感性の育て方
感性というのは知覚の能力の一種らしい。
美しいものを美しいと感じられる力、または物事に対して感動を感じられる力とも言えるかもしれない。
感性が豊かとは?
よく耳にする「感性が豊か」とはどういうことなのか?
感性が豊かであるということは、例えば、同じ絵画や音楽に対して他者よりも感動でき、それを自分の中に受け取ることができる能力があると言い換えることができる。
感性が豊かであるその先にあるもの
感性が豊かであれば、その人は大きな刺激を受け、エネルギーを得ることができる。やがて、そのエネルギーは仕事をしたり生きていく上での原動力となり、人とは違ったアウトプットをする。アウトプットとは、芸術家であれば作品であり、経営者であればお店かもしれないし、料理家であれば創造的な料理かもしれない。
感性豊かな人になる方法
感性豊かになるためには、感動する心の余裕を持ち、感動に触れることが大切である。
感性豊かになるための心の余裕
仕事で疲れている、人生に疲れている、、そういった時は感性がどうこうという余裕などない。一方、何も考えずに、解放された心理状態にある人は目の前にある大自然や巨匠が描いた絵画に感動し、心地よく流れてくる音楽に心を奪われる可能性は高い。
ひょっとしたら「旅行」というのはそういう意味では日頃からのしがらみを断ち、自分を解放し、リセットさせる良い方法の一つだ。
感動に触れる
感動に触れる一番の方法は、本物に触れること。本物の大自然は、自然豊かな日本にはいくらでも転がっている。どこに行って良いかわからない方は、鹿児島県の開聞岳(薩摩富士)を眺め、日本海と太平洋が合流する豪快な海を眺めたら良い。ついでに鹿児島県民がこよなく愛する唐船峡でそうめん流しを食べれば、湧水で心も洗われる。または、阿蘇山周辺をドライブすれば日本とは思えない雄大な自然に引き込まれ、心を奪われる。阿蘇山のソフトクリームを食べれば日本という国の価値の認識が一つ上がる。
音楽ならば、今は少し難しいかもしれないがJAZZのライヴを聴きに行ったり、本物の楽器が奏でる音に出会うことが大切。やがて、感性豊かな人の音楽に当たると自分の感性と共鳴し合ってさらなる感動が生まれることがある。この点大切で、感性というのは共鳴し合うという特徴がるように思える。感性豊かな人同士がアウトプットを始めると、一人でするよりも何倍ものアウトプットに繋がる気がする。感性豊かな人々がチームとなって感動的な仕事をしている例は枚挙にいとまがない。ちなみに、音楽が路上に転がっているイギリスのような国は感性豊かな人が多く、それを共有する文化的素地があるから、文化自体がより豊かな感じに映る。
体験も大切である。人と触れ合って、人の心に触れる感動やしたことがない初めてのことを体験して、肌で新たなことを学ぶこと。モノを作ったり、魚を獲るなど、よく目にしていることだが実際にやってみると奥が深く、感動するということは人間がよくする身近な感動だ。だから、何気ないチャレンジが人の感性を豊かにする。
よく遊ぶ人は仕事ができる
この言葉を耳にすることは少なくない。よく遊ぶ人は心に余裕が生まれ、感動する体験の数も多く、様々なことに触れる可能性が高い。そこで豊かになった感性がアウトプットにつながり、そのアウトプットは仕事として排出されていく。
遊ぶ、、、ということ自体、何か分からなければ「旅」をすればいい。旅には遊びが満ちている。
子供の遊びとは、外を駆け回って、たまに親の目が届かない自分にドキドキするような時間が含まれる。そこで見た川や動植物が美しくて感動する。そして感性が豊かになる。
「旅」と似ている。
感性と子育て
子供はたくさん遊ばせればいい。
感性が豊かになり、アウトプットが楽しみな人間に育つ。
机に向かわせて、能動的でない勉強を強制する大人たちがどれだけ子供の感性を奪っているか。
子供と一緒に感動するような遊びをしてくれる大人は最高で、その子供は感動を与えるその大人のことが大好きで、その大人に自分から向き合う。やがて、そこで育まれた感性というエネルギーをアウトプットし始めて、驚くような大人になる。
学歴と感性、仕事
偏差値が高くて学歴が高くても仕事がうまくいかない人は、遊んでないからアウトプットができない。脳というフィルターに学問というモノを押し付けて、点数や偏差値という数値を叩き出しているだけ。
良い仕事をする人には遊び心がある。
半年後に良い仕事をしたいから、「旅」に出ようかな、、。
遊び=感性=アウトプット=良い仕事
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