に話せる場所があればという思いを具現化したのが安樹堂。そして矢野さんは「健康コンシェルジュ」なのだという。漢方だけでなく、自分にあった体のバランスのとり方を提案している。そして、年齢なりの最大限の体力や免疫力を持って、精神が安定した状態を保っていられるよう、できれば亡くなるまでサポートできる存在になりたいということだ。

 矢野さんご自身が幼少期から虚弱体質であり、喘息やアトピーなどを抱え、さまざまな治療を受けたり、薬を飲んだりしていた。もちろん一時的には症状は改善するが、体質が変わる訳ではなく、よく風邪をひいて寝込んでいた。そんな経験から体に興味をもち、看護師だった母の影響もあり、医療関係に関心が深まっていくことになる。

 薬を使っても中々良くならない自分と同じような虚弱体質な人でも、自然に沿って体の免疫力を上げて生きていくために、漢方を通してそのサポートを行おうと、漢方を扱える薬剤師の道を志すように。

 現在の肩書とひとつとして、「漢方薬剤師」をもつ矢野さんだが、漢方については大学で学んだというわけではないのだそう。というのも、そもそも日本の医学は西洋医学がメインであり、教育制度としても西洋医学が中心となっているため、昔は東洋医学を学ぶには独学か本場中国への留学、鍼灸学校に通うという選択肢であった。加えて、漢方専門の職の門は狭い。

 アロマの知識から、スパセラピストとして働く経験も経て、現在では漢方薬局「安樹堂」を営む矢野さん。薬剤師という肩書で漢方薬局を構えているが、「必ずしも漢方で治療する必要はなく、自然療法や現代医学、アロマなど様々な引き出しから、一人ひとりに合ったものを柔らかい頭で提示できる相談役になりたい」のだと語ってくださった。実際に、安樹堂にいらっしゃる方の中には相談の上で漢方は購入せずに薬草を使ったお茶を購入して帰る方もおられるのだとか。一般的には健康に良いとされている方法や食べ物でも、体質と照らし合わせると実は向かないという場合もあり、体のことを気軽に話せる場所として安樹堂は存在しているのである。

 主にお客さんに対して漢方相談をして、必要に応じて漢方を処方したり、養生法や生活の上でのポイントを伝えたりされているが、矢野さんの活動は安樹堂の店頭だけで行われているのではない。そのひとつが、オンラインでの講座の開講である。内容は漢方や東洋医学の考え方、養生法などを伝えるもので、国内だけでなく海外に住む日本人の方も受講されているとのこと。漢方や東洋医学を学びたいと思っても学べる場は多いとは言えない。漢方が好きだからこそ、学びたいと思う人に学べる場を提供している。

「コツコツと。」を合言葉に「いつか」を描く

 安樹堂は矢野さんがおひとりで営まれている。HPも自分で作られており、安樹堂の営業やオンライン講座だけでなく、店休日に講演をされていることもあるらしく、大忙しのように思われる。次に挑戦したいことをうかがうと、さすが矢野さん。すぐに語ってくださった。

 1つは、オンライン講座で海外居住の方との繋がりができたことから発展して、海外の日本人向けにサービスを展開したいという。国によって法律が異なるため、薬自体を発送することは難しいが、植物や食物の力をうまく活かした体によいお茶やおやつのようなものを中心にECサイトなどでサービスを展開できればと目論んでいるようだ。ターゲットとしては海外に住む日本人を主に考えているらしい。「国境関係なく体を整えたいという人にサービスを提供したいというのが最終目標」ということである。

 もうひとつの目標は、生薬を身近に感じられて、若い人や今まで馴染みのなかった人も手に取りやすいようなおしゃれな商品を開発すること。そして、開発した商品を専門に扱う店舗として、安樹堂とは別にもう一店舗構えたいという目標だ。現在も商品開発は行っているそうだが、何にせよ矢野さんおひとりでされていることもあり、手が足りないのだそう。すでに商品開発もされていたとは、さすが矢野さんである。

 いずれの目標も今すぐに実現させるために取り掛かるという訳ではない。大きな目標として描いている状態に過ぎないのだという。そう言いつつも、少しずつ英語や中国語を勉強してみたり、すでに商品開発をされていたり。「思うのは自由だから。やらないかもしれないけど、一応準備だけはしとこうかな」と話すのには理由がある。安樹堂を開店したきっかけも、一応のためにしていた準備が活きたのだ。

 矢野さん式の準備はこうだ。まず、やりたいことはノートに書いてみる。そして、その達成のために必要なことを自分の知る限り書き出していく。その中から、今できることを探してみる。できることから攻めてみていると、違う扉が開く…。

 元々、海外と繋がりたい、いつか自分のお店を持てたらいいなという漠然とした夢を持っていたが、自分の能力やお金、時間、そして子育てなどのライフステージにおける生活環境などを照らし合わせて、実現は難しいと感じていた。それでも、日々に追われるだけでなく、自分のためにとその時々でできることをコツコツ続けていたのだという。するとある時、勤めていた薬局が閉業することに。その薬局に通っていたお客さんの受け入れ先のひとつという役割もあり、バタバタと現在の安樹堂を開業したのがはじまりなのだとか。もし、何も準備していなかったらきっとできなかったという実感があるからこそ、「もしかしたら使わないかもしれないけど、今できることはやっておこう」という矢野さん式が完成した。

 そして、自分の大きな夢のために今できることをコツコツしているという事実は、何より自分の人生のモチベーションを高めることになる。
 さらに、それを自分のためだけでなく、家族や身近な人など誰かのためにすると、なんだか頑張れるというのが矢野さんの実体験であり、教訓だ。

 今やりたいことでも、その気持ちを10年、20年と維持するのは大変。それでも、維持していればいつか何かのきっかけが突然目の前に転がってくるかもしれない。そんな時、自分が能力を発揮できる状態にあるのかどうかで、その機会に対応し、プラスに変えられるかは左右される。

 それでも、もちろん苦手なこともある。実は矢野さん、お金の計算が苦手でできれば極力やりたくない。しかし、お店の経営をしているのでやりたくないなどどは言っていられないのだ。矢野さんの場合、簿記の勉強をする目的は簿記を学ぶことではなく、安樹堂の経営のためである。だからこそ、得意にこそなれなくても、やっておくと次の段階に進むことができる。やりたい、やりたくない、だけが基準になるのではなくて、中には「苦手でできればやりたくないが、やりたいことのためには必要なこと」もある。「若いうちは必要だったらやったほうがいい。結果、やりたいことに結び付けたらいいんです。それが全部自分の力になるから」と伝えてくださった。

【編集後記】

薬剤師さんで、健康コンシェルジュ。
いったいどんな方なのだろう…と思いつつ取材させていただいた矢野さん。
漢方パワーも相まってなのか、とっても素敵でパワフルな方であった。
ご自身の思いと思考の柔軟性を大切に、今できることを明確にしながら、
次の段階を常に見据える姿勢は、経験に基づくものなのだと実感させられた。お肌もピカピカで、体を整えるとはこういうことなのかと思っているところだ。
 私自身、就職を控えており、きっと自分には向かないなと思うことにも出会うのだろうが、「結果的に自分のやりたいことに結び付け」てしまうのだという素敵なマインドを私の武器として増やすことが、私の目標として加わった取材となった。

【略歴】
京都薬科大学卒業
     
ドラッグストア、大学病院、調剤薬局、個人病院にて勤務

アロマセラピストの国際資格を取得
薬剤師をしながらセラピストとして従事

煎じ専門調剤薬局、漢方相談薬局にて薬局長を務める

2021年秋 漢方薬局 安樹堂を開業

2023年 抗加齢指導士取得

薬剤師歴25年、漢方薬剤師歴15年。

【取材日】
2024年10月10日

【会社情報】
住所:〒813-0044
福岡県福岡市東区千早5丁目13-28 レジデンスみゆき

Written by CHO Sachiko


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