第1章:1990年代~今世紀初めの文献より
1993年のBioSystems誌において、博士は刺胞動物と刺胞について、大胆な仮説を披露した。そのために、仮説が信頼しうることを示すべく、根拠となった知見を博士は列挙していった。まずは、両者の類似性について、示していった。
形態的には刺胞動物と原生生物の刺細胞が互いに似ていることをあげ、後者の中でも粘液胞子虫目の胚子母細胞の発生と前者の剛水母目の幼生の発生が似ていることをあげた。そして、電子顕微鏡による微細構造の解析では、花虫綱およびヒドロ虫綱の刺細胞は渦鞭毛虫Polykrikos schwartzのextrusosomeに似ていることをあげた。細胞分裂においては、刺細胞を作り出すcnidoblastの細胞分裂は通常のそれに比べると分裂の仕方が不完全だが、これは原生生物の卵片発生の名残ではないか、と述べ、一方で、微胞子虫の胞子原形質は二核細胞であり、粘液微胞子虫目は二層以上の細胞性の極性被膜を作り、アピコンプレクサ門は感染性の個虫と共に胞子を放出できること、また、前述のPolykrikosは多核の生物体になることを述べた。
次に、実際に両者の共生が起こった根拠として、刺胞動物における腸と上皮の違いについて、知見が列挙された。
ヒドラの一種Pennaria tiarellaを用いた実験で、上皮細胞から腸細胞を再生できず、その逆も不可能であることが報告された。上皮細胞には増殖能があり、口円錐を含む触手であれば、それだけからポリプが作られるが、腸細胞からは大きな腸細胞がcnidoblastの巣になり、これが刺細胞になるが、小さな腸細胞は神経・分泌細胞に分化する。
さらに、上皮と腸細胞の差異について、知見が展開された。コルヒチンなどで薬剤処理されて腸を失った”上皮ヒドラ”では、腸細胞を作ることができなかった。コツブクラゲPodocoryneのメデューサの上皮細胞から派生した筋肉では、cnidoblastなど他の細胞が作られた。また、Pennaria tiarellaの”上皮プラヌラ”では、変態はできても、その後の”上皮ヒドラ”は餌の消化や基部への接着ができないことが確かめられた。上皮ヒドラや上皮プラヌラにヒドラの前半分または後ろ半分を移植すると、腸細胞が再び作られ、神経細胞や刺細胞が通常の場所にできるようになった。大小の腸細胞の分布は上皮との相互作用の影響を受けるようだが、上皮の神経細胞の分布は移植の影響を受けず、その生理的な活動にも影響はないようである。
別の移植実験では、ヒドラの一種Hydra magnipapillataの野生型とsf-1(熱ショックで腸細胞を失う形質)のキメラヒドラは、腸細胞が出芽領域まで移動できるが、更にその周辺へ広がっていくことがほとんど見られなかった。また、腸細胞の大きさや分布が、野生型よりも小さかった。腸細胞は上皮細胞の影響を受けて受動的に移動するのかもしれない。
培養した再生中のHydra magnipapillataのペレットでは、細胞集団が飽和状態になると、クローンの異なる腸細胞の成長と分化は進まなくなった。同じクローンでなければ超えられない障壁があるのかもしれない。一方、Hydra vulgarisは腸細胞の密度に関係なく成長・分化が可能で、自律的に制御されているようだ。刺細胞や神経細胞が分化するのに必要な速度が決まっているのかもしれない。
どの実験結果においても、ヒドラは上皮のみでも腸のみでも正常に生き続けることができない。上皮と腸細胞では細胞系列が異なっているからではないだろうか。このことは、上皮と腸がそれぞれ別々の生物の起源ということを示唆するのではないだろうか。そして、数々の実験で考えられた組織同士の相互作用が、それぞれの進化の歴史を反映しているのではないだろうか、と述べた上で、刺胞動物の前段階として板形動物センモウヒラムシTricoplaxがいて、これに微胞子虫または捕食姓の襟鞭毛虫が侵入して、刺細胞の起源になったのではないか、と仮説を提案した。
この他、2002年に出版した書籍「Becoming Immortal」のp.147-148で、博士は、刺胞動物の起源について、持論をさらに展開した。初期のアメーバ様細胞の候補としてミクソゾア門に属するヘネガヤHenneguyaの一種をあげた。この動物は貧毛類や海の魚に寄生しているが、この18sDNAが寄生性刺胞動物のポリポジウムの一種Polypodium hydriformeと似ていたという報告をあげ、この報告から、刺胞動物からミクソゾア門が生まれたのではないか、と述べた。板形動物Tricoplaxについては、刺胞動物の大元の候補として変更はなかった。1993年の文献とは180度考えが異なる、コペルニクス的転回となっている。微胞子虫が刺細胞の起源ではなく、刺細胞が微胞子虫の起源というのである。博士は2015年に三本の論文を発表し、そのいずれにもこのテーマを展開しているが、これまでの間約20年もの空白が生じたのだった。
使用文献
A Symbiogenetic theory for the origins of cnidocysts in Cnidaria Stanley SHostak著 BioSystems, 29(1993) 49-58
Becoming immoral -combining cloning and stem-cell therapy- Stanley Shostak著 State University of New York Press 2002年
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