『新解釈・三國志』を観て、帰国子女として感じた違和感について
先日、『新解釈・三國志』を鑑賞した。
ムロツヨシ&大泉洋のコンビ、お笑い要素満載で、かなり楽しみにしていた。
確かに、笑いどころ満載だった。
が。
なぜか、100点満点をつける気にならない。
このモヤモヤ感はなんだろうと思うこと、数週間。
日本人として恥ずかしい、と思ってしまったのが、率直な感想。
素直に笑えない自分は難アリ?と思っていたが、
この記事を読んで、モヤモヤがとれた:
三國志といえば、日本人でも知っている、有名な歴史。
色々な拡大解釈がこれまでにもされてきたとはいえ、中国人がプライドをもって、自信をもって、これは中国の歴史の一部である、と言いたい歴史。
そんなものを、こんなにチープなお笑いで終わらせてよいものなのか。
渡辺直美を「醜い女」とずっと連呼するところ、それ以外の女子は、橋本環奈と山本美月という典型的な美人女優を入れて終わり(これは仕方がなかったのか?)、城田優を外人顔呼ばわりするところ。
外国のコメディーではアウトものなジョークのネタが多かった。
ま、こういうレベルの低い笑いは、どこの国でもあり、それに高い評価を付す国民がいるというのも、どこの国でもあること。
でも、それを海外展開までして、大々的に宣伝すると・・・日本人として少し恥ずかしい、というのも正直な感想。
台湾で同時上映され、その試写会に参加していた台湾人の女の子たちと、中継でつなげて、大泉洋らが会見をしていた。
そこで、俳優たちがその試写会にきていた台湾人に質問するコーナーがあったのだが、誰一人として「台湾人としてどう思う?」という質問がなかったのが、悲しい。
そんなに、海外で評価してもらっていることを感謝しているんだとしたら、もう少し海外の人の気持ちに寄り添える、感情移入できる、そんな人になってほしい。
別に、彼らを批判しているわけではない。こういう感じ方をする日本人が全体の9割以上を占めると思う。
でも、例えば、台湾人が、忠臣蔵の新解釈版の映画撮影をしているところを想像できる?
その映画で、「大石倉之助や片岡源五右衛門がほんとは不真面目な人だった」みたいな描かれ方をしてどう思うだろう?
忠臣蔵は仇討ちだからそんな映画にはならない、と思う?
じゃあ、大化の改新は?中大兄皇子や中臣鎌足が、本当はヘラヘラしているただのオッサンだった、と言われて、笑って終わる?
しかも、そのお笑いが、外人顔だ、とか、ブサイクだ、とかをイジッたギャグ連発でも?
ただの笑いなんだから、そんな小難しく考えなくても、と思う?
そういうギャグはナンセンスと逆にひっくり返せるシーンを映画に入れてもらえると、世界の日本人の評価も高まっただろうに、と思ってしまうのは、私だけ?
そういうシーンを見つけたら、一笑に付して、「そんなギャグはやめませんか?」と言えるようになれれば、俳優としての彼らも、一段と格が上がるのに、と思うのは、私だけ?
外国語を習得する上で、一番難しい分野が「お笑い」と言われている。
「お笑い」はその国の「文化」「思想」「宗教」「歴史」すべてをひっくるめて、出来上がっているから。それだけに、「お笑い」の翻訳は慎重に: