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大切なヴァイオリニストの来日30周年リサイタルを聴いて、思うこと

先週の金曜日の夜、私が大好きなヴァイオリニストの、アテフ・ハリムさんのリサイタルに行ってまいりました。会場は、東京の荻窪にある杉並公会堂の小ホール。

寒い日が前日まで続いていましたが、この日だけは、お天気も良くて、小春日和の好日。アテフさんと、奥様であり、彼のコンサートのマネージメントも務めてらっしゃる、森明美さんの日ごろの心がけの良さに敬服したものでした。常に、ファンやお二人を支えておいでの方々への感謝を忘れないご夫妻ですからね。

さて。昨年の7月に上野の文化会館での復活コンサートを聴いて以来でしたから、新年早々、アテフさんを聴けることにワクワクしていました。

このところのアテフさんのリサイタルのスタイルは、オープニングで、6曲あるバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタのいずれかを、演奏されることが定番になっています。この日も、そうでした。MCの森さんによれば、”初心に帰って”という意味で、一番のアダージョが選ばれたそうです。

アテフさんのバッハの演奏の深さは、私にはほかの追随を許さないものだと思われます。この日のバッハは、とても苦くて、今の日本及び世界の状況へのアテフさんの憂慮と涙を感じたものでした。

この後、この日のパートナーであるピアニストのユーリー・コジェヴァートフさんが、登場。ロシアのご出身だそうですが、2001年から日本で活動なさっているのだそうです。初めての方でしたが、とても端正なたたずまいの方で、ピアノも心地よい響きをお持ちでした。

このユーリーさんと、前半のメイン、チャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」が演奏されました。3楽章からなる作品で、最終楽章の「メロディ」は、人気もあり、有名です。
アテフさんの演奏が大好きな私ですが、それでも聴いていて、響いてくるものとそうでないものがあります。このチャイコフスキーの「メロディ」は、私自身大好きな曲ですが、何故か今回しっくりこないんですね。わりにしっとりした曲調だと私は認識しているのですが、アテフさんとユーリーさんの演奏は、テンポが速すぎる気がしたのです。
なんでも、この「メロディ」と第2楽章の「スケルツォ」は、チャイコフスキーがウクライナを旅した時の思い出をもとにして、創ったのだそうです。とすれば、アテフさんとユーリーさんが、演奏するうちに、様々な思いが交錯して勢いがついてしまった、ということかもしれません。もちろん、私の推測でしかありませんけれどね。

ただ、プログラムを通して、私には、私が愛しているアテフ・ハリムというヴァイオリニストの音色ではない気がして仕方ありませんでした。

アテフさんが昨年2月のリサイタルののち、心筋梗塞を発症して緊急手術をなさって、しばらく療養されたことが思い出されました。昨年7月のリサイタルは、この病からの復活を宣言したものだったのですね。
昨年は、その後休んでいた遅れを取り戻さんばかりに全国を飛び回っていらっしゃいました。その姿に、一ファンとして安堵していたのですが。
今年、アテフさんは72歳になられます。年経たヴァイオリンと同様に、様々な経験はその音色に深みを増す要素でもあるでしょう。けれど、やはり、肉体の衰えが、忍び寄ってきているように感じられてなりませんでした。

初めてアテフさんを聴いてから、少なくとも15年以上は経っています。彼が来日したころの音色は、私にはわかりません。けれど、出会った時、何に驚いたかと言えば、その音色と演奏スタイルの柔軟さでした。音色は生き生きとして人懐っこく、とても親しみやすい。それでいて、情熱的で一度聴いたら、忘れられません。
しかも直立不動のヴァイオリニストが着ているのは、スーツではありませんでした。頭にはバンダナをまき、部屋着になりそうな緩やかで柔らかそうなものを着ているんです。日本の甚兵衛がお気に入りとかで、それをステージ用にアレンジしたのだと、後日知りました。

音楽こそが世界を平和にできる唯一のもの。そうした信念のもと、活躍しておられるのですが、長年の活動による疲労が、この名ヴァイオリニストにのしかかってきているような危惧が、今回強く感じられたのです。

いささか暗澹とした気持ちで、アテフさんの演奏を聴いていました。

そうした私の思いが、アテフさんに伝わったとも思えませんが。
アテフさんの十八番でもあるブラームスの「スケルツォ」の演奏から、別人になったような趣でした。私がよく知る、エネルギッシュで聴く者の心に熱い火をつけて回る炎の演奏家がそこにいました。

この後のアンコールのショスタコーヴィチの作品と、「タイスの瞑想曲」は、私が聴きたいと願った演奏だったのです。その変貌ぶりには、ただただ驚愕するしかありませんでした。

私は長く追いかけている存在が、変化してゆくことには何の抵抗もありません(あくまで変化です。変質ではなく)。けれど、やはり、衰えを見せられることはつらいのですね。そこも受け容れてこそ、本当のファンだとは思うのですが。演奏中に、弦を押さえている指が吊って、一時的に演奏不能になることも出てきています(今回は幸いなかったですが)。その姿は、やはり気がかりです。
奥様の森さんには以前そのこと(指の故障)を申し上げたこともあり、森さんも「そういう年なんですよね。メンテナンスが必要ということなので、気を付けます!」とのお返事もいただいたものです(メールでのやり取りです)。

アテフ・ハリムには、何時までもかっこいいヴァイオリニストでいてほしい。それはファンのエゴでもあるのですが、うまく年齢を重ねたうえでの名手であってほしいのですよね。まぁ、これは最愛のマエストロにも願っていることでもあります。

今年の6月に上野の文化会館でリサイタルがあります。その折の演奏が、一つの目安になるかもしれません。オール・ブラームスプログラムらしいので、今から楽しみにしています。

今日は、本当に寒かったですね。昨日なんか、はるかにマシでしたよ。西日本、すでに大雪の地域もあるとか。北海道とか東北もかなり危ないようです。関東含めて東日本はこれからのようですが、・・・。皆様、くれぐれもご無事で! ご自愛くださいませm(__)m

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